ニュース「を」学ぶのではなく、ニュース「で」学ぶ
――知窓学舎ではニュースを取り上げて授業をすることがあると聞きます。どんな授業でしょうか。
矢萩邦彦先生(以下、矢萩):最初にお伝えしたいのは、我々は“ニュースの授業”をしているわけではないんです。ニュースは学習の素材。ニュース「を」学ぶのではなくて、ニュース「で」学ぶということなんです。探究学習とは、そういうことなんですよね。
たとえば国語科の中でニュース「で」学ぶことは、ニュースの知識で点を取るのではなくて、ニュースをきっかけにして思考力・文章作成能力・表現力・読解力を全般的につけていくことになります。
時事問題の知識は不要! 知っていることだけで推論する
――実際、授業はどんなふうに進んでいくのですか?
矢萩:進め方は多様なのですが、ひとつのニュースを取り上げて深く考えていくことが多いですね。そのときには前もってどんなニュースを扱うかは伝えないんです。さきほども言ったように、ニュース「を」学ぶのではない。ニュースについての知識はさほどなくてもいいんです。むしろその場で聞いて、本人が知っている要素だけをもとに推論していくほうがいい。

いちばん大事にしているのは想像力です。目の前にあるニュース(課題)から何を想像できるのか。空想や妄想ではなくて、いかにロジカルに組み立てられるか。答えはひとりひとり違いますし、合っているか間違っているか、ということでもない。探究学習の「正解のなさ」に慣れることがすごく大事です。
――あまりに何も知らないと、想像力もわいてこないということはありませんか?
矢萩:推理や想像に最低限必要な情報はその場で提示します。
――国語の読解問題みたいですね。
矢萩:そうですね。大事にしていることは、推論のある読解です。
まず「自由に意見を言える」と子どもが思える環境を作る
――今までひとつのニュースを深く考えて自分の意見を言った経験もない子が、主体的に意見を言えるでしょうか。。
矢萩:まず、自分の意見を言ってもいいんだ、自分の意見を言いたいんだ、と自ら思うことがとても大事です。それには、周囲が子どもの言うことをよく聞く、共感する、否定しない。「私はこう思う」と言ったのに「それは違う」と返されたら、自分の意見を本気で言いたいという気持ちはなくなります。
大人だって同じでしょう。自分の意見を言いにくい会社に勤めている人は、会議でも何も言わない。でもね、空気を読まないでなんでも言えることって大事ですよ。相手をリスペクトしながらも、「私はこう思う」と言える家庭、学校、社会がいいですよね。

――授業では実際、どんなことを対話しているのですか?
矢萩:昨日の授業で扱ったのは「AIを会社で活用するようになってきたら、エンジニアの雇用が減ってきた」というニュースでした。7000人も解雇した企業もあるそうだけれど、次はどんな職業で人が減らされるか? というのがテーマです。作文をし、意見を言い合います。
あるいは、「NASAに惑星が近づいてきて、衝突する可能性がある」というニュースも取り上げました。では実際にどれくらいの確率で衝突するのか。そのニュースでは最初「1%」と言っていたけれど、次の週には「3%」となっていました。
すると、生徒から「ええっ!? 1週間でそんなに変わるの? その場合の確率ってどういうこと?」というような疑問や意見が上がってきたので、「では、確率はどうやって計算しているのか」が対話の焦点に変わってきました。そこから、「どこまで確率が上がると人間は不安になるのか」という話になったクラスもありました。

みんなの興味に従って、対話の内容はどんどん変わっていきます。 ニュースの授業をやっていると、子どもたちの能力の高さに驚かされます。
確かに知識という意味では、大人のほうが持っていますよ。でもある意味、縛られてもいる。子どもは知らないからこそ好き勝手に言えるし、その中にすごく光るもの、本質をついているものがある。そこに気づける大人でありたいですよね。
家庭ではまず、何でも話せる環境作りを
――大人でもなかなかしないような深い対話をするのですね。小学校高学年って、まだ子どもだと思っていましたが……そんな話題に主体的に関われるのはすごいです。
矢萩:子どもは柔軟です。「自分の意見を話してもいい」と安心できる場だとわかれば、どんどん意見を言ってきますよ。2~3時間の学習でさきほどのような話題でも積極的に考え、発言するようになります。
ですから、家庭でもそこがポイントです。さきほど言ったように、自分の意見を言うことを歓迎する空気を作り、実際によく聞いてください。
話題は、あまり難しいものでなく、取り組みやすいものから始めるといいですね。そのことに対して知識をまったく持っていなくても語れるようなテーマがいいと思います。
いちばん簡単なのは「予測」です。たとえば、「EXPO2025大阪関西万博に、人はたくさん来るか」。未来のことは誰も答がわかりませんからね(※取材時は、万博のスタート前)。
「万博に人は来るか」だと、子どもだけでなく、大人側も予測がつきません。すると、大人と子どもが対等に同じステージに立てるんです。この「同じステージに立つ」も、とても大事なポイントです。

教える側と教わる側が上下関係になると思考が止まる子が多いです。どこかで「どうせ優等生みたいな答えを望んでいるんでしょ」と思うと、自分の意見なんて持てなくなるし、もしあったとしても大人が思う方向性と少しでも違っていたら「言わないほうがいい」とブレーキをかけてしまいます。
「対話」することが目的で、「討論」ではありません。自分が正しいと思っている立場から相手を説得するのではなく、相手の話を聞き、その上で自分が変容するかもしれない可能性を前提として持っているか、それが重要です。
「私はこう思ってたんだけど、あなたの話を聞いたらちょっと考えが変わったわ」みたいなことを言えるのか、本当に思えるのかが、親子で対話する上ではすごく大事ですね。
今、自由に意見が言える子になっておかないと、大学受験のときにも困る⁉
――大人は「このテーマはこういうふうに意見してほしい」みたいな期待を持ったり、子どもの意見に対して「そんなことしか考えられないの!?」なんて言ったりしてはいけないですね。
矢萩:せっかく意見を言ったのに「そんな内容?」なんて言われたら次から意見は言えませんよ。小学校でも、「あなたの考えを書きなさい」と言われて自分の意見を書いたらバツとか三角になる経験をしているかもしれませんよね。そうなると、自分の意見は出てきづらくなります。
模範解答を提示せよ、よい点数を取れと指導されてきたその子たちが、高校生くらいになったときに、総合型選抜(旧AO入試)で「自分のことを表現しなさい」「あなたは何をしたいのですか」と急に自分軸で考えることを突きつけられたら、戸惑ってうまくいかず、やる気がなくなって、「大人の世界なんてつまらない」という考えになってしまうかもしれません。

子どもが小さいからこそ、なんでも意見を言えるような環境にしてあげたいですよね。人は長く一緒にいる人の影響を色濃く受けるものです。小学生までは圧倒的に家族の影響を受けます。家でこそ自分の意見を自由に言える、そんな環境を作ってあげましょう。
そして、大人も子どもと同じ立場で一緒に考えることを楽しんでください。子どもが小さいうちこそ、親も子どもとたくさん話せる。子どもが大きくなるにつれて友達との間での対話を楽しむようになって、親との関わりはグンと減ってしまいます。
子どもが親といきいきと話せる今を大事にして、大人も子どもと一緒に成長していきたいですね。
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記事監修

アルスコンビネーター、知窓学舎塾長、多摩大学大学院客員教授。1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャーとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究する学びを、子どもたちに授けてくれる教育者。2万人を超える直接指導経験を生かし「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾『知窓学舎』を運営。「現場で授業を担当し続けること」をモットーに学校・民間を問わず多様な現場で授業・講演・研修・監修顧問などを展開している。『新装改訂版 中学受験を考えたときに読む本 教育のプロフェッショナルと考える 保護者のための「正しい知識とマインドセット」』(二見書房) 、『子どもが「学びたくなる」育て方 「話す・探す・やってみる」で生きる力を伸ばす』(ダイヤモンド社)など。
取材・文/三輪 泉
構成/HugKum編集部