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左利きはどのくらいの割合?
世界人口の約10%が左利きと言われており、日常生活の中で右利き用に作られた道具に不便を感じる人も少なくないようです。
幸い、市販の歯ブラシの大半は利き手に関係なく使えますが、利き手と歯磨きの効果は関係することが分かっています。
利き手で磨くと、例えば右利きの人は右側の奥歯の舌側(裏側)を磨き残しやすいことが明らかにされています。
その理由として、利き手側の臼歯部(奥歯)を磨く動作は肩や手首といった複数の運動の調節が必要であり、その動作が難しくて単調な動きになりやすく、しかも歯の裏側はブラシを当てにくいからだと言われています。
では、磨き残しが多い部位は、利き手でないほうの手で磨くのがいいのでは? という疑問が浮かぶかもしれません。この疑問に対する答えを示唆する研究報告を紹介しましょう。
利き手と歯磨きの磨き残しの関係
2023年に東京都リハビリテーション病院のグループが報告した研究では、利き手側片麻痺(利き手側に麻痺がある)患者への効果的な歯磨き指導の検討のため、非利き手(利き手でない方の手)での歯磨きの特徴を調べました。
対象者12人(女性7人、男性5人)に利き手と非利き手で歯磨きを実施してもらい、歯垢(プラーク)をO’LearyのPlaque Control Record(PCR)という指標を用いて検出し、歯磨き前後での歯垢の減少率を比較しました。

その結果、口腔全体の歯垢減少率は利き手で63.5%、非利き手で49.5%となり、非利き手は利き手と比べて統計学的に有意に磨き残しが多いことが明らかになりました(図1)。
また、もっとも磨き残しが多かった作業手側下顎臼歯舌面(磨く手の側の下顎奥歯の裏側)の歯垢減少率は利き手で約38%、非利き手で約29%となり、利き手と比べて非利き手の歯磨きで有意に低くなりましたが、非利き手では非作業手側でも同様に約29%となり、磨き残しが多いことが判明しました(図2)。

つまり、磨きにくい部位は、たとえ歯ブラシを持つ手を変えても、十分に磨くことができないことを示しています。
一般に利き手のほうが非利き手よりも細かな操作ができますが、非利き手で歯磨きをすると、歯ブラシの反転動作がうまくできなかったり、力の加減の調節が難しかったり、歯磨きに必要な細かな刷掃動作が困難です。
ですから、磨きにくい部位を磨くために歯ブラシを非利き手に持ち替えるのではなく、利き手のブラッシングの習熟度や精度を上げることが大切だということが分かります。
では、利き手でないほうの手で歯磨きすることは、まったく意味がないのでしょうか?
非利き手の作業は、脳を活性化させる可能性も

2012年に西九州大学リハビリテーション学部のグループが報告した研究では、健常成人12人(男性9人、女性3人、平均年齢20.3歳)を対象に、利き手と非利き手を使って作業したときの脳の前頭葉の血流量を比較しました。
この研究では、対象者が蚊取り線香をかたどって描いた渦巻きの壁に当たらないようにできるだけ早く線を描く作業をし、利き手と非利き手で所要時間と施行中の脳の酸素化ヘモグロビン(HbO₂)の変化をNIRS(近赤外線分光法)を用いて測定しました。
その結果、渦巻き課題の所要時間は利き手が12.4秒、非利き手が15.6秒で非利き手のほうが有意に長くなりましたが、作業時のHbO₂も有意な差が認められ、非利き手の使用時に有意にHbO₂が高くなりました(図3)。

つまり、利き手より作業効率の悪い非利き手で難しい課題を行うことで注意力が必要となり、前頭葉の脳血流量が増加して脳が活性化する可能性が示唆されたのです。
この研究では線を描く手作業について検証しましたが、歯磨きも同様、手先を使った繊細な作業ですから、類似の効果が予想されます。
非利き手で磨くと、どんな効果が期待できる?
歯磨きは手と口が連動した細かな動きで脳を刺激することが分かっていますが、さらに利き手でないほうの手で磨くと、どのような効果があるのでしょうか?
まず一つ言えることは、非利き手の不慣れな動きが脳への新鮮な刺激となることです。右手の場合は左側の脳が刺激され、左手の場合は右側の脳が刺激されます。
しかもこのような刺激は、脳の運動を司る領域に隣接する感情を司る領域にも良い影響を及ぼし、怒りをはじめとした感情のコントロールにもつながる可能性があるという研究報告もあります。
その他として、非利き手で歯磨きすることにより脳の活性化や集中力向上、日常動作から脱却して創造力を刺激する、といった効果も期待できます。
このように、非利き手での歯磨きは歯の清掃目的のほかに、脳を活性化するなどの目的で活用することもできるため、実際にリハビリの臨床現場でも応用されていますので紹介しましょう。
CI療法における歯磨きの役割

この療法はリハビリテーションの目的で行われる治療法の一つで制約誘導運動療法とも呼ばれ、脳卒中や脳性麻痺などの疾患で片麻痺になった際、再び機能を回復させる効果的な方法として、国内外のリハビリ現場で活用されています。
この治療法は1990年代初めに考案・開発され、日本では脳卒中治療ガイドラインでも推奨度の高い治療法に位置付けられています。大きな特徴は「あえて健康な手を使わず、麻痺している手を重点的に使う」点です。
脳卒中などの後、麻痺がある手足を使わないうちに使わないことが定着してしまう現象を「学習性不使用」と言いますが、CI療法はこの状態を脱却して、「使わなくなっていた手を再び活躍させる」ことを目標とします。
リハビリ内容は、ただ単に「手を動かす」だけではなく、タオルをたたむ、コップを持ち上げるといった日常生活に関係が深い課題を繰り返して実践します。その課題の一つとして、「歯磨き」も含まれているのです。
利き手を意識した歯磨き法の提案
利き手や非利き手の特徴を活用した歯磨きを提案してみましょう。
磨き残しができやすい利き手側の奥歯の裏側から磨く
歯磨きは最初が一番意識を集中できますから、磨き残しやすい部位から重点的に磨きましょう。
鏡を見ながら丁寧に磨く
磨き残しやすい部位を鏡で確認しながらブラシを当てましょう。
歯ブラシを反対の手で持ってみる
利き手ではペングリップのほうが細かな歯磨き動作がしやすいですが、非利き手では腕の協調運動の安定性の要求度が低い、手のひらで握るパームグリップのほうが適していると言われています。ただし当然ながら、非利き手での歯磨きは最初はうまく磨けません。以下の点に注意して効果的に取り入れましょう。
歯ブラシを強く握らない
力の調節が難しいため、優しめに歯ブラシを握りましょう。
時間に余裕がある時に実践する
朝の忙しいときや時間が少ないお昼休みなど、時間にゆとりがないときは無理をせず、利き手のみで磨いてください。
続けることが大切
もちろん両方の手で磨いても大丈夫ですし、前半右手、後半左手など自分なりのスタイルを見つけてやってみてもいいでしょう。また、長く続けるためにも、ゲーム感覚で楽しむ気持ちも大切です。(できた時間や気づいたことをメモする、家族で感想を共有して意見交換する、など)
以上より、利き手での歯磨きを中心としながら、時には利き手でないほうの手で歯磨きをして脳活するなど、楽しみながら歯磨きをする習慣をつけるのもいいかもしれませんね。
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参考:松田裕子 編著|口腔環境とオーラルヘルスケア.オーラルヘルスケア辞典 第2版,116-117,2023.
:左近帆乃佳ほか|歯垢の磨き残し部位からみた非利き手での歯磨きの特徴.日本保健科学学会誌26(1),16-24,2023.
:村山菜都弥ほか|利き手と非利き手作業時における脳循環動態の比較.理学療法科学27(2),195-198,2012.
:日本脳卒中学会,脳卒中ガイドライン委員会 編集|脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2025〕,2025.
