目次
「学校の行き帰りに気をつけてね」で何を思い浮かべる?
ーーさっそくですが、小学校低学年で「読解力」が身に付いている子には、どんな特徴があるのでしょうか?
樋口先生:そもそも読解力の根本は、この「具体と抽象の行き来が頭の中でスムーズにできるか」に尽きます。低学年で読解力が身に付いている子は、文字や言葉から具体的にイメージを思い浮かべる力、つまり、「具体化」する力が身に付いています。言葉という「抽象的なもの」を、頭の中で「具体的な形や場面」にすっと転換できるんです。
例えば、先生や親が「学校の行き帰りに気をつけてね」と言ったとします。読解力が育っている子は、「不審者に声をかけられたらどうしよう」「あの川の近くは危ないな」と、具体的なシーンをパッと思い浮かべられます。一方、ものごとを具体化する習慣がついていない子は、何に気をつければいいのかイメージができません。
さらに学年が上がると、具体的な体験から「つまりこういうことだ」と共通点を見いだす「抽象化」もできるようになります。この2つを行き来できることが、読解力の本質と言えるのです。

ーーでは、低学年のうちに身につけておきたい読解力の目安はどこでしょうか?
樋口先生:学校の先生が言っている内容が理解できることです。国語の難しい問題が解ける必要はありません。先生の指示や普段の会話から「あ、今日は体操着が必要だ」と連想できたり、頭の中で場面をイメージできたりすること。これができる子は、教科書もスラスラ読めるようになりますし、授業もしっかり理解できるようになります。
ーー先生が主宰されている作文・小論文の専門塾「白藍塾」でも、低学年のお子さんが増えているそうですね。
樋口先生:かなり増えていますね。保護者が「家で本を読む機会が減っている」「今のうちに書く力や読む力をつけさせたい」と危機感を持たれているのを感じます。今の子どもたちは、YouTubeなど動画中心の生活を送っていることも珍しくありません。動画で人の気持ちを察するのも一つの読解力ですが、文章から頭の中で場面を作り上げる力や論理性を養うには、やはり文字に触れる体験が欠かせないんです。
「好きなジャンルを見つけること」が読みたい気持ちを育むきっかけに
ーー親としては「読解力をつけるために、良い本を読ませなきゃ!」と意気込んでしまいがちですが……。
樋口先生:それが一番の罠なんですよ(笑)。「読書は勉強だ」と子どもに思わせたら、読書から離れてしまいます。本は本来、楽しむもの。大人が偉人の伝記や名作文学などを押し付けても、子どもはなかなか手を伸ばしません。
なぞなぞ、おばけ、昆虫、スポーツ、乗り物、漫画だって構いません。まずは、好きなジャンルを見つけることが読みたい気持ちを育む入口になります。そしてそこから、「読みたい本」を見つけ出すとよいでしょう。
例えば野球が好きな子なら、野球をテーマにした漫画や絵本でもよいですね。お子さんの関心が広がっていると感じたら、そこで初めて親御さんが「こういう本もあるよ」と別の本を勧める。そうすることで、読書の幅が広がっていきます。

ーーつい親が読んでほしい本を手渡してしまいそうになりますが、子どもが自分で読みたい本を見つけることが大事なファーストステップなのですね。
樋口先生:その通りです。私の息子は小学生の頃は本を読まなくて、親としては「困ったもんだな」と思って見ていたんですが(笑)、あるとき、「信長の野望」という歴史シミュレーションゲームに夢中になりましてね。マニアックにやり込むうちに、「この武将はどんな人なんだろう?」「この合戦はどうして起きたんだろう?」と歴史に猛烈な関心を持つようになった。そこから自分で歴史の本や資料をむさぼるように読むようになり、読書の幅がどんどん広がっていったんです。
ーー息子さんはゲームがきっかけで、読書に引き込まれていったのですね。
樋口先生:そうなんです。学校の成績もぐんぐんと伸びていきました。高校生になる頃には日本史の全国模試で満点を取って名前が載るほどに。あのとき、もし私が「ゲームなんてやめなさい!」と止めていたら、彼の成長の芽を摘んでいたでしょうね。
ーー樋口先生も読書がお好きだと伺いました。
樋口先生:子どもの頃から大の読書好きでした。最初は漫画少年で、そこから『アルセーヌ・ルパン』や『シャーロック・ホームズ』といったミステリーに夢中になりました。クラシック音楽が好きになったのをきっかけに西洋文学や哲学へと関心が広がり、いちばん読んでいた時期は1日1冊ペースでいろいろなジャンルの本を読んでいたほどです。
今でも読書熱はまったく冷めません。最近も、エストニアの作家の小説『蛇の言葉を話した男』(河出書房新社)を初めて読んで、「こんなにすごい小説があったのか!」と圧倒されました。子どもの頃に芽生えた「読む楽しさ」は、何歳になってもワクワクさせてくれて、世界を広げてくれる一生の宝物だと実感しています。
読解力アップにつながるアプローチと、子どものやる気を引き出すドリルの使い方
ーー家庭で読む楽しさを引き出すコツはありますか?
樋口先生:例えば小説なら、物語を受け取るだけではなく“参加”させることが大事です。本を読んだあと、お子さんとの会話の中で「なんでこの主人公はこんなことをしているんだろうね?」「あなただったらどうする?」と問いかけてみるとよいでしょう。子どもは「自分なら……」と具体的に場面や心情をイメージし始めます。
それから、同じ本を繰り返し読む「二度読み」も効果的なアプローチです。好きな動画を何十回も観るのと同じで、繰り返し読むことで「あ、ここに伏線があったんだ」「主人公は、このとき本当はこう思っていたんだ」と、一回目には気づかなかった深みに触れられます。
ちょっと意外な方法かもしれませんが、「学校や先生への不満を一緒に聞いてあげる」のもおすすめです。「今日の宿題、どこが大変だったの?」と聞くと、子どもは自分の気持ちや理由を伝えようと必死に言葉を探し、具体的に話し始めます。「嫌だった」「困った」という気持ちを言葉にするのは、とても良い表現力のトレーニングになります。

ーー樋口先生が白藍塾講師の二上綾子先生と手がけられた『いちばんやさしい読解力ドリル 小学低学年用』は、少しずつレベルが上がる構成ですね。クイズやパズルを解く感覚で、「勉強」と構えずに読み解くコツが身に付くと思います。
樋口先生:教材やドリルを使うときは「スモールステップ」が欠かせません。問題を与えるなら「10問中8問はスラスラ解けて、1〜2問だけちょっと悩む」くらいの難易度に設定する。ドリルはそこを意識して作りました。「ちょっと考えたらできた!」という小さな達成感の積み重ねこそが、「もっとやりたい!」の原動力になります。
低学年の読解力は「一生の財産」
ーー若い世代を指導される中で、読解力の差を感じることはありますか?
樋口先生:はい、大学生と話していても痛感します。就職活動の時期になると「自己分析」や「自己PR」を行いますよね。子どもの頃から本を読んできた学生は、自分を客観的に見つめ直して、「自分の強みはこういう体験から来ている」と具体的に言葉にできます。
一方で、文章を読む習慣があまりなかった学生は、いざ自分を言葉で捉え直そうとしたときに、どう表現していいかわからず思考が止まってしまうことがあるんです。自分自身を深く省みる「自己省察」の力も、実は子どもの頃からの読書や会話で培われる読解力と深くつながっているのだと感じます。
ーー 低学年から読解力の土台を作っておくことは、将来の大きな強みになりますね。
樋口先生:読解力というのは、国語のテストの点が上がるとか、受験に勝つといった狭い範囲の話ではありません。
社会に出たときに差がつくのは、「相手の言葉の裏にある感情や文脈を読み取れるか」「多様な価値観を理解できるか」です。読解力があると、人の気持ちを深く理解できるようになり、人間関係も豊かになります。SNSなどの不確かな情報にも惑わされにくくなるでしょう。
本を繰り返し読んで、「なるほど、こういう考え方もあるんだ」「この人は本当はこんな気持ちだったんだな」と知る体験は、人生そのものを面白く、豊かにしてくれます。
焦る必要は全くありません。まずは親御さん自身も子どもと一緒に読書や会話を楽しみ、「こんな面白そうな本があったよ」「これについてどう思う?」と、楽しく語り合うところから始めてみてくださいね。
こちらの記事もおすすめ
著書もチェック
☆★自分からどんどん読みたくなる、ゲーム感覚で取り組める読解ドリル!★☆
「長い文章は読む気がしない」「国語の宿題やテストが心配」「本好きになってほしい」という人へ。
読解力アップを応援する、楽しさと取り組みやすさを追求した1冊です!
お話を聞いたのは
大分県生まれ。作家、多摩大学名誉教授、小論文・作文専門指導「白藍塾(はくらんじゅく)」塾長。
この記事を書いたのは
愛媛県出身。大学時代まで自然豊かな愛媛で過ごし、都内の学習塾に勤務した後、2011年よりフリーライターへ。教育分野を中心に、医療やライフスタイルなどのテーマで執筆しています。息子たちが小学生の時に大学院を受験し、2019年、お茶の水女子大学大学院修士課程修了(社会科学修士)。子育てもひと段落。最近、俳句を始めました。