
「初老」とは、古くは40歳の異称だった
学問の神様、天神様として祀(まつ)られている菅原道真(すがわらのみちざね)の漢詩に、次のような一節があります。
「霜鬚秋暮驚初老」(「題白菊花」)
秋の日の暮れ方に、霜のように白くなったあごひげに気づいて自分も初老といわれる年になったのかと愕然(がくぜん)とするという意味です。
さて、ここで問題です。この漢詩にある「初老」とは何歳のことでしょうか?

答えは、40歳です。
実は「初老」とは、古くは40歳の異称だったのです。この漢詩を作ったとき、道真はまさに数えで40歳だったと推定されます。個人差はあるかもしれませんが、現代でも40歳近くになるとひげに限らず髪の毛にも白いものが増えてくるでしょう。この詩はそんな自分の姿を鏡か何かで見たときの衝撃を詠んだものです。思い当たる人がいるかもしれませんね。
初老という名の四十雀?
この「初老」が40歳の異称だったことから、松尾芭蕉はこんな面白い句を詠んでいます。
「老いの名のありともしらで四十(しじゅう)から」
鳥のシジュウカラ(四十雀)は自分の名前に四十、つまり初老という名がついているとは知らずに、軽快に飛んだりさえずったりしているよ、という意味です。

女性は閉経すると初老!
ただ現代の感覚からすると、40歳を「初老」というのはいささか抵抗があります。
そこで『日本国語大辞典』では、「初老」の語釈に「寿命がのびた現在では、五〇歳から六〇歳前後をさすことが多い」という文章を添えています。さらに「女性では月経閉止期、男性では作業能力が衰えはじめたときから老化現象が顕著になるまでの期間」とかなり具体的です。確かにそうかもしれませんが…
なお蛇足ですが、「初老」の前と後の期間をなんと呼ぶでしょうか。前は「中年」、後は「老年」でしょう。「中年」は青年と老年との間の年ごろという意味ですが、今はふつう40歳代から50歳代にかけてをいうことが多そうです。「老年」は「初老」と意識される年齢の範囲が変わったことにより、今は60歳または70歳以上をいうことが多いかもしれません。
年齢を表すことばは、寿命が延びたことにより、本来よりも上の年齢をさすようになっているのです。
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監修

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。