
つわりを理解されずに苦しんだ懐かしい日
「もう……どうしてわかってくれないの……」
吐き気と一緒に、涙までこみ上げてくる。ただ気持ちが悪い、というだけではない。理解してもらえない悲しさが、絡み合っていた。
にんにくの香りが、ぷ〜んと漂っている。いつもなら「おいしそう」と感じるはずの匂い。むしろ、にんにくを愛してやまない私にとっては、幸せの香りのはずだった。
でも今は違う。食べるなんてとても無理で匂いをかぐことさえ耐えられない。
あんなに好きだったにんにくが、無理になるなんて! 自分でも信じられなかった。
初めての妊娠で味わった未知の体験「つわり」
2016年。初めて妊娠した私は、赤ちゃんがお腹の中で成長しているのに伴って、吐き気に襲われる「つわり」という未知の体験の中にいた。
こうして当時のことを思いながら綴っている今も、なぜか吐き気をかすかに感じるくらい。それくらい強烈な記憶なんですよね。
秋が深まり、乾いた風が吹いている土曜日。妊娠がわかってまだつわりの症状も出始めたときだった。当時、幼稚園教諭として働いていた私は、午前中の仕事を終えて自宅に帰った。ちょうど、お昼どき。
「お昼ごはん、どうしようか」
夫にそう聞かれても、もう思考が追いつかない。空腹で、気持ち悪くて、とにかく何でもいいから早く何かを口に入れたい。
「……いや、もうなんでもいい。」
それが精一杯だった。本当は、「そばがいい」とか「パスタはちょっときつい」とか、言えたらよかった。でもそのときの私は、つわりがどういうものなのかも、どう備えればいいのかも、まだわかっていなかった。空腹になると吐き気が強くなる。だから、すぐ口に入れられるものを用意しておくと楽になる。
そう、そんなこともまだ自分でもわかっていなかったんです。
「じゃあ、食べに行こうか」
そう言って車に乗ったものの、空腹+吐き気+車の揺れは、想像以上に過酷だった。
一軒目、待ち時間あり。
二軒目も、待ち。
「……もう無理かもしれない」
今思えば、コンビニでおにぎりでも買えばよかったのに。でもなぜか、その選択肢は頭に浮かばなかった。
三軒目。待ちはない。けれど、うなぎ屋さん。
「……うなぎは、無理」
「え、それ最初に言ってよ」
夫の言葉に、「ごめん」と思う余裕もない。嫌だとか、いいとか、もうわからなかった。
わかる、わかるよ。三軒も回っていたら、そう言いたくなるのもわかる。(この経験があって、今では家族で外食するとき娘たちに「何が食べたい?」ではなく、「何が嫌か教えて」と聞くようになった。笑)
そして、四軒目。
にんにくの香りがぷ〜んと漂う、イタリアンレストラン。二人とも大好きなお店だった。
「ここにしようか」
そう言って入った瞬間、私はもう限界だった。
「……無理。この匂い、ムリ……」
でも、もう他に行くところもない。そのまま待つことにした。座り込む私を前に、夫もどうしていいかわからない様子だった。そして私は、自分のしんどさが理解されていないような気がして、余計に苦しくなっていた。
もし天の声が聞こえるとしたら、
「もう少し、うまくやれたらいいのにね」
きっと、そう言われる気がする。でも、初めての妊娠で、初めてのつわりで、二人とも余裕がなかった。お手洗いの個室に入ると、にんにくの匂いが少し和らいだ気がした。
便座に腰掛けて、小さくつぶやく。
「ああ……気持ち悪い」
そして、心の奥からこぼれた言葉。
「もう……どうしてわかってくれないの……」
わかってほしかった。
「これはしんどいよね。じゃあこうしようか」とわかってほしかったんだと思う。でも、私自身さえも、何をどうしてほしいのかわかっていなかった。悲しさと悔しさと気持ち悪さが混ざって、涙が静かに頬を伝った。
順番が来て、私はにんにくの入っていない和風パスタを頼んだ。お腹が満たされると、不思議と少し楽になった。けれど夕方には、また吐き気がやってくる。
それを何度も繰り返すうちに、私たちは少しずつ傾向を掴んでいった。
空腹になる前に食べること。朝起きた瞬間がいちばんきついこと。そして、「察してほしい」ではなく、言葉を使って自分のニーズを相手に伝わるように伝えること。
あの日、わかり合えなかったのは、わからなかっただけ
あれから9年。この9年でさらに2回の妊娠・出産を経験した。伝えられなかった私も、わからなかった私たちも少しずつ成長した。
2回目の妊娠中、夫は、私が空腹で吐き気をもよおすとわかっているから、できるかぎり先に起きて朝食を作る。私が食べられるそうめんを用意し、大好きなスウィーティーを箱買いして、皮をむいて、ベッドまで運んできてくれる。
私は、「お腹空いちゃうと特につらいから、先に食べるね」「こういうところは助けてほしい」と、具体的に伝えられるようになった。
あの日、わかり合えなかったのは、わからなかっただけ。初めての変化に、二人とも戸惑っていただけだった。それでも、「どうしてわかってくれないの」と思いながら流したあの涙は、なぜだか今でも鮮明に覚えている。あのにんにくの匂いと吐き気と共に。
ーちなみに、これはつわり中限定のバグみたいなもの。今はにんにくが以前のように大好きです。
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HugKumで人気を博した連載「あきえの子育てROOM」を元に、大幅に加筆修正を加えた1冊。「泣き」「ぐずぐず」/「やってほしくないこと」/「ワガママ」「イヤイヤ」/「食」/「しつけ」「将来」/「パートナー」と大きく6つのパートにわけて、“イラッ”“モヤッ”を解決するためのメッセージを届けています。
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プロフィール
国際モンテッソーリ教師(AMI)
幼稚園教諭、保育士、小学校教諭。二児の母。
幼い頃から夢見た保育職に期待が溢れる思いとは裏腹に、現実は「大人主導」の環境で、行事に追われる日々。そのような教育現場に「もっと一人ひとりを尊重し、『個』を大切にする教育が必要なのではないか」とショックと疑問を感じる。その後、自身の出産を機に「日本の教育は本当にこのままでよいのか」というさらなる強い疑問を感じ、退職してモンテッソーリ教育を学び、モンテッソーリ教師となる。「子育てのためにモンテッソーリ教育を学べるオンラインスクール Montessori Parents」創設、オンラインコミュニティ”Park”主宰。著書に『モンテッソーリ教育が教えてくれた「信じる」子育て』(すばる舎)、『モンテッソーリ流 声かけ変換ワークブック』(宝島社)、『子育ての「引き算」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『子育ての“イラッ”“モヤッ”を手放す本』(小学館)。
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イラスト/カラシソエル
