構想8年! 猫の動きの「難しさ」と「面白さ」から生まれた『にゃんころたいそう』
――前作『かめかめたいそう』から4年、ついに3部作の完結編『にゃんころたいそう』が刊行されましたね。
齋藤槙(さいとうまき)さん:もう4年もたつんですね、びっくりです。実は『ぺんぎんたいそう』を出したあと、3冊でひとつの作品になるようなシリーズにできたらいいなと考えていて、『かめかめたいそう』と『にゃんころたいそう』のラフは同時に描いていたんです。

――そうだったんですね! 2冊は同時進行で進んでいたのですか?
齋藤さん:はい。でも、猫がすごく難しくて。『かめかめたいそう』が先にできました。猫が難しかったいちばんの理由は、体が柔らかくて、できる動きがすごくたくさんあったからなんです。できる動きをたくさん考えて描いていったんですけど、選択肢が多すぎて。
子どもたちが絵本を読んでまねしやすい動きはどれか、どう構成すればいいのか、選択肢が多いからこそ悩んでしまって。逆に亀は動きの選択肢がそこまで多くなかったので、構成しやすかったんです。なので、猫のほうがだいぶ時間がかかってしまいました。構想からだと、8年くらいかかっています。

――8年! 特にどんな点が難しかったですか?
齋藤さん:絵本にする上で、この体操シリーズでは「定点観測」で描く、というのを大事にしているんです。『ぺんぎんたいそう』も、地面は描いていないけれど、同じ場所からカメラで撮っているような視点で描いています。
でも猫の場合、体が柔らかいので、例えばおなかを上にしたポーズを分かりやすく描くには、上からの視点じゃないと伝わりにくい。真横から見ると、にゅーっとつぶれて溶けているみたいに見えちゃったり(笑)。定点観測を崩さずに、どうやって猫の複雑な動きを分かりやすく見せるか…そこがいちばんの課題でしたね。

モデルは誇り高き猫「みみちゃん」。いちばん描きたかったのは伸びる姿
――制作のきっかけになった猫ちゃんがいたそうですね。
齋藤さん:はい、パートナーが飼っている「みみちゃん」という猫のおかげなんです。みみちゃんと出会って仲良くなって、「猫ってこんなに面白いんだ!」と知りました。犬は飼っていたのですが、全然違いますね。
――どんなところが違いましたか?
齋藤さん:みみちゃんはすごく誇り高い猫で、抱っこもほとんどさせてくれないんです。野性味にあふれていて、ライオンのよう。犬は人間にサービスしようとするところがあると思うんですけど、猫、特にみみちゃんは「自分が心地よいこと」を追求するプロ、という感じがします。そのブレない感じがかっこいいですよね。
――動きの面で、特に面白いと感じたのはどんなところですか?
齋藤さん:やっぱり、ぐにゃぐにゃーっと伸びるところですね。最初に見たとき、「え、こんなに!?」って衝撃を受けました。顔が小さいのに、体がゴムみたいに伸び縮みして。こんなに長く伸びるんだ、こんなに足が柔らかく上がるんだ、という発見が、この絵本につながりました。

――絵本の中でも、お気に入りのページはありますか?
齋藤さん:やっぱり「にゅー」って体を伸ばしているページですね。猫の伸びる姿に衝撃を受けた、最初の気持ちが詰まっています。このページ、制作の終盤までは3番目にあったんですけど、編集者さんのアドバイスで2番目に持ってきたんです。そうしたことで、最初のインパクトが出て、体操絵本としても気持ちよくスタートできる流れになったかなと思います。
子どもたちの反応がヒントに。「ぐうぱあ」だけで伝わる喜び
――制作の過程で、子どもたちの反応を参考にされたそうですね。
齋藤さん:ラフの状態で保育園に持っていって、子どもたち相手に読ませていただきました。その中で、すごく反応が良かった動きや言葉を厳選しています。特にうれしかったのが、「ぐうぱあ ぐうぱあ」のところです。ここは指をこうして、と説明しなくても、絵と音だけで、子どもたちが自然にまねしてくれたんです。
――言葉と絵だけで動きが伝わったのですね。
齋藤さん:そうなんです。なるべく要素をそぎ落としてシンプルにしたいと思っていたので、「ぐうぱあ」という擬音だけで子どもたちの動きにつながったのは、本当にうれしかったですね。
技法を変えて今回は猫の「ふわふわ感」を表現
――『ぺんぎんたいそう』『かめかめたいそう』と来て、今回は『にゃんころたいそう』というタイトルがとてもかわいらしくて印象的です。
齋藤さん:ありがとうございます。これも、制作に行き詰まっていたときに生まれた言葉なんです。もう、どうしたらいいか分からなくなって、「何かをガラッと変えなきゃ!」と。頭の中の回路を柔らかくしたいと思ったタイミングで、「にゃんころ、にゃんころだ」って、なんだか降ってきたんです(笑)。それで、『にゃんころたいそう』になりました。
――絵の表現にも、特別なこだわりがあったとか。
齋藤さん:猫の「ふわふわ感」をどうしても出したくて。このシリーズは、生き物に合わせて毎回技法を変えているんです。『ぺんぎんたいそう』は筆でパキパキと、『かめかめたいそう』はゴツゴツした感じを出すために貼り絵で。そして今回は、ステンシルという技法を使いました。

――ステンシルですか。
齋藤さん:カッターでコピー用紙を切り抜いて、そこに型紙を当ててブラシで絵の具をシャシャシャッとのせていくんです。そうすると、輪郭がぽわっとぼやけて、猫の毛のふわふわした感じが出るかなと。背景をあえて白にしたのも、このふわふわ感を引き立たせるためです。自分のスタイルにこだわるより、その絵本の中でいちばんいい表現を探したいといつも思っています。
――ちなみに、次に描いてみたい動物は…?
齋藤さん:『にゃんころたいそう』を経て、悪そうな顔の猫を描きたくなっています(笑)。悪くなくてもいいんですけど、ちょっと面白い顔とか、野性味のある顔とか、そういう猫ちゃんの絵にも挑戦してみたい。
悪そうな顔で言えば、ワニとかもいいですね。かわいいだけじゃないもののかわいらしさ、素敵さ…みたいなものを描けたら面白いなと思います。
音楽も動画も手作り! 家族みんなで作り上げた体操絵本
――このシリーズは「踊れる絵本」として、音楽や動画も公開されていますよね。
齋藤さん:はい、いちばん最初の『ぺんぎんたいそう』のときから、「踊れる絵本」を軸に考えていました。そうなると動画や楽譜もあった方が、保育園などでも楽しんでもらいやすいなと。それで、身近な人に頼もう! と思って(笑)。
曲を作ってくれているのは、ピアノと電子オルガンを教えている私の母なんです。作曲家ではないんですけど、『ぺんぎんたいそう』から3作とも作ってくれて。動画のかけ声は親戚の子にお願いして、音の調整は音楽をやっているパートナーに。もう、完全に身内で回しています(笑)。

――動画に出てくる小道具も、齋藤さんの手作りだとか。
齋藤さん:そうなんです、やってみたら楽しくて。もともと帽子作りを習っていたので、手芸の基本は少しだけ分かっていて。祖母が洋裁をしていたので、家に不思議なボタンがたくさんあるんです。それを使って、猫のぬいぐるみなどを作りました。
絵本だけでなく、動画や音楽、小道具まで含めて、みんなで手作りで仕上げた作品です。
未来のアーティストを育てる「うたのアトリエ」とは
――齋藤さんは絵本制作の傍ら、子ども向けの絵画教室「うたのアトリエ」も主宰されています。こちらはどういった経緯で始められたのでしょうか。
齋藤さん:少し時間に余裕ができたときに、そろそろ誰かをサポートすることもできるかな、という気持ちになったんです。自分が子どもの頃や、作り手になる過程で苦労したこと、大変だったようなことをサポートしてくれる大人がいたら、子どもたちにとってすごく励みになるんじゃないかと思って。それで、2023年の1月からアトリエを始めました。

――どんな活動をされているのですか?
齋藤さん:月に1回、アーティストになりたい子どもたちが集まって、私が用意したお題やいろいろな素材に触れながら作品を作っています。毎回私が違うお題を私が出すワークショップコースと、自分の好きなことを好きなだけじっくり研究できるアーティストコースという、2つのクラスがあります。
そして年に1回「クリスマスマーケット」というイベントで、子どもたちの作品を展示して、自分たちの絵を使った商品を販売するんです。イラストレーターのような仕事を体験できる場所にしたいなと思っています。

「自分で選んでここにいる」子どもたちの居場所
――アトリエを運営する上で、大切にしていることはありますか?
齋藤さん:入会するときに、親御さんが入れたいというよりも、本人が「やりたい」という気持ちを大事にしています。言われてイヤイヤやっても楽しくないし、周りの子にも良い影響がないと思うんです。「自分で選んでここにいる」という感覚を大事にしてほしくて。
――アトリエには、どんなお子さんが集まっていますか?
齋藤さん:いろいろなお子さんが参加してくれていて、年齢層も幅広いんです。アートが好きだったり、表現が好きだったり。中には感受性が豊かで繊細なお子さんもいます。そういうお子さんには、「そのままで大丈夫だよ」と伝えたいんです。絵を描いたり作品を作ったりすることは、その子の持っている素敵な持ち味を、曲げずに外に出す作業だと思うので。その持ち味を残したまま、うまく作品作りにつなげていけるようにサポートしたい、と思っています。

――子どもたちの居場所になっているのですね。
齋藤さん:そうなれたらうれしいです。この間、カブトムシの幼虫の絵を描いた女の子が、「これは絶対みんなに嫌われるから」って、こっそり私にだけ見せてくれたんです。でも、他の子たちが「何々?」って集まってきて、「え、全然いいじゃん!」ってみんなでほめてくれて。
もしかするとその子が普段いる環境では、それは喜ばれないことだったのかもしれない。でも、ここではお互いの感性を認め合っているから、個性を否定せず励まし合える。そういう場所にしていきたいですね。
プロの作家と並んで作品を販売。挑戦から生まれる子どもたちの成長

――クリスマスマーケットでは、具体的にどんなことを?
齋藤さん:私の友人である陶芸家さんや、お菓子、テディベア、ジュエリーの作家さんなど、プロとして活動している方々と一緒に出店します。子どもたちが発表会ではなく、プロの世界にちょっと足を踏み入れるような経験ができたらいいなと思って。
――子どもたちにとっては、すごい経験ですね。
齋藤さん:最初は、売れ行きや評価に差がついて誰かが傷つくことのないように、みんなでひとつのカレンダーを作るなど、守りの姿勢も考えていました。でも、あるとき「自分だけの作品を作ってみてもいいよ」と提案したら、子どもたちはすごく楽しそうに挑戦してくれて。ヘアゴムやくるみボタンなどを作って、お客さんに堂々と「こちらはですね…」ってギャラリーの人のように説明しているんです。
――たくましいですね!
齋藤さん:そうなんです。私が心配していた以上に、子どもたちはタフでした。自分で考えて、社会に一歩出てみる、ということをここで体験してくれているんだなと、とてもうれしくなりました。心配もしたけれど、挑戦させてみて本当に良かったなと思っています。
半年くらいかけて準備しているので、夏になると子どもたちの間で「今年のクリスマスマーケット、どうする?」という話題になります。今年のクリスマスもやる予定ですので、ぜひ遊びに来てほしいです。

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8年の歳月をかけて、猫への深い愛情と観察眼から生み出された『にゃんころたいそう』。そして、未来の作り手たちを温かく育む「うたのアトリエ」。齋藤さんの創作の根底には、いつだって「面白い!」という好奇心と、「そのままでいいんだよ」という肯定の気持ちがあふれていました。ぜひ、親子で『にゃんころたいそう』を楽しんでみてください。
お話を伺ったのは…
1981年東京生まれ。武蔵野美術大学で日本画を学ぶ。動植物を愛し、「こども心」と「物語性」を大切にした作品を 貼り絵やステンシルや染めなど、様々な手法で発表している。たくさんの色を重ね、混ぜ合わせることで、深く揺らめくような色を出し、心地よい余白をもたせた作品が多い。
大学在学中から絵本作りをはじめ、著作に『ぺんぎんたいそう』『かめかめたいそう』『ながーい はなで なにするの?』(福音館書店刊)、『おひさま でるよ』(ほるぷ出版刊)などがある。
「にゃんころたいそう はじめるよ、ごろ~ん。からだをのばして~、にゅ~。ころころしよう、にゃんころ にゃんころ」。ねこが身体を伸ばしたり、ころころ転がったりする姿は見ていて面白く、とても気持ちよさそう! そんなねこの動きを体操に見立てた、思わずいっしょに身体を動かしたくなる絵本です。人気作『ぺんぎんたいそう』『かめかめたいそう』の姉妹編。
撮影/五十嵐美弥 取材・文/小林麻美
