「ノート」を「のおと」と書いて「のうと」と直された1年生。これってどうなの?【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴44年。日本語のエキスパートが教える〝知ってるようで知らなかった〟言葉のウンチクをお伝えします。

「ノート」の「-」をかなで表すと「お」?「う」?

カタカナは小学1年生の後期に習います。カタカナはおもに外来語を書くときに使いますが、カタカナを習っていない1年生の前期のときは外来語もひらがなで書くことになります。

そのとき問題になるのが、「ノート」の「ー」(長音符号といいます)の部分をどう書くかでしょう。カタカナが書けるようになれば問題ないのですが、ひらがなでは通常は「ー」は使いませんので、かなを当てることになります。

そこで問題です。「ノート」を「ー」を使わずにすべてひらがなで書くとすると、どのように書いたらいいでしょうか?「のおと」でしょうか? それとも「のうと」でしょうか?

答えは、どちらも間違いだとは言えません。ところが最近、SNSで小学校の先生らしき方のこのような内容の投稿が話題になりました。

1年生のひらがな学習で、ノートを「のおと」と書いていた子どもに、担任が「のうと」と訂正したところ、「答えは合っているのに直された」と保護者から苦情が学校に届いた。

「現代仮名遣い」を原則にすると表記は「のうと」になる?

これは辞書編集者である私にとっては、いろいろと考えさせられる問題でした。と言いますのは、教科書(すべての教科書がそうかどうかはわかりません)と国語辞典の考え方がまったく違うからです。

ある教科書の版元は、本来カタカナ書きにするべき語であっても、1年用教科書で使う場合は、長音は長音符号を使わないで「現代仮名遣い」(昭和61年7月 内閣告示)文化庁 | 国語施策・日本語教育 | 国語施策情報 | 内閣告示・内閣訓令 | 現代仮名遣い の原則に従って表記するとしています。

内閣告示の「現代仮名遣い」によりますと、

・オ列長音…「う」を用いる

としていますので、「ノート」は「のうと」になるというわけです。

「現代仮名遣い」を外来語表記に適用することの落とし穴?

しかし、「現代仮名遣い」の前書きにはこのようなことが書かれています。

この仮名遣いは、擬声・擬態的描写や嘆声、特殊な方言音、外来語・外来音などの書き表し方を対象とするものではない

つまり、「現代仮名遣い」はあくまでも「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための仮名遣いのよりどころ」を示したもので、これを外来語の書き表し方に当てはめようとするのはかなり無理があるのです。

「ノート」を「のおと」と表記をしている教科書の版元も多数あり、その一つでは、ホームページで教材の資料として国立国語研究所の「ことばの研究館」とリンクを貼り、「ボール」「ソース」は「ぼおる」「そおす」でいいと考えていることがわかります。

さらに「現代仮名遣い」には「表記の慣習による特例」の説明があります。

そこに、「次のような語は,オ列の仮名に「お」を添えて書く」として、「おおかみ おおせ(仰) おおやけ(公) こおり(氷・郡△) こおろぎ …」といった語を挙げています。

なぜそのような語があるのかは、歴史的仮名遣いにかかわる問題でして、それを説明するとさらに話が長くなるので割愛します。要するに現代語の中にもオ列の長音の中には、「お」と書くものも存在するのです。

国語辞典は「発音」を根拠にしているので、「ノート」は「のおと」で引く

これに対して、ほとんどの国語辞典では、長音を含むカタカナ語はその上の母音(ぼいん)を繰り返した形に置き換えて考えています。たとえば、小学生向けの国語辞典『例解学習国語辞典』(小学館)では、凡例で「コーヒー」「ショート」は「コ」「ショト」としていると説明しています。つまり、国語辞典では「コーヒー」「ショート」は「コウ」「ショウ」では引けず、「コオ」「ショオ」で引くものなのです。

どうしてそのような違いが生じてしまったのでしょうか?

「のうと」としている教科書は、表記を「現代仮名遣い」に拠っているとしていますが、これに対して国語辞典では発音を根拠にしているからです。「ノート」「コーヒー」「ショート」の「ー」の部分を、「ウ」と発音する人はほとんどいないでしょうから。

カタカナをまだ習っていない小学1年生が「のおと」と書いても、何ら問題はありませんし、むしろそのように指導すれば、カタカナを習得して長音符号で「ノート」と書くようになったとき、辞書を引く際にすんなりとなじめるのではないでしょうか。

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記事監修

神永 曉|辞書編集者、エッセイスト

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

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