父親の育児参加が当たり前の時代になってきました。育児「参加」という言葉自体が時代遅れに聞こえるくらい、父親が母親と同等(あるいはそれ以上)の責任をもって子育てに取り組む家庭が一般的になってきていると筆者も感じます。
そこでHugKumでは、育児休業制度を利用して子育てする男性にインタビューし「男性育休」のリアルな姿を伝えます。
朝日新聞・富山総局 竹田和博さんの育休
最初に登場するパパは竹田和博さん。朝日新聞の富山総局に勤務する現役の記者で、2021年(令和3年)8月から10月半ばまでの2カ月半、育児休業制度を利用しました。
新聞記者と聞くと激務の印象があります。「夜討ち朝駆け」という言葉もあるくらい、取材対象者の朝の出勤時や帰宅を待ち受け突撃取材するような新聞記者が、育休を取ったと言われるとちょっとびっくりです。
しかも男性の育児休業の利用期間は5日未満だとか5日~2週間未満だとかが全体の7割(平成30年度)です。令和2年度でも5日未満が28.3%と、女性と比べ短期で終わるケースが今のところ主流です。
その状況下で2カ月半も制度を利用した竹田さんはちょっと異例の存在に思えます。
意外にも朝日新聞の場合、社会部や国際報道部など特に忙しいと言われる部署の記者でも、育児休業制度の利用者が本社レベルでは増えてきているとの話です。
とにかくフェアな生き方をしたい
しかし地方の局で、しかも最小に近い規模の人員で回している富山総局では、おそらく男性記者初となる育児休業の利用者でした。第一号の可能性が高い竹田さんには、どういった動機や背景があったのでしょうか。
「ジェンダー系の取材を4年くらい前から繰り返す中で、社会に存在するアンフェアな(平等ではない)部分への意識の高まりがありました。言ってしまえば子育てにもアンフェアが存在するじゃないですか。
社会のアンフェアな部分を記事にしているのに、自分自身がそんな生き方はしたくない、なるべくフェアでありたいと思うようになって、まずは共働きのわが家で自分も育児休業制度を利用しようと思いました」
竹田さんご自身には母子家庭で育った背景もあるそう。「ワンオペ」育児の大変さも子どもながらに見ていたので、育児休業制度を利用する選択へ思いが固まっていったみたいですね。
育児休業制度を利用するにあたってまず竹田さんは何から始めたのでしょうか。子どもを授かる前から、具体的には1年くらい前から当時の総局長に「育休」の可能性を伝える「根回し」からスタートしたそう。
「歴代の上司(総局長)の間できちんと申し送りがされていたみたいで、妻の妊娠後に正式に伝えると『いいじゃない。人員の心配はせずにどんどん取得して』と今の総局長も背中を教えてくれました」
上司から嫌味を言われたり、キャリアに傷が付くと脅されたりするケースも、世の中にはまだあります。
しかし男性育休のシンポジウムを社内で開くなど、言論機関として男性の「育休」を社内でも推進している朝日新聞では、竹田さんの育休が手放しに認められたようです。
「2人目の育休は迷います」
一方、家庭内では、竹田さんの育児休業制度利用について、どのようなリアクションがあったのでしょうか。
「意外に妻はあっさりしていました。『そんなに長くなくていいんじゃない?』との意見がむしろありました」
夏の高校野球の時期と年末が竹田さんの業務では忙しいため、なるべく他のメンバーに負担をかけないようにと、夏の終わりから年末前の2カ月半で育児休業制度を利用する判断に最終的に至ります。
自分の仕事の中で忙しい時期を避けて制度の利用期間を設定する考え方も、なかなか「男性育休」を認めようとしない組織の中で利用する際には、1つのポイントになるかもしれないと竹田さんは語ります。
しかし高い志を持って始めた育休も、想定以上に自分の至らなさを感じ、イライラする毎日だったと告白してくれました。
「正直に告白しなければいけません。子どもと1日いるとイライラして、声を荒げてしまった瞬間が何度もありました。
育休が短いので頑張ろうとしすぎたせいもあったのかもしれません。メンタルコントロールだとか心の持ち方の部分で自分の至らなさを感じました。
さらにコロナの影響もあって、パパ友や仲間の少なさ、孤独を感じました。仕事があれば仕事に逃げられますが、朝の8時半から9時に妻が出社してから、遅くに帰ってくるまで完全に1人だったので、(家事や育児がひと段落して予定のなくなる)午後の過ごし方には特に困りました」
竹田さんご自身は独身時代も含めて自炊せずに生きてきたと言います。初めての育児に加えて家族全員の料理づくりも重なったため「家事・育児に向いていない」とまで思ったそう。
子宝に恵まれて第二子が仮に誕生した場合、育児休業制度を再び利用したいかと聞くと「情けない話ですが、今は記憶が生々しいので、正直に言えば2人目の育休は迷います」との言葉がありました。それくらいタフな2カ月半だったとの話。
しかし一方で、自分になかった視点やメンタルコントロールの技術、予定調和ではない出来事に対する柔軟な対応力が、育児休業制度の利用中に身についた実感はあると言います。
男性育休を否定的にとらえ、仕事からの離脱で能力が下がる・スキルが低下すると考える人がいるとすれば、それは違うと感じさせられますね。
子どもを産んだ人たちにもっと優しい社会になる
男女の仕事と育児の両立をサポートする目的が、そもそも育児休業制度にはあります。その制度の先には、
<女性の出産意欲や継続就業の促進>
<次世代を担う子どもたちを、安心して生み育てるための環境を整える>
――厚生労働省『育MENプロジェクト』より引用――
といった狙いも当然あります。
最後に、あくまでも竹田さん目線で、竹田さんが感じた制度の意義を聞いてみました。
「出生率を改善させるかどうかは別として、男性の制度利用者が増えれば、子どもを産んだ人たちにもっと優しい社会が間違いなく実現すると思います。
ベビーカーを押していたり子どもを抱えたりして大変そうにしている人を見れば、今では自然に体が反応するようになりました。
今の子育て世代の中にそういう視点を持った人が増え、その世代の人たちが10年後・20年後に各組織の上層部に増えれば、社会の姿は大きく変わると思います」
竹田さんは仕事に復帰した現在でも、子どもの命を救う救命講習会を受講するなど、知識やスキルをどんどん高めていると言います。
聞けば、小さく切ったニンジンを子どもがのどに詰まらせたトラブルが育休中にあったそうです。十分に予習していたはずの対処法を忘れてパニックに陥り、子どもの口に指を突っ込むしか竹田さんはできませんでした。
救命講習会に訪れてみると男性の姿も普通に見られたとのことです。竹田さんのような育児休業制度の男性利用者も、2020年度(令和2年度)は12.65%(前年度は7.48%)と漸進主義の立場から見れば大きく伸びています。
ちょっとずつ・少しずつでもどかしいかもしれませんが、竹田さんの願いであるフェアな明るい方向へ、世の中は着実に変わろうと動き始めているのかもしれませんね。
取材・文・写真/坂本正敬
【取材協力】
竹田和博さん・・・朝日新聞の記者。筑波大学卒業。神戸・富山・大阪での勤務を経て富山総局に現在は在籍。「よく喋り、よく走り、よく食べ、よく寝る。」がモットー。
【参考】
※ 男性の育児休業の取得状況と取得促進のための取組について – 厚生労働省