小学3年生のときの作文が絵本に
札幌市の小学5年生、前田海音(みおん)さんが、3年生のとき書いた作文から生まれた絵本『二平方メートルの世界で』は、「涙なしに読めない」「勇気がもらえた」「胸に迫る内容に驚いた」などと感動の声が多い話題作です。
二平方メートルとは、病室のベッドの広さです。
脳神経の病気のため3歳の頃から入退院をくり返してきた前田さん。入院中の生活や心情、発見などを綴った作文が、2020年3月、「子どもノンフィクション文学賞」(北九州市主催)の大賞を受賞し、今回の絵本のもととなりました。
前田さんの書いた文章や物語の世界観を際立たせているのが、人気絵本作家はた こうしろうさんによる温かみのある絵です。絵本制作にあたり、はたさんは札幌へと向かい、前田さんの暮らす街の風景や小学校、病院を取材。そうして描かれた絵と文章が補完し合っています。
作文を絵本化する話が編集者からあったときは「すぐに実感が湧かなかった」という前田さんですが、4月の絵本出版後の心情などをたずねてみました。
作者は小学生! 前田海音さんに聞きました
ご自身の作文が絵本になったときの感想は?
※以下「 」内、前田さん談話
「作文を書いたときには、私の頭の中だけの出来事だった、例えるなら白黒だった映像が、はたさんの絵で色鮮やかに生まれ変わって、景色や私の表情などから、温度や匂いも伝わるようで、感激しました。
絵本を手にしたときは、自分の文章だけど自分のものじゃないみたいで、ドキドキしました。」
絵本を作り上げるうえで大変だったこと、気づいたことなどはありますか?
「絵を描いてくださったはたさんとは一度お会いして、一緒に主治医の先生に病院で会って話したり、通学路を歩いたり、自宅でいろいろな話をしました。
はたさんは常にスケッチをされていて、その速さにも驚いたのですが、はたさんから見えている景色はそのありのままを切り取って再現するだけでなく、作文を書いたときの私の記憶や気持ちも再現されているようで、本当に驚きました。
あと、こんなところまで?と思うような、例えば入院中どんなスリッパを履いているのかとか、ベッドの周りには何があるのか、テーブルには何がのっているのかなどを質問されたのですが、出来上がりの絵を見て、そういう情報がまるではたさんが実際に見ていたようにリアルに描かれていて、驚きました。
絵本を作ることで私が大変だったことはほとんどありませんが、入院中のことを情報として伝えるために改めて思い出そうとすると、あいまいなことも多くて、もしかしたらはたさんにご迷惑をおかけしたかもしれません。」
絵本出版後、ご友人やご家族など周りの人からの反響は?
「友達から、おじいちゃんが送ってくれた絵本がみおんの文章でびっくりしたとか言われて、うれしいけどちょっと恥ずかしかったりします。
これは母の体験ですが、絵本を買ってくださった方が、読み終えたとき大切な人の顔が思い浮かんで、もう一冊買ってその人にプレゼントしたと聞いたそうです。たくさんの方がそれぞれの想いで手にしてくださっていることが、とてもうれしいです。」
絵本になった作文は3年生のときに書かれたものですが、その頃と比べて心境や生活の変化はありますか?
「3年生くらいまでがいちばん薬の調整などが難しかった時期で、発作も多くて体調も今よりずっと悪かった頃です。今よりも辛いことに目が行きがちで、病気を大きな荷物だと思う場面が多かったです。
治療に専念するためのベッド上の制限がある生活は、すごく楽しいことや刺激がない分、普段なら気がつかないことに気づける特別な空間です。今も変わらず治療は続いていますが、病気とうまく付き合うこと、前向きにとらえることが少しずつできるようになっていると思っています。
あとは、やはり自分の経験が絵本になるというめったにない経験をしたので、自分の言葉や、表現することや、行動のひとつひとつに責任を持たなくてはいけないなと実感しています。」
趣味のひとつが読書という海音さん。どんな本を読んでいますか。最近のお気に入りは?
「ノンフィクションの本は好きです。自分が経験していない、リアルなものを知って、想像することは楽しいことばかりではないけど、必要なことだと思います。
色々な本を読んでいるつもりですが、好きになったら同じ本を繰り返し読むくせはあります。気に入った言い回しとか、心に残る言葉の行にはふせんをつけておきます。読むたびに少しずつ自分の感想も変わるし、違う言葉が気になってくることも多いので、お気に入りの本はふせんでバサバサになってしまいます。
最近は重松清さんの本を読むことが多いです。今読んでいるのは穂村弘さんのエッセイ集『蚊がいる』です。学校の朝読書とかの短い時間でさっと読めて、面白いから。」
コロナ禍の時代、学校のあり方や人との距離などが変わってきたことに、何か感じることはありますか?
「コロナ禍での変化で具体的に私に関係した事柄としては、オンライン授業や、zoomが生活の一部になったことがあります。あとは運動会や発表会などの授業が中止になったり、規模が小さくなったり、今までは当たり前にできていたことができなくて切なくなります。
でも、人との距離感の変化から起こる問題などが表面化した一方で、そのうち起こるはずだった進化や問題解決が加速したこともある、と家族で話します。
当てはまる言葉は思いつかないけど、命に関わる感染症がはびこる中で私たちにできることは、人とのつながりの単位を学校とか会社で考えていた今までを卒業することではないかと考えます。人と人が個人としてゆるやかにつながることで安心を感じられるように価値観を変化させることが必要じゃないか、と家族で話しました。
でも、コロナ禍が明けない今、どんなことを話しても中間報告しかできないんだと兄は言います。」
作文・絵本のほかに、今後取り組んでみたい表現活動はありますか?
「私は話すことで思いを伝えることがとても苦手で、でも伝えたい経験や思いがあって作文を書きました。きっと誰もが自分だけに備わった得意な表現方法があると私は思っていて、例えば運動や音楽や勉強や、いろんな手段があるのだと思います。……私はどれも苦手です。
それぞれの人が心地よい方法で誰かに自分の気持ちを伝えていくことができたら、そしてそれを誰かが受け止めてくれたら、例えば苦しみや孤独を乗り越える一歩になるだろうし、その一歩は世界を変えると思います。
でも……作文や絵本以外にも、何か見つかるかもしれないから、苦手なことにも挑戦したいです。」
将来の夢・目標について教えてください。
「将来なりたいと思っているのは院内学級の先生です。
今まで沢山の人たちが私に寄り添ってくださって、病気はあるけれど沢山の経験をすることができました。病気、という私の一部分だけじゃなく、まるごとの私自身を見てくれる沢山の人との出会いがありました。
なので、私も病気や障害に想像力が持てる先生になって、当たり前にみんなが味わうことを、どうやったら制限がある中でも味わうことができるかを、子どもと同じ目線で考えて、気持ちを分かち合えるようになりたいです。」
生きていることのすばらしさに気づける絵本
今回は主にメールのやり取りで質問に答えていただいたのですが、前田さんの考えや言葉のひとつひとつがしっかりとしていて、小学生であることを忘れてしまいそうになるほどでした。
前田さんのすぐれた筆力は、絵本でも十分に魅力を放っています。絵本のページをめくるたびに、闘病の辛さや孤独感が身に迫ってくるようでした。その一方で、たくましく前向きなメッセージも伝わってくるのです。
「生きていることのすばらしさは気づきにくいということも、わたしは知っている」という一文はその一例。
病気などの困難と闘っている人にも、そうでもない人にも響くメッセージの数々。ぜひ絵本でお確かめください。
『二平方メートルの世界で』
作/前田 海音 絵/はた こうしろう
小学館 定価1650円(税込)
札幌に暮らす小学3年生の主人公は、生まれたときから脳神経の病気で入退院を繰り返しています。入院するとベッドの上での生活が続きます。お母さんは一緒にいてくれますが、治療のときは別々になることも。家で待つお兄ちゃんに申し訳ない気持ちも。どうして自分だけが病気なんだろう……。そんなある日、病室で大発見が。
構成・文/村重真紀