東京都現代美術館(以下都現美)では、企画展示とMOTコレクション展の、大きく分けて2つの展覧会が開催されています。今回は、約5500点にも及ぶ収蔵品をその時々の切り口で選んで紹介するMOTコレクション展に入りました。一般500円、中学生以下は無料で、比較的安価に楽しむことができます。
目次
ポイント① 美術館でのマナー
美術館に子どもと行くときに気になるのは鑑賞のルールではないでしょうか。鳥居さんがよく耳にするのが、せっかく展覧会に行ったのに係の人が子連れの自分たちに張り付いて監視されているようだったという感想です。美術館でのルールを親自身が把握し、子どもにあらかじめ伝えておくだけでも、監視されている雰囲気を減らすことができます。
大原則は、
1)走らない
2)触らない
3)騒がない
の3つです。都現美の展示室は他の美術館とは異なり、作品に柵がほとんどありません。足元にあるグレーのテープは、テープを越えて作品に近づかないで欲しいというサインなので、この点も気に留めておきましょう。ルールの伝え方にも一工夫してみましょう。
鳥居さん:私は“○○ない”とネガティブな言葉を使わないようにしています。たとえば、走らないではなくゆっくり歩こう、触らないではなく作品を見る時は手を後ろにしてペンギンさんポーズをした方がかっこいいよ、近づかないではなく作品とは前ならえをしたぐらいの空間をあけようね、のようにダメではない言葉で伝えます。
大人であっても注意されるとしょんぼりしてしまうもの。伝え方の発想を転換し、ルールを受け入れやすいように導けると良いですね。
ポイント② 子連れでの作品鑑賞は対話が大切
現在はコロナ禍のため展示室内での会話が推奨されていないのですが、落ち着いたらぜひ他のお客様の迷惑にならない範囲で会話をしながら鑑賞するのがおすすめです。
展示室に入ってすぐの吹き抜けにあるアルナルド・ポモドーロの彫刻は、鳥居さんが小学生との団体鑑賞を行なっていたときによく見に来ていた作品です。最初に「自由なところから見てごらん」と声かけをして、作品を見て気づいたことや、ここから見ると素敵だというおすすめポイントを考えるように伝えます。
鳥居さん:目の位置や高さを変えると見えるものも変わるので、立ったりしゃがんだり近づいたり離れたり、いろんな場所から自分なりの発見ができる場所を探してみよう、と言っています。子どもが発見したときに自分も腰をかがめて目線を合わせるようにすることも大切です。
なにかをよく観察し、想像を巡らせ、それを伝えるために言葉で表現する。対話を大切にした鑑賞をとおして、コミュニケーション能力の向上、他人の考えを聞くことによる視点の広がり、自分とは異なる考えを受けとめることなど、様々な力が育まれます。
ポイント③ 考えたことはすべてが正解だと伝える
人に自分の考えを伝えるとき、間違っているんじゃないかと躊躇してしまうお子さんは多いかもしれません。同様に、子どもから質問されたときに正解を伝えなくてはと調べたり、身構えてしまう親御さんもいるかもしれませんが、その点は心配無用です。
鳥居さん:たしかに作家にはこんなことを考えて作品をつくった、というコンセプトがあるかもしれませんが、それを受け止めることだけが鑑賞ではありません。自分なりに想像したことや考えたことはすべて正解です。
鑑賞前にこのことを伝え、気づいたことを口に出せる環境を整えることも大切です。
そして「この場所がかっこいい」と意見を言ってくれたら、なぜそう思ったのか聞いてみて、会話を続けてみましょう。すると「ハートに見えるからここがいい」という子がいたり、自分では気づかない柔軟な視点を持っていることに気づくかもしれません。
鳥居さん:大人は、作家のサインがあるだとか、ここに作品名が書いてあるとか、そういったことを考えますが、そのような情報に頼らなくても作品からみつけられることはたくさんあります。
ポイント④ 身近なこととして捉えるための声かけ
HugKum編集部:さまざまなところから見ることのできる立体作品ではなく、絵画がたくさん展示されているときはどうしたらよいでしょうか。
鳥居さん:その場合は、例えば「この部屋のなかでお気に入りの1点を見つけてみよう」「お母さんにプレゼントするならどの絵を選ぶ?」「家に飾るならどれ?」と聞いてみるのはいかがでしょうか。このように言葉を投げかけることで、作品を身近に捉え、自分ごととして見ることができます。きっかけを工夫することで、同じような絵がたくさん並んでいるな~といった感想だけではない、能動的な鑑賞が生まれます。
これは子どもだけでなく大人にとっても有効そうですね。
自分の部屋に飾る場合を想定して考えると、美術史上の重要とされる作品よりも、小さな作品や落ち着いた雰囲気のものが良いなど、展示室の脇役にかえって光が当たることもあるかもしれません。展覧会で提示されている見方だけでなく自分なりの尺度で作品を鑑賞するトレーニングになります。
ポイント⑤ 現代美術と子どもの相性
現代美術は音が聞こえる映像作品、中にはいって体験できるインスタレーションなど、幅広い表現方法の作品が多く、五感をつかって楽しめるのが特徴です。一見しただけでは意味のわからない作品が多いかも知れませんが、だからこそ発見を共有したくなるものです。また、音が出るインスタレーションがあれば、子どもの声は周囲の環境に紛れやすいです。
鳥居さんによると、コロナ禍以前に団体で対話を介した鑑賞を実践していたときも、都現美では他のお客様からの話し声に対するクレームは、ほとんどなかったそうです。難解なイメージのある現代美術ですが、解釈も自由に楽しめ、五感をつかって楽しめるのは、子連れにとっては相性の良いジャンルと言えそうです。
ポイント⑥ 待つ時間も大事
鳥居さん:子どもと鑑賞するときに大事なのが、待つ時間です。子どもに“どう思う?”と尋ねてみたとき、すぐに答えが出なかったとしても、見ている人の頭のなかではいろんな考えが巡っています。答えを持っている人は次から次へと言葉を出してしまいますが、それをグッとこらえ、待つことが大切です。
ついつい、展示全体を見ようと大人は急いでしまいますが、子どものペースに合わせることも意識したいですね。
学校を対象にした作品鑑賞「ミュージアム・スクール」
都現美では「ミュージアム・スクール」という名目で、これまで説明してきた対話を介した作品鑑賞を学校団体に向けて実施しています。2019年度は、東京を中心に約90校、4000人もの学校団体が来館しました。
触れる絵画
展示されている油彩画や版画には触ることができませんが、鑑賞体験を深めるきっかけとして、このようなツールを作成しました。こちら(写真上)は触れてもOKな絵画と油絵を描くときに使う道具です。画面の凹凸、木枠に張られた画布の弾力、豚毛の筆の質感、ペインティングナイフのしなる感覚などを体験することで、どのようなものを使って、どのような動きをすると、目の前にある作品ができるのか想像しやすくなります。
繰り返しによって見る目が育まれる
実際にミュージアム・スクールで訪れた子は、現代美術に対してどのような反応をするのでしょうか。
鳥居さん:子どもたちは、絵画、版画といったジャンルに縛られない新しい表現を素直に受け止め、自分なりに意味を見出していくので、現代美術館=楽しいところだと思ってくれているようです。毎年、3〜6年生が来る学校の児童たちは、ギャラリートークで学芸員と対話をするときだけでなく、自由鑑賞の時間でも自然と友達同士で意見を言い合うようになっています。繰り返し来ることで、確実に見る目が育まれています。
鑑賞の体験は、学校単位でなく親子単位でも可能です。展覧会の「ご挨拶文」から終わりまで余すことなく見るというのではなく、子どもの興味に寄り添って、短い時間であっても楽しいと思える経験を積むことが、大切なのかもしれません。夏に開催される「ジャン・プル―ヴェ展」では子ども向けの鑑賞ガイドも準備されていますので、親子で鑑賞するきっかけとして使ってみるのもおすすめです。
動画サイトを開けば、自分から探さなくても次々とおすすめ動画を提案され続ける、現代生活。受け身の鑑賞だけでなく、一つの作品をじっくりと見て正解のない答えを探して言語化することは、親子にとって貴重な時間になるはずです。
【データ】
東京都現代美術館
住所:東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は〜17:30)
休館日:月曜(祝日の場合は翌平日)
https://www.mot-art-museum.jp
MOTコレクション
コレクションを巻き戻す 2nd
2022年7月16日(土)- 10月16日(日)
観覧料
一般500円 / 大学生・専門学校生 400円 / 高校生・65歳以上 250円 / 中学生以下無料
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前編では東京都現代美術館の、子ども連れにも優しいポイントをたくさんご紹介します!
https://hugkum.sho.jp/382177
企画協力/中川ちひろ
撮影/黒石あみ
取材・文/藤田麻希
構成/HugKum編集部