学校の先生が今一番子どもに読ませたい本2021年度1位『おすしやさんにいらっしゃい !生きものが食べものになるまで』
作者の岡田大介さんは、寿司職人。現在は、「寿司作家」という肩書で活動されています。この本が生まれたきっかけや、込められた想い、反響などについてインタビューをさせていただきました。
岡田 大介/寿司作家
1979年、千葉県生まれ。寿司職人歴25年。文京区にて、完全紹介制の寿司屋『酢飯屋(すめしや)』、同店にて『suido cafe』、『水道ギャラリー』も運営している。幼稚園や小学校にて、魚をさばき料理に仕上げるまでを子どもたちに見せる会や、高校での寿司のワークショップなど、さまざまな活動を行う。日本各地に郷土寿司を習いに行くことがライフワーク。
お寿司はもとは生きもの、ということを伝えたい
――絵本『おすしやさんにいらっしゃい!生きものが食べものになるまで』では、ただお寿司を握って出すのではなく、子どもたちに釣った魚を見せるところから始まります。どうしてこのような絵本を作ろうと思ったのですか?
岡田大介さん(以下敬称略):
「お寿司って、もとは全部生きものなんだよ!」ということを子ども達に楽しく伝えたいと思ったのが始まりです。
寿司を握るだけでなく、スキューバダイビングや釣りをして、魚本来の姿を知るようになってから、ぼくたちは生きものの命をいただいていると気づいたんです。
生きものが食べものになるまでは、子どもたちが興味を持ちやすいテーマであると気づいた
子どもたちも魚が海で泳いでいるのは知っていて、それが食べものになることもわかっています。ただその過程で、包丁をブスッと刺したり、内臓を出さないと食べられない訳です。その海から食卓までがうまく繋がっていないんですね。
生き物の死というのは重いテーマなんですが、絵本ではそれをいかにポップに伝えるかを重視しました。
イカをしめるシーンが出てくるんですが、残酷と感じてしまったら次のページに行くのが怖くなってしまうので、あのページは「きれい」と感じるように心がけて作ったんです。体の色が変わるとか、墨袋があるとか。そういうふうに命を重たく見せすぎない工夫はしています。
そうして魚の生態まで見ていくと、生きものが食べものになるまでって、ものすごく壮大で、人が興味を持ちやすいテーマだなと気づきました。
写真絵本だからこそ、じっくりと読める
ぼくがやっている『酢飯屋』という寿司屋は、「お寿司を、海の中から伝える」ことに力を入れています。
それを子どもにどう伝えようかと思ったときに、写真絵本を思いついたんです。動画と違ってじっくりと、自分の好きなペースで見られるのが特長だと思います。
魚の生態を知ることで、興味が湧いてくる
――絵本では、ちょっとびっくりするような魚の生態が紹介されています。子どもたちはどんな反応をしますか?
岡田:魚の口がパカッと大きく開く部分は、「おおー!」と驚かれますね。あとは魚にベロがあること。歯がある魚がいるとか、手で持ったら傷だらけになっちゃう魚がいるとか、意外な部分を見せると、子どもたちはいい反応をしてくれます。
せっかく絵本を作るのだから、「次のページ、どうなっちゃうんだろう?」と感じて、めくったら「うわーすごい!」と思える瞬間も作りたいと思っていました。
まず最初は、キンメダイの目が、キラーン!!と金色に光るシーン。あとはアナゴからウンチが出るシーンは、子どもたちはびっくりしますね。動画だったらわざわざ一時停止しないような、ちょっとマニアックな魚の部位も入れています。
本物の魚をじっくり観察しようと思ったら、本か水族館か魚屋さんで見るしかない。
でも子どもが魚を触ろうとすると、ほとんどの親は「ああ、触らないで!」って言いますよね。そうすると魚に触る機会がなくなってしまいます。
こんなきれいなヒレがあるとか、トゲトゲで危ない部分があるとか、写真でじっくりと観察してほしいです。
絵本を見て、実際に魚をさばくのに挑戦した子も!
――絵本を読んだ人からは、どんな感想が多いですか?
岡田:この本を読んだ後、お魚を買いに行って同じようにさばいてお寿司を作りました、という方がいて、嬉しかったですね。キンメダイなんて、普通はなかなか売ってないけどどうしたのかなと思っていたら、全然違う魚でやってみたそうなんです。
絵本では、「キンメダイのウロコがピンク色できれいだね」というページがあるんですけど、それもアジで代用してみたそうで、めっちゃ汚い色になってました(笑)。
あとは、お寿司が完成して「へい、おまち!」と出すシーンは、写真を原寸大にして、本当に食べたくなるようにしました。これを見て「お寿司食べたーい」ってお寿司屋さんへ行ったというのも聞きました。
魚に触れる機会、食べる機会がこれまでよりも増えて、そこから先の海への興味へつながるきっかけになっていったらいいなと思います。撮影でも魚が苦手な女の子がいましたが、みんなが盛り上がっていると興味が出てくるんですね。最後には触れた子がいて、嬉しかったですね。
私たちは毎日、相当数の命を食べて生きている
――食べものの起源や生命について教えることは、どうして始められたのですか?
岡田:寿司職人になったばかりの頃は自分のことに必死で、命のことなんて、全然考えてなかったんです。
経験を重ねたら、だんだん食材にこだわりが出てきて、次はおもてなしのことを考えて…と取り組む幅を深めていくうちに、命に行きついたんですね。自分の取り扱っているものの大元は生き物であり、海だったと気づきました。
この地球で、生命体でない食べものは、塩と水だけ。
米も醤油も野菜も、もとは全部生きものです。あまりに日常的すぎて麻痺していますが、今日も相当の命を食べているんですよ。ぼくはこれを「食材魂」と呼んでいます。食材ひとつひとつに魂が宿っている、という意味です。
ぼくが扱う寿司自体も、食材魂のかたまりだと気が付いて、そこから物としてのお寿司じゃなくて、生きものの集大成、元気玉みたいな感じのものを出しているんだなと意識するようになりました。
寿司から魚へ、海へ、もっと興味を持ってほしい
――岡田さんは絵本だけでなく、ブログで発信したり、子どもたちへのワークショップなども積極的に行っています。お寿司屋さんをやりながら大変ではないですか?
岡田:今でも寿司職人ではあるのですが、紹介制・予約制にしています。そして、2年前から自分の肩書を「寿司作家」と変えて名乗るようになりました。
「寿司職人」と言うと、毎日包丁を研いで、おいしい寿司を握ることだけをするべきと感じる人がいて、その枠からはみ出ると、異端児か芯のぶれた寿司職人ということばかり言われました。でも今まで培ってきた知識、経験、技術というものを活かして、料理人の可能性を広げたいと思っているんです。
魚について、食材について、海について、文章を書いたり、子どもたちに教えたり、講演をしたり、いろんな活動をしたいので作家と名乗っています。
――岡田さんがいま一番伝えたいことは?
岡田:もっとみなさんに、海について知って欲しいです。地球の70%は海でできていて、食べ物になる魚とその命の先には海があります。
でも、ただ真面目に「未来の海にとって良くないことはやめよう」と話しただけでは、誰も聞かないですよね。そういうとき、お寿司っていうのはとてもキャッチ―なんです。魚離れと言われていても、お寿司は好きな人が多いし、「おいしい」から入るってのは、人の興味を惹きつけやすいんじゃないかと思うのです。関心がお寿司から生きものへ、さらに海へと広がれば嬉しい。
地球に住んでいる一人一人が海のことを気にかけていれば、たとえアクションを起こすまでいかなくても、海の社会問題が少しずつ良くなると思っています。生きものが食べものになるまでのその全行程を、これからも自分らしく丁寧に伝えていきたいです。お寿司の魚は無限にある訳じゃないこと、魚が口に入るまでには、すごい技術が重なってできていることを感じてくれたらと思っています。
おすしやさんにいらっしゃい
文:おかだ だいすけ 写真:遠藤 宏 |1,760円(本体1,600円+税)
岩崎書店ホームページはこちらから
構成・文/日下淳子
構成/HugKum編集部