「弁当を使う」って聞いたことある?「弁当」をどうするのでしょうか?【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

「弁当を使う」とは「弁当を食べる」こと

「弁当を使う」という言い方を知っていますか?聞いたことがないという方がほとんどかもしれませんね。お弁当を食べるという意味の、ちょっと古めかしい言い方です。

多くの方が知らないのは当然で、少し前ですが、作家の森まゆみさんが「弁当を使う」と書いたら校正者に直されたという話をX(エックス)に投稿して、話題になりました。校正者が知らなかったのか、若い読者にわかるようにと配慮したのか不明ですが、かつてはそのように言っていましたし、今でも年配者の中にはそう言う人もいるはずです。

 「弁当」は「便当」とも書く。その元来の意味は「便利なこと」

「弁当」は『日本国語大辞典』によりますと、「便当」とも書き、もともとは中国の南宋(なんそう)(11271279年)ごろの俗語でした。便利なことという意味だったようです。この語が日本でも使われ、「便利なこと便利なもの携行食」と意味が変化します。

ただなぜこの語が「使う」と組み合わせて使うようになったのかは不明で、推測するほかないようです。「使う」は「弁当」以外にも軍隊の食料をいう「兵糧(兵粮)」と組み合わせて使われた例もあるので、携行食の場合は「食べる」ではなくそれを役立たせるといった意味合いが働いたのかもしれません。「弁当」ももちろん携行食です。

江戸時代前期の歌人で歌学者だった戸田茂睡(とだもすい)が書いた地誌・随筆集の『紫の一本(ひともと)』(1682年)に、

「隅田川(すみだがわ)又は観音堂へ詣ずる輩(ともがら)は、この島に舟をつけて、幕を森の内に打つて弁当をつかふ」

という文章があります。「幕を森の内に打つて」とは幕を森の中に張り巡らしてという意味です。この例が現時点で私が確認した「弁当を使う」のもっとも古い例ですが、さらに古い例が見つかるかもしれません。

「煙草を飲む」「蕎麦をたぐる」

「弁当を使う」のように、最近はほとんど使われなくなりましたが、何かを口にすることを表わす古めかしい言い方はほかにもあります。たとえば「煙草を飲む」。「吸う」ではないのです。「飲む」は口に入れて喉に下して胃に送りこむことをいいますが、煙草の煙を吸うようすをそのように表現したのでしょう。この表現も江戸時代前期から使われていました。「煙草」が日本に伝わったのは安土桃山時代ですから、かなり早い時期からそのように言っていたようです。

「蕎麦をたぐる」という言い方もあります。「たぐる」は綱状のものを繰って手もとに引き寄せる意味ですが、蕎麦を食べるようすをそのように見立てた言い方でしょう。「そば切り」といってそばを細く切ったものを食べるようになってから生まれた言い方と思われます。この場合の「たぐる」は俗語的な使い方ですが、「今日は蕎麦でもたぐろうか」なんてちょっと粋な言い方だとは思いませんか?

昔のことばの中にはこのまま忘れ去られてしまうのはおしいものがけっこうあります。このようなことばを少しでも残していきたいというのが、辞書編集者としての私のささやかな野望なのです。

記事監修

神永 暁|辞書編集者、エッセイスト

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

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