運動神経・集中力がイマイチの我が子。歯科矯正で改善できるかも?【歯科医に訊く、噛む力の驚くべきメリット】

「歯並び」「噛み合わせ」が運動能力や集中力にも影響することが分かってきています。歯学博士・島谷浩幸さんに「スポーツ歯学」の観点から、子どもの「噛む力」とその影響、日常で気を付けるべきことについて伺いました。

スポーツ歯学とは?

学校の体育の授業でクラスメイトと走り合ったりするのは楽しいものですが、中には運動が苦手でうまく馴染めない子どももいます。もちろん体つきや体力も関係しますが、実は歯並びや噛み合わせが原因かもしれません。

健康的でバランスのとれた噛み合わせによって、姿勢を安定させることができます。

例えば、スポーツの重量挙げのように一瞬で強い力を発揮する場合、グッと奥歯を噛みしめることが必要です。しかし、歯や噛み合わせが悪くてしっかり噛むことができなければ力を十分に発揮できず、正しい姿勢も維持できません。

近年は「スポーツ歯学」という新しい分野が注目されるようになってきました。

これは1990年にFDI(国際歯科連盟)によりスポーツに関する新しい歯科医学分野として提唱され、運動能力の維持・向上やスポーツによる外傷予防などの普及・啓蒙などを担っています。また、2000年には日本スポーツ歯科医学会が発足し、最新の研究成果や情報を発信しています。

さらに、2011年に施行された『スポーツ基本法』の「スポーツに関する科学的研究の推進等」という項目では、医学や生理学、心理学、力学等のスポーツに関する諸科学の研究領域の一つとして、歯学も挙げられています。

スポーツは①競技スポーツ、②国民の生涯スポーツ、③学校体育と大きく3分野に分かれますが、いずれも歯との関わりが報告されています。では、各々について詳しくみていこうと思います。

競技スポーツと「歯」

競技スポーツは学校の運動部で行うクラブ活動からサッカー・野球などのプロの選手が行うものなど幅広いですが、一つの例としてオリンピック選手に関する調査報告をみていきましょう。

現在、日本のオリンピック代表選手に対するメディカルチェックは歯科、内科、整形外科の3科が義務付けられています。

歯科検診が始まったのは1988年のソウルオリンピックからであり、虫歯や歯ぐきの腫れ・痛みなどで競技やトレーニング中に意識が集中できないことを防ぐのも大切ですが、噛み合わせのチェックも大きな役割です。

2022年、株式会社DRIPSは、現役でプロを目指す全国の10代、20代のアスリート143人を対象に、歯科矯正に関するアンケートを実施しました。

その結果、現役アスリートの73.1%が歯科矯正を経験し、その多くが競技能力向上のために行っていました。さらに、歯科矯正を行った結果として競技へのポジティブな効果を実感する割合が90.8%にも及びました。

また、「矯正を行った理由は?」という質問を行ったところ、見た目を改善するためと答えた人が4.9%にとどまったのに対し、35%がパフォーマンス向上のため、23%が「監督やチームメイトから勧められたため」と回答し、競技に関わる理由が半数以上の割合を占める結果となりました(図1)。

図1.アスリートが歯科矯正を始めた理由

つまり、スポーツの能力向上のために噛み合わせを整えるというのは、コンマ1秒のタイムを競うような専門的なスポーツ界ではもはや常識なのです。

生涯スポーツと「歯」

現在、わが国の超高齢化社会ではお年寄りのスポーツ人口も増えていますが、日常の生活動作にも噛み合わせは大切です。

2009年に明海大学歯学部の宮澤慶氏が報告した研究では、埼玉県在住の局部床義歯装着者87名(平均年齢66.0歳)を対象に噛み合わせと身体の動揺の関連を調査しました。

その結果、奥歯の噛み合わせがあれば身体が動揺する距離は短くなり、逆に前歯だけでしか噛めない場合は動揺が大きくなりました。また、噛み合わせの力が強い人ほど、噛み合う接触面積が広い人ほど、身体の動揺は小さくなる傾向となりました。

一方、たとえ自分の歯が少なくても、義歯の噛み合わせが安定していれば運動能力の低下が抑えられ、歩行でもふらつきにくくなるという研究報告があります。

2005年、広島市総合リハビリテーションセンターの吉田光由氏らが報告した研究調査は、自力歩行できる認知症高齢者146人を対象として①奥歯がほとんど噛めない、②義歯を使って奥歯で噛める、③奥歯が十分残っている、以上の3グループに分けて転倒を起こす頻度を調べました。

その結果、奥歯が残るグループほど転倒頻度は減り、義歯でも奥歯で噛めれば転倒頻度は減ることが明らかになりました(図2)。

図2.認知症高齢者の噛み合わせと転倒頻度

つまり、義歯であれ自分の歯であれ、奥歯でグッとしっかり噛むことによって姿勢を安定させると踏ん張りが効くようになり、転倒防止につながったと推測されるのです。

学校体育と「歯」

これまでの研究報告で運動神経のアップには“奥歯でしっかり噛む”のが大切な要素であることが分かると思います。歯並びや噛み合わせに問題があれば歯科矯正が必要なこともあるでしょう。

しかし、一般的に12歳頃までは乳歯から永久歯への生えかわり(交換)もあり噛み合わせが不安定な時期でもあります。

実は歯並びや噛み合わせに関係なく、“よく噛んで食べる習慣がスポーツに良い”ことを示す研究報告があります。

よく噛むことで意欲、集中力が高まる

2011年にJA中央会が全国の小学校12年生を対象に実施した研究では、999組の親子に対してアンケート調査を実施しました。

その結果、朝ご飯をよく噛んで食べる習慣がある子どもほど、学習意欲が高いことが明らかになりました。

さらに同調査では、朝ご飯をよく噛んで食べる子どもほど、スポーツ意欲も高く(図3、図4)、よく噛む子どもほど勉強時の集中時間が長い傾向にあると報告しています。

図3.子どもの朝ご飯時の咀嚼実態とスポーツ意欲

 

図4.スポーツ意欲の判定

よく噛むとスポーツ&運動能力もアップ

2011年に木林美由紀氏が発表した研究報告では、小学校6年生の児童171名に食事のアンケートを実施し、その後「噛む力」と「運動能力」を測定しました。

その結果、食べることへの関心が高く、野菜を多く食べる子どもは「噛む力」が強く、「運動能力」も高いという結果が出ました。

以上のように、運動神経のアップや競技能力の向上のために歯科矯正で歯並びや噛み合わせを改善するのも一つの効果的な手段ではありますが、日頃からしっかりと噛む習慣を身に付けて意欲や集中力といった精神面を鍛えておくことも大切なのが分かりますね。

朝ご飯や野菜をよく噛んで食べるように心掛けましょう。

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記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。Twitterも更新中。

参考資料:

・株式会社DRIPS:現役アスリートの歯科矯正事情調査.2022年10月1日~10月3日,インターネット調査.【hanarabi調べ】引用元(http://www.hanarabi.jp/corporate/index.php/news/)

・宮澤慶ほか:局部床義歯装着者の咬合状態と身体動揺の関連について.スポーツ歯誌,13:16-22,2009.

・Yoshida M, Morikawa H, Kanehisa Y, et al: Functional dental  occlusion may prevent falls in elderly individuals with dementia. J Am Griatr Soc, 53:1631, 2005.

・全国農業協同組合中央会(JA全中):朝にゆっくりかんで食べる食事と学力・スポーツに関する実態調査,2011.

・Kibayashi M: The relationships among child’s ability of mastication, dietary behaviour and physical fitness.  INTERNATIONAL JOURNAL OF DENTAL HYGIENE,9(2)127-131, 2011.

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