大河ドラマの「べらぼう」は、人をののしる言葉だった!【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴44年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

蔦屋重三郎は、やり手の出版業者で編集者

今年のNHK大河ドラマは、江戸時代の蔦屋重三郎を主人公にした「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」です。蔦重こと蔦屋重三郎(175097年)は歴史的に有名な人物とは言いがたいのですが、私のように出版にかかわっている人間にとってはとても重要な人物です。江戸で、大田南畝 (なんぽ) (蜀山人 (しょくさんじん) )・山東京伝(さんとうきょうでん)といった狂歌師や戯作者 (げさくしゃ) の書籍を数多く出版し、また東洲斎写楽・喜多川歌麿らの浮世絵版画も出版した、やり手の出版業者で編集者だったからです。

「べらぼう」は元々人をののしる時に使われていた

そのような人物を描いたドラマのタイトルを「べらぼう」としたのは、この語が江戸を代表する語だと考えたからでしょう。簡単にいえば、もともとは、ばか、あほう、まぬけといった意味の、人をののしって言う語ではあるのですが。

 「べらぼう」はなぜののしりことばとして使われるようになったのでしょうか?

それは、江戸時代前期の寛文(かんぶん)年間(166173年)の末年に評判になった「便乱坊(べらんぼう・べらぼう)」という奇人の見世物からだといわれています。蔦重が生きた時代よりも100年ほど前のことです。この奇人は、全身真っ黒で頭はとがり、目は赤く丸く、あごが猿のようで、愚鈍なしぐさをして観客の笑いを誘ったのだそうです。絵に描かれたものが残されていないので、どんな風貌だったかは想像するしかありませんが、かなり奇っ怪なすがただったのでしょう。

それからすぐに、ののしりことばとして「べらぼう」が盛んに使われるようになります。ほぼ同時代の例ですが、ばか面(づら)のことを「べらぼう面(づら)」といっているものがあります(『雑兵物語』1683年以前に成立)。また、「ベらぼう焼き」などというものまで作られました。やはり同時代の1674年に書かれた『国町(こくちょう)の沙汰』という本に出てきます。どのようなものかというと、胡麻をかけた色の黒い焼麩(やきふ)のことなんだそうです。見世物の奇人が全身真っ黒だったからでしょうが、人気のキャラクターをすぐに食品にしたようで、なかなか抜け目がありません。今でもよくある話ですが。

秋田県・能代市でつくられている「べらぼう凧」

「女べらぼう凧」
「男べらぼう凧」

*べらぼう凧は「手しごと秋田」HPより転載

「便乱坊」の風貌は想像するしかないと書きましたが、秋田県の能代市で古くから作られている凧(能代凧)は「べらぼう凧」と呼ばれています。この凧の図柄は、丸い目をして目のまわりは赤く、真っ赤な舌を出している奇妙な顔の人物です。江戸時代の「便乱坊」とは違うようですが、「べらぼう面」ということで何か関連があるのかもしれません。

さまざまな意味でつかわれるようになった「べらぼう」

それはさておき、「べらぼう」は語としての響きもおもしろいからでしょうか、さまざまな意味で使われるようになります。

「今日はべらぼうに暑い」、「べらぼうな値上がりが続く」「そんなべらぼうな話はない」などといったように、程度がひどいこと、はなはだしいこと。普通では考えられないようなばかげていること、といった意味です。

大河ドラマでも「べらぼう」を使い分けていて、場面によってさまざまな意味で使っています。

神永(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

 

編集部おすすめ

関連記事