「いざ鎌倉」について、言葉の意味を知らない人や、使い方を勘違いしている人が多いのではないでしょうか。なぜ「鎌倉」が出てくるのかと、不思議に思う人もいるでしょう。「いざ鎌倉」の由来や、正しい使い方を、分かりやすく解説します。
「いざ鎌倉」の意味とは?
「いざ鎌倉」は、どのようなときに使う言葉なのでしょうか。似た表現も合わせて見ていきましょう。
一大事が起こったときに使う言葉
「いざ鎌倉」は、すぐにでも駆けつけなければならないような、一大事が起こったときに使われます。「いざ鎌倉」を、「さあ、大変だ」と置き換えると分かりやすいでしょう。
また「いざ鎌倉」は、一大事を自ら解決しようとする意思表示にも使われます。
「すわ鎌倉」という言い方も
「いざ鎌倉」には、「すわ鎌倉」という言い方もあります。「すわ」は驚いたときや、人に注意を促すときに発する言葉です。「いざ」と同じように、「さあ」「それ」のような意味です。
時代劇や歴史小説などで、一度は「すわ、一大事」のようなセリフを、見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
また、「すわ鎌倉」は謎かけのネタにも使われています。
「酒は灘(なだ)、醬油は野田(のだ)、酢は(すわ)?」と聞かれたら、答えは「鎌倉」です。
「いざ鎌倉」の由来
一大事が起こったときのことわざに、なぜ「鎌倉」が出てくるのでしょうか。「いざ鎌倉」の由来を見ていきましょう。
鎌倉時代の武士の心情
「いざ鎌倉」の鎌倉は、鎌倉幕府のことです。鎌倉時代、将軍と御家人(ごけにん、武士)は「御恩(ごおん)」と「奉公(ほうこう)」の関係で結ばれていました。
将軍は御家人に「御恩」として土地を与え、御家人は「奉公」として、有事の際は将軍のために戦うことを誓います。働きがよい御家人は土地を加増され、悪ければ没収されることもありました。
与えられた土地を守るためにも、御家人は将軍から召集がかかれば、すぐに駆けつける必要があったのです。「いざ鎌倉」は、どこにいようと、率先して将軍が住む鎌倉に向かう、武士の心意気を表しています。
謡曲『鉢木』の中のセリフ
「いざ鎌倉」は、能の演目『鉢木(はちのき)』の謡曲(ようきょく)から来ています。謡曲とは、能の脚本のことで、作中の「佐野源左衛門(さのげんざえもん)」という人物が語ったセリフが、「いざ鎌倉」の元になったとされています。
ただし、佐野源左衛門が実在していたのか、『鉢木』の作者が誰なのかなど、詳細は分かっていません。
『鉢木(はちのき)』ってどんな内容?
『鉢木』は、鎌倉幕府の執権・北条時頼(ほうじょうときより)が、引退後に僧侶の姿で諸国を旅した伝説をもとに作られました。
旅の途中で、大雪に見舞われた時頼は、近くの武士・佐野源左衛門の家に泊めてもらいます。源左衛門は一族に領地を奪われ、とても貧しい暮らしをしていました。
しかし、なんとか温かい食事を提供し、囲炉裏(いろり)の薪(たきぎ)がなくなると、鉢植えの梅や松を燃やして時頼をもてなします。囲炉裏を囲みながら、源左衛門は僧侶姿の時頼に、「どんなに貧しくても武具と馬は手放さず、いざというときには、真っ先に鎌倉へ駆けつけるつもりだ」と語ります。
もちろん源左衛門は、僧が時頼であるなどとは夢にも思っていません。時頼を送り出してからしばらく経って、源左衛門は幕府から召集の連絡を受けます。「いざ鎌倉」と、痩せた馬に乗り、駆けつけた先に待っていたのは、なんと雪の日に泊めた僧でした。
時頼は、源左衛門の言葉に嘘はなかったと褒め、奪われた領地を取り戻してあげたほか、大切な鉢植えを燃やしてまでもてなしてくれたお礼に、新たな領地も与えました。
「いざ鎌倉」の使い方
「いざ鎌倉」は、現在ではニュースや本に出てくる程度で、実際に使う機会はあまりないかもしれません。たまたま間違った使い方を聞いたために、そのまま覚えている人もいるでしょう。「いざ鎌倉」の正しい使い方と、例文を紹介します。
行動を起こすべきときに使う
『鉢木』の源左衛門は、いつでも鎌倉に行けるよう、武具の手入れや馬の世話を怠りませんでした。また召集されるや否や、急いで鎌倉に馳(は)せ参じています。
「いざ鎌倉」は、源左衛門のように一大事に備えたり、すぐに行動を起こしたりする様子を表すときに使います。
・いざ鎌倉に備えて、日頃からシミュレーションしておこう
・いざ鎌倉というときのために、別の案を用意した
・いざ鎌倉というときに役に立たないのでは、評価が下がっても仕方がない
間違った使い方
「いざ鎌倉」の間違った使い方には、以下の2パターンがあります。
- 今週末は鎌倉見物に行く予定です。いざ鎌倉!
- 突然雷鳴が聞こえたので、いざ鎌倉と室内に避難した。
1番目のように、鎌倉に旅行する際に、思わず「いざ鎌倉」と言うケースはよくあります。有名な観光地ですから、ワクワクする気持ちを込めて使う人もいます。本来の意味を知ったうえで使っているなら、あまり気にしなくてもよいでしょう。
2番目のケースは、完全な誤用です。同じ一大事でも、そこから逃げ出す場合には「いざ鎌倉」とは言いません。将軍に呼ばれて逃げ出すようでは、御家人失格です。あくまでも、一大事に対して積極的な行動を起こす際に使いましょう。
「いざ鎌倉」を使ってみよう
「いざ鎌倉」は、鎌倉時代の政治体制に由来する言葉です。当時の武士の気持ちなど知る由もない現代人には、使いにくいかもしれません。
しかし、いつ一大事が起きても不思議ではないのは、鎌倉時代も今も同じです。家族みんなで「いざ鎌倉」を想定し、いつでも正しく行動できるように準備しておきましょう。
鎌倉時代や能をもっと知るためにおすすめの本
「いざ鎌倉」のもとになった鎌倉時代や能の世界を知ることで学びが広がりそうですね。おすすめの参考図書をご紹介します。
小学館版学習まんが少年少女 日本の歴史6 「鎌倉幕府の成立」
ロングセラーを誇る学習まんがの決定版。全20巻の新シリーズ、第6巻では、伊豆に流されていた源氏の貴公子・源頼朝が鎌倉に幕府を開いていく過程や、その後の北条氏の執権政治、蒙古襲来などを乗り越えつつもやがて滅んでいく鎌倉幕府を中心に描いています。
小学館文庫 逆説の日本史5 中世動乱編 「源氏勝利の奇蹟の謎」
源氏が武士政権を樹立するまでの道程か執権執権北条氏一族の台頭まで、鎌倉時代の特徴的な歴史的経緯を、教科書とはちがう視点で深く解説しています。「平気物語」や「義経伝説」に対する一般的な固定観念を覆すような考察もあり、興味深い1冊です。
単行本 誠文堂新光社 「マンガでわかる『能・狂言』」
なぜ「能」と「狂言」はセットになることが多いの? 初心者はどこに注目すれば楽しめる? 難しそうだけど理解できる? 名曲「野宮」を一曲丸ごと解説しながら、能の見どころや衣装、作り物の鑑賞ポイントを紹介。初心者におすすめの短めの番組や、印象的な人物の登場する話、押さえておきたい名曲などもわかりやすく解説しています。
構成・文/HugKum編集部