【中学受験】「2月は全落ち…。それでも娘が選んだことに絶対的な価値がある」ブレない軸を持てた陰には、母が子ども時代に経験した塾でのトラウマがあった

心にぽっかりと空いた穴から長かった中学受験の道のりを振り返ると、あんなに慌てたり焦ったりすることはなかったのに、子どもを傷つけることもなかったのに……と、かつての自分を嘆きたくなります。教育ジャーナリスト・おおたとしまささんの取材により、その嘆きを集めました。
読者のみなさんからしてみれば、いわば「未来の自分」からの贈り物です。「未来からの視点」があれば、慌てたり、焦ったり、子どもを傷つけてしまったりすることがある程度防げて、多少なりとも穏やかな中学受験を経験できるはずです。

全6回の短期連載第6回は、幸先よく1月の学校で奨学生として合格するも、2月は全敗した娘さんを持つお母さんのインタビューです。ブレない軸を持って子どもをサポートできたのは、お母さんご自身が経験した教育虐待の苦い過去があったからだと話してくれました。

天野さん(仮名)の受験メモ

【家族構成】夫、長女(中1)

2024年2月に娘さんの中学受験が終了。4年生までは都立中高一貫向けの塾に通うも、本人の志望校が私立中学に変わったため、5年生からは私立中学受験用の大手塾へ転塾。1月に受験した学校は特待生として合格。全力で挑んだ2月1日〜4日の受験は全敗という結果に。現在は、1月受験校へ通っています。

「2月は全力で戦い抜いて全落ちでした。だから塾が配る華々しい合格体験記のようなお話は一切できません。でも受けた学校、全てに誇りを持っています」と話す天野さん。娘さんのことを「自分よりずっとしっかりしている」と信頼している素敵なお母さんです。

「やりきった」と思えたのは、娘はどこでも大丈夫と思えたから

おおた 中学受験が終わったとき、深海の奥底に沈み込んでしまうような心境ではなかったということですよね。

天野 はい。進学先に決まった学校もいい学校だよねって、みんな前向きな雰囲気でした。

おおた 素晴らしいですね。天野さんのご家庭とまったく同じ結果が出たご家庭が二つあったとして、天野さんみたいに「やりきった」と言って終われるご家庭と、「こんなに頑張ったのに、なんで〜???」ってどん底の気分になってしまうご家庭と、両方あるんだと思います。天野さんみたいに思えるかどうかって、たぶん入試本番が始まる前に決まっているんだと僕は思っていて。結果が出てから後付けでそれを合理化するんじゃなくて、最初から「どんな結果であれ中学受験という経験を自分たちの人生の糧にする。それができれば私たちは笑顔になれる」という軸をもっているかどうかが大事なんです。その点、お母さんは、塾での成績にかかわらず「うちの子すごいな」って視点をもともともっていて、まわりは個別指導や家庭教師を利用していてもうちの受験勉強は家庭の中で完結しましょうという方針ももっていて、軸がぶれていない。

天野 やりきったなという、さっぱりした後味はあります。

おおた 自分たちを信頼しているからこそ、100パーセント望んだとおりの結果ではなかったとしても、大きな意味では中学受験をしてよかったと思えるのだと思います。小さい部分では後悔やほろ苦さもあるでしょうけれど、それくらいないと人生経験としては物足りないでしょう。自分たちの軸がないと、やたらとひとと比べたりして……。

天野 とにかく偏差値の高いところみたいな。

おおた そうそう! 自分たちの軸がないままに中学受験ブームみたいなものに巻き込まれていったひとたちは、第一志望がダメで第二志望に行くってなっただけでも、もうすべてが無駄だったんじゃないかくらいに感じてしまうんですよね。

天野 そんなに落ち込む感じではなかったですね。夫も「最悪でも、公立中学はもう合格出してくれてるんだから」みたいに言ってました。

おおた たとえば100メートル走のアスリートが金メダルを目指して頑張るんだけれども、仮に金メダルがとれなかったとしても、誰も彼の努力を無駄だったなんて言いませんよね。甲子園の高校生野球選手だって、一回戦で負けたからってダメなんて言われる筋合いはなくて。中学受験も同じだってことを、大人の広い視野で見て子どもに教えてあげることも、中学受験を通して得られる貴重な教訓だと私は思います。天野さんのご家庭では、そこができていたんだろうと思います。

「暴力的な塾には行かせたくない」母のトラウマを上書きしてくれた娘の楽しい塾生活

おおた ここからは、なぜそれが可能だったのかを詳しく聞いていきたい。ご自身ではなぜだと思いますか?

天野 もともと私も中学受験を経験したんです。もうすごく暴力的な塾に通わされていました。ものすごく塾が嫌いだったし、中学受験自体には反対ではないけれど、ああいう塾に行くしかないんだったらさせたくないみたいな感情をもっていました。

おおた お母さん自身にそんな過酷な、いまだったら教育虐待っていわれるような経験があったのですね。

天野 だから、とにかく殴られないところに行って、嫌だって言ったらやめさせようっていう気持ちはすごくありました。蓋を開けてみると、授業が楽しい楽しいって言って帰ってくるので、「塾を楽しいと感じることなんてあるんだ!」って私がびっくりする感じで

おおた なるほどー。それは、お母さんのトラウマを、なんていうか、上書きしてくれるっていうか。

天野 うん、そうですね。

おおた すごく長い時を超えて、お母さんご自身のつらい経験を糧に変えて、自分の中学受験経験をある意味での反面教師として、そのベースがあったからこそ、中学受験へのぶれない構えというか、軸ができたんでしょうね。中学受験を経験していない親御さんのほうが、全体像がわからないからいつも不安じゃないですか。だからいろんな情報に振り回されて、中学受験に対する誇大妄想を膨らませやすいんだと思うんです。でも自分が経験していると、「とはいえ所詮12歳の受験だからね……」という程度がわかるから、あんまりおかしなことにならなくてすむようです。

天野 そうですね。

おおた 「沼」にはまってしまっているのは、自分自身が経験したことがない親御さんのほうが圧倒的に多い。自分自身が楽しく塾に通って、結果は第一志望ではなかったけれど、進んだ学校が楽しくて、そういう中学受験があることを知っているから子どもの中学受験でも焦りませんでしたというパターンはこれまでも多く聞いたことがあったんですが、今回のお母さんのお話は自分のつらい経験を反面教師的に活かすというパターンで、そういうパターンもあるんだなって勉強になりました。でも当時、スパルタ指導で潰れてしまった子どももいたでしょうからね。お母さんは記憶を失いながらも、どこかですごく強さをもっていて、その経験を昇華することができた稀なケースなんでしょうけれど。

天野 私が行った中学自体はとてもいい学校で、いいお友だちにも恵まれたし、中学受験したこと自体が悪かったとは思ってないんですよね。

おおた ですよね。

天野 でも、その過程はつらかったなって。

おおた いま、中学受験が悪者みたいに言われることもあるんですが、中学受験そのものが悪いんじゃなくて、やり方が悪いんだと思います。自分が行きたい学校に行くために努力すること自体は何も悪くないですよね。でもそこで、子どもの偏差値を上げるために大人が出しゃばっちゃって子どもをいじくり回すのが間違っているのであってね。そのへんの本質の部分をご自身の経験から肌で学び取っていたから、成績に一喜一憂せず、入試本番の最後まで冷静に支えることができて、結果についても多少の後悔や「たられば」はあるにしても、それを堂々と受け入れることができて、わが子を誇らしく思うことができているっていうその状態に到達できたわけですよね。

天野 5年生で入った余裕みたいなのはあったかもしれません。

おおた それを「余裕」っていえるお母さんがすごいですよ。本当にそうなんですよ。塾に早く入ってると、四年生で生徒が増えるじゃないですか。そこで一瞬バブル的に偏差値が上がるわけです。新しい子たちはみんな慣れていないから、相対的にもともといた子たちの偏差値は上がるんです。その時点で、「あぁ、早めに入っておいて良かった」って思うんだけど、半年もすれば「慣れ」の有利はなくなって、結局追いつかれて抜かれます。抜かれたときって、めちゃめちゃ焦るじゃないですか。

天野 あんなにちっちゃいうちからやらせていたのに……みたいな。

おおた そうそう!

天野 親も思っちゃうと思うんで。

おおた あれが危険なんですよ。でもそこで、「5年生から始めた余裕」って、名言ですね。

天野 そうですか(笑)。

おおた そういう考え方ができるっていうのは、それこそ生きる知恵っていうか、力強さっていうか。だってこれ、「あと一年早く始めてれば合格できたかも」って思うひとがたぶん大半だと思いますよ。

天野 うちの母はそう言ってましたね。「4年からやっておいたほうが絶対よかったね」って言われたんですけど、4年のときにも私立中学受験向けの別の塾もあるよっていう話はしたけど、都立中向けの塾がいいって本人が決めたから、もうそうするしかなかったって状況です。

おおた いま、天野さんのお母様の話が出ましたけど、それって天野さん自身の中学受験とも繋がるじゃないですか。天野さんが塾でそれだけでつらい思いをされていたときに天野さんのお母様はどんなスタンスでいらしたのですか?

天野 「やめたい」と言っても、「いまからやめられないよ」という感じでやめさせてもらえませんでした。だからずっと「やだやだ」と言ってもやらされ続けてたし、父親に「やめたい」っていう話をして父親から言ってもらったら大夫婦喧嘩になって、「お父さんとお母さんがこんなんなるくらいだったら、私がおとなしく塾に行きます」みたいな。

おおた 「こんなんなるくらいだったら、行きます」って……。てことはお母様はいわゆる昔の……。

天野 教育ママ。

おおた 昔はそういう時代でしたからね。そこで妥協しない強いママじゃなきゃいけない、みたいなね。でもまだその名残があって、娘さんの結果が出たときに「だから一年早く始めておけば……」って言われちゃったわけですね。私が天野さんの立場だったらその場で怒っちゃったんじゃないかと思うんですけど、天野さんは冷静に受け答えできたんですね。

天野 そうですね。そもそもそういうひとだってわかってたから。

おおた そんなふうに言われたときに、天野さんには悲しさとか湧いてこなかったですか?

天野 私自身も、もしかしたら四年からやってたらちょっと違ったかもしれないっていう気持ちはもってはいたので、言う気持ちもわからなくはないっていう感じはありますね。 

落ちた挫折も活かせばいい。大切なのは「本人の選択で決める経験」

「落ちたことの挫折も含めて大学受験や社会で活かせばいい」と話すお母さん。

おおた 普通だったら気に障るようなことを言われてもさらりと受け流すことができるって、やっぱり自分の中にしっかり軸があるからだと思います。

天野 本人の選択でぜんぶ決めているからです。都立中向けの塾に行きたいって言ったのも本人だし、第一志望を決めたのも本人だし、4年生のころからほかの塾にも行けるという選択肢を渡してたけどそれでも行かないって決めたのは本人だから、自分で決めたことに関して結果が思ったとおりではなかったとしてもそれはしょうがないっていう。自分が決めたことだし、私が決めたことではないから。

おおた 当然ながら小学生には知識も足りないし、情報量も少ないし、先のことまで考えて論理的に判断なんてできるわけないから、中学受験で子ども本人に何かを判断させるなんてムリでしょという意見もあります。ムリでしょっていうのは、要するに大人から見て合理的というか、社会一般の損得勘定的に得をする選択ができるかという観点での話ですよね。だけど、損だろうが得だろうが、世の中的に評価されている道だろうがそうじゃなかろうが、自分で選んだんだっていうことが人生においては大切であって
AとBという選択肢があって、自分はBを選びましたと。まわりのみんなから「え〜、なんでAじゃないの?」って言われても、「いいんだよ、私はBを選びたいんだもん」と言えるのが人生じゃないですか。だけど「みんなが正しいという道はどっちなんだ?」ということをみんなが気にして、しかもおせっかいなことに、他人にもそれを選ばせようとするからおかしなことになる。たぶん、そこですよね。
その選択が「合ってる」か「合ってない」かって、そもそも「合ってる」って何?みたいな。「正解」ってどこにあるの?みたいな話ですよね。

天野 本当ですね。4年生から私立向けの塾に行ってたとて、受からなかったかもしれないから、結果的に本人が満足する道を選んでそうなってるんだったら、落ちたことの挫折も含めて大学受験で活かすとか、社会に出てから活かすとか……。

おおた お子さんの中学受験で活かすとかね(笑)。

天野 私みたいに!

おおた お母さんは、爽やかで、たくましいですね。その選択によってどんな価値が得られるのか以前に、自分で選んだこと自体にすでに絶対的な価値があるってことかな

天野 うん、そうですね。納得感が違います。

天野さんの中学受験の全容は『母たちの中学受験』へ

入試直前・本番期の西田さん親子に何が起きたのか、それをどうやって乗り越えたのか……。中学受験を終えたときにこみ上げてくる、後悔、反省、「たられば」の数々……。中学受験が終わってからようやくわかる「納得できる合格」のためにいちばん大事なことは何か? その全容は『母たちの中学受験』(小学館)で明らかになります。いますぐ読む!

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記事執筆

おおたとしまさ|教育ジャーナリスト
教育ジャーナリスト。リクルートでの雑誌編集を経て独立。数々の育児誌・教育誌の企画・編集に係わる。現在は教育に関する現場取材および執筆活動を精力的に行っており、緻密な取材、斬新な考察、明晰な筆致に定評がある。テレビ・ラジオなどへの出演や講演も多数。中高教員免許をもち、小学校教員や心理カウンセラーとしての経験もある。著書は『勇者たちの中学受験』『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『不登校でも学べる』など80冊以上。おおたとしまさオフィシャルサイト

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