バスも幼稚園も「順番を抜かす」文化に驚く
「フランス人って、本当に並べないんだよね」
そんな噂を聞いたことがありましたが、実際に暮らしてみると、その光景は想像を超えていました。地下鉄のホームでは、あとから来た人が、何事もなかったかのようにスッと電車に乗り込んでいきます。バス停でも、なんとなく列ができているようでいて、いざ乗車となると、みんな一斉に押し寄せます。

日本のように「先に並んでいた人を優先する」というルールは、ここではあまり意味を持ちません。最初は、「アジア人だからなめられているのかな」と、悲しい気持ちにもなりました。でも、よく観察してみると、それは誰に対しても同じこと。フランス人同士でも、遠慮なく前に出ていきますし、それに対して誰も怒りません。
「人に迷惑をかけてはいけない」日本の価値観との違いを感じた瞬間
ある朝、次女を幼稚園に送っていったときのことです。
登園時には、受け付けの先生が「今日のお昼は園で食べる? おやつも食べる?」とひとりずつ確認し、それが済んでから子どもを預ける、という流れになっています。(お昼ご飯は家で食べてもOK。おやつまで食べる=18時まで預かってもらう、という意味です)そのため、保護者たちは自然と扉の前に小さな列を作ります。
その日、私は前のママが先生と話し終えるのを静かに待っていました。すると、後ろにいたママがいきなり、「ランチとおやつね!」とだけ言って、子どもをポンと先生に預けたのです。
「えっ。今、割り込んだよね?」と思わず驚きました。でも先生はにこにこと受け入れ、「じゃあね~」と優しく見送り、そのまま何事もなかったように会話を続けました。

日本では、誰かが話している最中に割り込むのはとても失礼なこととされています。でも、フランスではそれほど特別なことではないようです。
その帰り道、「あのくらいの割り込みって、本当に悪いことだったのかな?」と、ふと考えました。たしかに、少し会話を中断されるほうが、イライラしながら順番を待つよりも、お互いにとって心地よいのかもしれません。
「人に迷惑をかけてはいけない」——そんな日本で当たり前だった価値観が、ほんの少し揺らいだ瞬間でした。
サッカーもドッジボールも「自分が楽しむ」が最優先
小学3年生の長男が、休み時間に学校でサッカーをしているのですが、ある日こんなことを言いました。
「フランスの子って、味方からもボールを奪うんだよ」
日本でサッカースクールに通っていた長男にとって、「ボールを奪うのは敵だけ」というのは絶対のルール。でもこちらでは、味方同士でも構わずボールを取りに行くのだそうです。勝ち負けよりも、「今、自分がボールを持ちたい」という気持ちの方が優先されているようでした。

ドッジボールでも似たような光景があるといいます。相手のボールを避けるのではなく、みんなが一斉に取りに行って、どんどんアウトになっていくのだとか。長男はひたすら逃げ回っていたおかげで、たまたま最後のひとりになって勝てた日もあったそうです。
きちんとルールを守ることより、自分が楽しむこと。全体を乱さないことより、自分に正直でいること。
そこには、「まわりからどう思われるか」ではなく、「自分がどうしたいか」を大切にする気持ちがあるように思います。
“我慢しない”子育てが教えてくれること
日本では、「他人に迷惑をかけないように」「我慢できる子が偉い」と教わります。だからこそ、列にはきちんと並ぶし、話に割り込まない。ルールを守り、まわりをよく見て行動する。それが“よい子”の条件でした。
そんな教育の成果もあってか、日本を訪れたフランス人は「みんな、きちんとしていて感動した」と口をそろえます。「順番を守れば、必ず自分の番が来る」「みんながルールを守っている」——その安心感は、日本ならではの美しさなのかもしれません。
「その我慢、本当に必要?」
でも、フランスで暮らしていると、こう問いかけられているような気がします。
「その我慢、本当に必要?」と。

列に並ばない大人たち。味方からもボールを奪い、ドッジボールでは積極的にアウトになっていく子どもたち。そんな姿には、「自分の心地よさを大切にする」という、我慢とは正反対の価値観が見えてきます。
もちろん、フランスにも困ることはあります。みんなが好き勝手に動くので、バスや電車はいつも遅れるし、郵便物はまず予定された日に届きません。先生や上司など、そんな彼らをまとめる立場の人にとっては、ストレスがたまることもあるでしょう。
でも、「こうでなければいけない」と思い込んでいた価値観に、ふわっと風穴をあけてくれる。それが、彼らの生き方です。
今では、少しくらい割り込まれても、「まぁいっか」と思えます。だって、ここはフランス。どうせ急いでも、バスは時間通りに来ないし、誰も時間通りには現れないし(笑)。
子育てを通じて見えてきた、“我慢しない”という選択肢。これからも、そんな視点を大切にしていきたいと思います。
連載を1話から読む
写真・文/綾部まと
