心にぽっかりと空いた穴から長かった中学受験の道のりを振り返ると、あんなに慌てたり焦ったりすることはなかったのに、子どもを傷つけることもなかったのに……と、かつての自分を嘆きたくなります。教育ジャーナリスト・おおたとしまささんの取材により、その嘆きを集めました。
読者のみなさんからしてみれば、いわば「未来の自分」からの贈り物です。「未来からの視点」があれば、慌てたり、焦ったり、子どもを傷つけてしまったりすることがある程度防げて、多少なりとも穏やかな中学受験を経験できるはずです。
全6回の短期連載第5回は、埼玉の学校を第一志望に、小3から受験サポートを続けたお母さんのインタビューです。
西田さん(仮名)の受験メモ
【家族構成】夫、長男(中1)、次男(小1)
2024年2月に長男の受験が終了。埼玉県在住。県内の第一志望校入学を目指して小3から塾へ。1月の本番では計4校を6回受験。第一志望校合格は叶わず、合格した二つの第二志望校のどちらに進学するか、直前まで熟考。最終的には長男の選んだ学校への進学を決め、現在は充実した学校生活を送っています。
「第一志望だけを目指してきて、その望みが叶わなくて。いつも通りに元気に見えても、この子なりに深く傷ついていたんだなと気づきました」と話す西田さん。そう気づいたのは、「楽しすぎる学校に行ってしまったら、僕は遊んでしまって6年後に結果が出せない」とお子さんが話してくれたときでした。得意の算数を活かした算数1教科受験に挑戦させるべきだったかも……、そんな悔いもお母さんにはあったそう。受験後のお話を伺いました。
確実圏の合格と天秤にかけて悩んだ末に
おおた 第一志望の東大特待の算数一教科型入試を受けるかどうかは難しい判断でしたね。
西田 塾としてはそこは避けて別の学校で確実に合格をとっておいたほうがいいという意見で、それに従いました。四教科で受けた第一志望の入試結果を見ても、やっぱり算数と理科は結構とれていたので、もうちょい第一志望で押せば良かったのかなというのはありますね。恨み節なんですけれど。
おおた 今日はそういう「たられば」をたくさん聞かせてもらうインタビューなので。
西田 やらせずに不合格だったので、やって不合格だったほうがすっきりしたのかなとは思います。
おおた それだけ熱望しているなら、せっかく算数一科入試があるんだったら、なんでそこに突っ込まなかったんだろうと、いま考えれば思いますよね。
西田 終わってから先輩ママに話して、「塾が合格数出したいからそういうの言ったのよ」って言われると、それが本当かどうかはわかりませんが、いろいろ親が考えておくべきだったという……。
おおた それ言われちゃうと、グサッときますね。そのグサッと刺された傷はもうだいぶ癒えているんですか?
西田 そうですね。楽しく通っている姿を見て、ようやく癒えてきた感じです。
おおた でもときどき思い出すとしくしく疼く?
西田 いや、でも、勉強になったと思っています。うちはもう一人残っているので、そのときの糧にできればいいかな。初めての中学受験生の親御さんたちはきっと同じことをやっているひとが多いんだろうなと思います。
反省点はあるけれど、過去を変えたいとは思わない
おおた お母さん自身は、過去のいずれかの時点に戻って、そのときの自分に声をかけるとしたら、いつの時点でどんな言葉をかけますか?
西田 (十数秒間の黙考)ないですね。
おおた ない。なるほど!
西田 声をかけても聞かないだろうし、かけられたことで逆に反発するタイプだから。だからたぶん、第一志望の算数一科をなんで受けなかったんだろうというところが残っているだけですね……。そうですね! あえていえば、そこですね。
おおた 唯一そこだけは自分に向き合うんじゃなくて、ひとに丸投げしちゃったという。
西田 でも、私も塾の先生に信頼があったので。
おおた そうですよね。
西田 「先生が言うんなら」と自分で決めたので、そこも結果論ですね。
おおた 丸投げしたわけじゃなくて、先生への信頼があって、それを自分の根拠としたわけですからね。
西田 そうですね。だから私も、どこのタイミングに戻っても流れを変えたいとか塾を変えたいとかは、やっぱりないですね。
サポートしてくれる人がいれば、結果は違ったかも
西田 これから中学受験するひとたちへのアドバイスが唯一あるとしたら、「塾に入る時点で、思っている以上にお金かかるよ。時間かかるよ」って。「助っ人をなるべく用意しておいて」って言うかな。おじいちゃん、おばあちゃんでもいいから、子どもをサポートできる大人の手がどれだけ多いかが結構結果を左右すると思いました。
おおた 西田さんのご家庭では誰が助っ人だったんですか?
西田 私と夫だけです。
おおた そこに猫の手でも借りられればと。
西田 そうですね。それがあればもっと違ったと思います。
おおた 何が違ったと思います?
西田 受験に手を取られると下の子に寂しい思いをさせてしまうし、下の子に手を取られると受験のサポートが手薄になってそれがもろに精神面だったり成績に出るなっていう気がします。
おおた そのサポートってどんなことをされたんですか?
西田 送迎、食事、学校の課題を見るとか、すべてです。おじいちゃんおばあちゃんが近くにいて、朝ご飯つくるのを手伝ってもらえたり、寝かしつけを手伝ってもらえたりしたら、そのぶん成績を上げるための時間はとれただろうなとか。
おおた 送迎や食事や学校の課題って、直接的に塾での成績を上げるようなかかわりではないと思うのですが、もっと成績を上げられたんだろうなっていう、直接勉強にかかわるようなサポートもされていましたか?
西田 五年の後半くらいからは、自宅で多少主人が勉強を見ていたりしました。主人が働き方を少し変えて少し早く帰宅できるようにしてくれて、ちょっと勉強を見てくれたりとか。やっぱりいっしょにやると子どももモチベーションが上がるみたいで。
おおた そばにいてあげるだけでモチベーションが上がって、成績にも影響するなっていう実感がおありだということですね。
西田 それも私がいっしょに家にいて下の子の面倒を見ているから、主人と息子が二人の時間をもてるっていう面があるので、やっぱり大人が一人で子どもが二人いると、なかなかもどかしいんですよね。
終わってみれば「上位クラスに固執する必要はなかった」
西田 小5の後半くらいには、宿題の丸写しが発覚するなど、息子が結構追いつめられていた時期がありました。小学校の作文とかまで書けなくなって、少し鬱っぽくなっていたんだと思います。東京と神奈川の二月入試をメインターゲットにした塾に通っていたのですが、埼玉の学校を目指すなら、無理してその塾で上位クラスにいる必要もなかったなって、あとから思いました。
おおた そこに別の方法があるとしたら、どんな方法ですか?
西田 上位クラスに入ると試験の内容も違います。できる子はそれこそ御三家とかを狙うようなレベルでやっているので、ちょっといい成績をとってしまうと、御三家用の特別講座みたいなのに呼ばれたりとかして、別の校舎まで行って模試とか講座を受けたり。時間もとられるし、内容も難しかったので、埼玉受験しか考えないなら必要なかったかなと。下のクラスで、伸びやかに基礎をしっかり付けてあげたほうが良かったんじゃないかなと思います。下のクラスからでも埼玉県のトップ校には合格していますから。
おおた そうですか。もう少しのびのびやってればじゅうぶんだったのなかと。
西田 テストの量とかも違うので。
おおた だけどやってるときって一つでも上のクラスって思っちゃうじゃないですか。
西田 そうですね。ちょっとその渦に飲み込まれる必要がなかったなって言うのはね。
おおた でも終わんなきゃわかんないですよね。やってる最中にそれを判断するというのはちょっと無理な話ですもんね。
西田 そうですね。一回目だと難しいです。
おおた たとえば、当時のお母さんの前に、いまの自分が現れて、「あんた、そんな無理して上のクラスに入らなくてもいいから、下のクラスでのびのびさせなさい」って言われても、「絶対イヤ。何言ってんの?」ってきっと思いますよね。
西田 そうですね。思いますね。
おおた だけど、終わってみれば、「なーんだ」って思えちゃうっていうのが、中学受験の不思議なところで。立場が変わると視野が変わるというわかりやすい例だなと思います。
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