歌人・俵万智の「子育てはたんぽぽの日々」/人の子を呼び捨てにしてかわいがる

子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。

たんぽぽのうた1

人の子を呼び捨てにしてかわいがる島の緑に注ぐスコール

ケガをするときは、親がいてもいなくてもするもんだ

全校児童十三名の小さな小学校に、息子は通っている。どの子とも、兄弟姉妹のような感じで、一人っ子の我が家にとっては嬉しい環境だ。地域社会も、昭和な雰囲気。遊びに行って、もし行儀が悪かったら、その家の大人が厳しく叱ってくれるし、海に行くときなどは、気軽に「俵さんちも行く?子どもだけでも預かるよ」と声がかかる。車もない、そのうえ母子家庭の当方としては、ほんとうに涙が出るほどありがたいことである。都市生活が長かった私などは、「人の子を預かる」ということに、はじめは慣れなかった。もし何か事故にでもあったらどうしようという思いが先にたってしまう。が、息子があちこちで世話になり、地域ぐるみで子どもを見守る雰囲気にだんだん馴染んでくると「まあ、ケガをするときは、親がいてもいなくてもするもんだ」くらいの大らかな気持ちになってきた。印象深かったのは、A君がB君にケガをさせてしまったときのB君のお母さんの言葉。泣きそうになってあやまるA君のお母さんに対して「そうなんだよね。こういうとき、やっちゃった親のほうが辛い。聞いたとき、ケガさせたほうでなくてよかったって、私、思ったもん。男の子同士遊んでたら、こういうことはあるから。もう気にしないで」。日ごろの信頼関係が、親同士で築かれていなかったら、とても言えない言葉だなあと思った。

たんぽぽのうた2

小学生二人とスーパーボール二個風呂に入ったきり出てこない

「宿泊所」として子どもに人気の我が家

遠出や外遊びには連れていってやれないが、我が家は最近「宿泊所」として人気を博している。私が仕事で、どうしても東京に行かなくてはならないときなど、近所の家に息子を泊めてもらうのだが、そのお返しのような気持ちで、我が家にも子ども達を招待したのが、きっかけだった。小学校児童の家では、唯一のマンション暮らしだ。まずエレベーターが珍しい。フローリングの床や、ベッドで寝るのも、なんだか楽しいみたい。洋風な感じに子ども達が憧れているのがわかったので、晩ごはんもラタトゥイユとか、カマンベールチーズのフォンデュとか、手作りのヨーグルトとか、ちょっとこじゃれたものを用意する。リゾート地のマンションゆえ、我が家の風呂からは海が見え、不可解なほど広い。これが、子どもには大人気で、息子と友だちがいったん風呂に入ると、一時間は軽く遊んでいる。スーパーボールを弾ませたり、風呂に潜って息をとめっこしたり…。

 

俵万智『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』より構成

俵万智さんの初めての本格個展が、角川武蔵野ミュージアムで12月5日まで開催中!

俵万智 展 #たったひとつの「いいね」 『サラダ記念日』から『未来のサイズ』まで

短歌・文/俵万智(たわら・まち)

歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。https://twitter.com/tawara_machi

写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)

写真家。1977年生まれ。長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。最新刊『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)が発売中。

ブログ: http://adublog.exblog.jp/

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