国語・算数の平均点が上がる!? 欧米でさかんな「演劇教育の効果」がすごい。子どもに演劇を習わせたくなる理由《西村まさ彦さん座長の劇団員に聞く》

日本でメジャーな習い事と言えばスイミングやピアノ。英会話も近年は人気です。しかし、グローバルな社会、特にアメリカやイギリスといった英語圏の国々で人気の習い事(課外学習)といえば演劇も外せません。習い事・課外活動としての演劇には、どのような効果やメリットがあるのでしょう。
今回は、俳優の西村まさ彦さんが座長を務める「演劇集団 富山舞台」の劇団員の皆さんに話を聞きました。

演劇がもたらす教育上の効果はさまざまな調査で明らかに

日本でメジャーな習い事といえば、スイミングやピアノが真っ先に思い浮かぶと思います。

ベネッセホールディングス(本社:岡山市)の最新調査によると、スイミング・ピアノの二強の習い事に、最近、英会話などの語学が食い込んできた様子です。「グローバルな社会で活躍してほしい」という親の願いが感じられる結果ではないでしょうか。

ただ、そのグローバルな社会、特にアメリカやイギリスといった英語圏の国々で人気の習い事・課外活動には演劇も含まれてくるとご存じでしょうか。

演劇集団 富山舞台のけいこの様子。富山県富山市八尾町にあるけいこ場が練習の拠点。

イギリスのデジタル・文化・メディア・スポーツ省が実施した2019/2020年の調査によると、学校「外」における演劇活動に過去1年で参加した経験のある子どもは5~10歳で26%。11~15歳の場合、学校の「内外」で演劇活動に過去1年で取り組んだ経験のある子どもはなんと54%に達すると分かりました。

この「学校内外」での演劇活動が、具体的に何を示すのかは同調査を見る限りはっきりとしませんが、演劇の授業(教師によって指導される演劇活動)や習い事(俳優チームによって行なわれるプログラム)だと仮定すれば、すごい数字ではないでしょうか。

国語の平均点、算数の平均点が上がったという調査も

演劇がもたらす教育上の効果は当然、さまざまな調査で明らかにされています。

例えば、米大学入学試験委員会(College Board)が、学生調査票のデータを基に調査したところ、演劇を習っている子どものほうが、国語(この場合は英語)の平均点数が65.5ポイントも高く、算数の平均点も26ポイント高いと分かりました。

子どもたちの自己肯定感が高まるといった調査も複数存在します。自己肯定感が大事だとこれだけ言われる世の中で子育てをする親御さんであれば、見すごせない話ではないでしょうか。

そもそも、イギリスやアメリカで演劇教育が盛んな背景には、以下のような理由がある様子。第二次世界大戦後、いよいよ社会に浸透したとも言われています。

“演劇的手法が教師中心の従来の教育方法の革新にとって有効であると考えられた”(論文「イギリスにおける「ドラマ教育」の動向―リリック・ハマスミス劇場の事例から―」より引用)

一方で、日本の場合は状況が大きく違っていて、ベネッセコーポレーションが公開した「学校外教育活動に関する調査 2017」によると、3~18歳の子どもを持つ母親16,170人のうち、演劇/ミュージカルの活動に過去1年でわが子が「(定期的に)取り組んだ」と答えた回答者の割合は0.6%でした。

そこで今回は、演劇の教育効果にあらためて注目するべく、俳優・西村まさ彦さんが座長を務める「演劇集団 富山舞台」に話を聞いてきました。

『Yes, and(そうだね、それで)』の姿勢で身につくさまざまな力

富山を拠点に活動する「演劇集団 富山舞台」は、富山県内の公立小学校の生徒たちと一緒に1つの舞台をつくり上げ、保護者を含む大人たちの前で演劇を披露するという教育活動を行ってきた実績があります。

実際に、筆者の子どもが通う学校でも、当時の6年生の子どもたちと一緒に、全校生徒と先生、保護者が集まる学校の体育館で演劇を披露してくれました。

その中でも、今回話を聞いた「富山舞台」所属の中易(なかやす)百恵さんに関して言えば、富山県内の高校演劇部で部活動指導員を務めたキャリアを持ち、県内のミュージカルカンパニーWOZで、現在も子どもたちに演技指導をする方です。

富山舞台所属の中易(なかやす)百恵さん。大学で演劇を学び、卒業後は、高校演劇のワークショップで故・石田太郎さんの助手を10数年間務めた。その経験から、演技する側だけではなく演技を教える側としても活躍の場を広げている。

いわば、子どもたちの成長に演劇が与える効果を肌で知っている人。その中易さんに、演劇がもたらす子どもたちへの影響を聞くと、それこそ「たくさんある」と実体験をもって教えてくれました。

「そもそも演劇(演技)とは、相手の存在を受け入れなければ成立しない表現形式です。一緒に舞台に立つ相手の言葉を否定せず、相手を受け入れ、相手の気持ちを読み取った上で自分から返してあげないと話が進んでいきません。

演劇を続けていると、言葉以外の部分を読み取ったり相手の気持ちを想像したりする力が育ちますし、『Yes, and(そうだね、それで)』という相手を受け入れ自分を開く姿勢、コミュニケーション能力も育ちます。

こうした力は、社会生活を営む上で、とても大切なのではないでしょうか」(中易さん)

あらためて取材後に調べてみると「Yes, and」とは、即興演劇で重視される基礎的なルールだと分かりました。他者が示したアイデアを肯定し、受け入れ、自分のアイデアや考えを他者のアイデアに追加して、物語や状況をさらに展開していく原則なのだとか。

「Yes, and」の姿勢を通じて、協調性、創造力、失敗を恐れない自由な表現力、傾聴力などが身につくとも言われています。

子どもたちに向けて行うワークショップでも中易さんはこの姿勢を徹底させ、自分を「閉じてしまう」子どもを「開かせる」練習を繰り返しているそう。

「答えが1つではない演劇の世界では、相手を否定せず、相手を受け入れ、相手の言動をさらに膨らませていきます。

その感覚が分かった子どもたちは今度は、自分の意見、自分が思っていることをなんでも言っていいんだと安心して表現するようになります。

子どもたちが自分を出した瞬間に、演技の分かる演出家がそばにいれば『この前より声が出ているね』だとか『自分を出せたね』だとか、子どもたちを引っ張り上げる声がすぐに掛かります。

その連鎖で、子どもたちはどんどん物おじしなくなっていくのだと思います。

現に、私が指導しているミュージカルカンパニーの子どもたちは、見知らぬ大人たちに『初めまして』と挨拶する機会が頻繁にあるのですが、初対面の大人たちに対しても100%の確率で、コミュニケーションを自分たちからとりにいきます

最初から皆がそうなのではなく、引っ込み思案だった子どもも演劇をやっているうちに物おじしなくなるケースもあります。この成長はやはり、演劇がもたらす効果の1つと言えるのではないでしょうか」(中易さん)

相手を尊重し、自分のアイデアを重ねて、次の展開を生み出す、そんなコミュニケーション能力や「共生」の姿勢はまさに、これからの社会において最も求められる力ではないでしょうか。わが子に演劇の機会を与える意義は大きいと言えそうです。

文脈を読む力が育つ

「あえいうえおあお」など意味を持たない言葉のみを使ったコミュニケーションを通じて、相手の感情を読み取り、話を膨らませ、展開していく訓練の様子。写真右が武内良樹さん、写真左が大野貴市さん

「共生」などの大きなテーマに加えて、劇団員の方々に話を聞いていると、テストの点数や成績表など目先の結果に直結するような能力の改善も演劇では期待できるように感じます。

「演劇は、そもそも自分じゃない誰かを演じます。その自分じゃない誰かで、相手役の人と向き合うのですから、他人の気持ちを想像する力が求められます。

その意味で、言葉を読み取る力がすごく鋭敏になりますし、言葉以外の部分を読む力も研ぎ澄まされ、文脈を把握する力が育ちます」(中易さん)

言葉や言葉以外の何かで展開していく話の文脈を読む力はそれこそ、日々の勉強にも直結するのではないでしょうか。

先ほど、米大学入学試験委員会(College Board)の調査結果から、演劇を習っている学生のほうが、母国語と算数の平均点が高い傾向にあるという話を紹介しました。その背景には、国語の課題文の文脈を読む力、算数の文章題から問題意図を読む力が、何らかの形で関係しているのかもしれません。

けいこでは、身体的にも負荷の高い基礎練習にみっちりと時間を割いていた。激しい息遣いがけいこ中に聞こえてくるなど、スポーツの要素も少なくない印象。写真は阿閉(あとじ)三興さん。

学校生活で役立つ能力として、「富山舞台」所属の俳優・武内良樹さんが語った次の言葉も参考になります。

「演劇によって得られた力が派生する世界はいっぱいあると思います。例えば、演劇のワークショップには発声練習があります。

大きな声を出す回数が増えれば単純に、発言する行為そのものに自信がつくので、授業中に手を上げる回数も、グループワークでの発言の回数も増えるのではないでしょうか。

手を挙げて先生に指され、黒板の前に出て、クラスメートの前で何かを発表する時も、堂々と振る舞えるようになると思います」(武内さん)

全国の小学校で2000年度から導入された新通知表では「主体的に学習に取り組む態度」が評価項目に入っています。

もちろん、この「主体的に学習に取り組む態度」については、挙手の回数といった単純な話ではないと文部科学省も強調しています。しかし、授業中の言動が積極的な方向に転じれば、学ぼうとする姿勢の評価に影響を与える可能性もゼロではないはずです。

与えられた指示に対して、周囲の人間の動きを察知しながら、自分の役割を導き出していく訓練。この場合は「8になれ」という指示の下、お互いがお互いの動きを感じながら、自分の役割を瞬時に判断し、無言のまま全員が体を動かしていた。こうした訓練の積み重ねの結果、自分の肉体の動きを客観視する力や、脳と体を切り離して操作する力などが育つという。

当然ながら「舞台に立った時のゾクゾク感(所属俳優の大野貴市さん)」だとか「公演が終わった直後の達成感(所属俳優の川尻愛さん)」だとかが何よりも気持ち良くて、劇団所属の俳優さんたちも演劇に没頭しているそうです。

もちろん、演劇を習う子どもたちも同じ。むしろ、上述のようなコミュニケーション能力、共生への目覚め、文脈を読む力、発言力などは、あくまでもそんな演劇を頑張った「おまけ」として伸びる側面だと考えられます。

演劇というと、ちょっと縁遠い印象が日本ではありますが、ワークショップに参加する機会などが学校の内外であり、わが子が参加しようか迷っている場合は、積極的に背中を押してあげても悪くはないのかもしれませんね。

取材・写真・文/坂本正敬

【取材協力】演劇集団 富山舞台

俳優の西村まさ彦さん設立の私塾「W.V.A(ウエスト・ヴィレッジ・アカデミー)」から誕生した演劇グループ。富山県富山市八尾町にあるけいこ場(双魚亭)を練習拠点に富山県内、および東京都内で公演を続ける。今後は、子ども向けの演劇ワークショップにもさらなる力を入れていくとの話。次回公演の話は公式SNS(、およびインスタグラムから。

前列左から前田奈津さん、武内良樹さん、川尻愛さん、中易百恵さん、後列左から大野貴市さん、阿閉三興さん、谷龍彦さん。

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【参考】
・ 学校外教育活動に関する調査2017 – ベネッセコーポレーション
アメリカ・イギリスでは大人気!】子どもの習いごとに「演劇」がおすすめな理由 – DAIAMOND Online
・ A Snapshot of Arts Education in Public Elementary and Secondary Schools: 2009–10 – Institute of Education Sciences
Arts – Taking Part Survey 2019/20 – Department for Digital, Culture, Media & Sport
【2024年版】小学生に人気の習い事ランキング!平均費用や習っている数も紹介 – ベネッセ教育情報
The Effects of Theatre Education – American Alliance for Theatre & Education
演劇経験者は「学力」と「自己肯定感」が向上するってホント? – madame FIGARO.jp
・ A Survey Instrument t y Instrument to Collect Student P o Collect Student Perceptions of Dr ceptions of Drama Class Benefits – Central Washington University
学習評価の改善に関する今後の検討の方向性 – 文部科学省
・ 学習評価の在り方ハンドブック – 国立教育政策研究所
・イギリスにおける「ドラマ教育」の動向―リリック・ハマスミス劇場の事例から― – 木村浩則

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