構音(発音)と年齢
赤ちゃんが成長するとともに「パパ、ママ」のように意味を成す言葉を話すようになるのは、親にとってとても嬉しいことですね。
構音(発音)とは言葉の音を作り出すことで、その発達にはある程度の順序があります。体の成長や脳の発達とともに簡単な構音からより複雑な構音ができるようになり、もちろん個人差はありますが、6歳頃には日本語の大半の音を言えるようになります。(下表参照)
しかし、中にはいつまでたっても発語の幼さが残る場合があり、気にされる親子もおられると思いますが、実は歯並びや噛み合わせが構音に深く関わっているのです。
ではここで、歯と発声との関わりについて詳しく見ていこうと思います。
歯と発声の関わり
歯の欠損や不正咬合(歯並びや噛み合わせに不具合がある状態)で様々な発音の問題が生じます。
一般的に不正咬合によって生じる発声障害は、母音(ぼいん:aiueo、アイウエオ)よりも子音(しいん:母音以外)に生じやすいと言われています。子音は歯や舌、口唇などで息の通り道を完全に、または部分的に、かつ瞬間的に閉鎖して発音するため、歯の影響を受けやすいというわけです。
例えば、上顎前突(いわゆる出っ歯)や反対咬合(いわゆる受け口)、前歯部開咬(前歯が噛み合わない)や正中離開(中央の前歯の間に隙間がある)といった歯列不正で前歯の噛み合わせが不完全な場合、破裂音(p、プッ)や両唇音(b、ブッ)が出しづらくなり、摩擦音(s、スッ)や歯音(z、ズッ)も発音しにくくなります。
具体的には、歯を意識しながら「サシスセソ」と発音すると、上顎と下顎の前歯同士が微妙な距離感を保ち、その隙間から息が出て発声されているのが確認できると思います。これらを歯擦音(しさつおん)と呼びますが、前歯の位置に問題があれば、「サシスセソ」は「ハヒフヘホ」のように違った音声として聞こえるようになります。
会話が聞き取りにくくなると、クラスメイトや友達とのコミュニケーションに問題が起こります。話した言葉が正確に伝わらないとスムーズな会話に支障が出るだけでなく、言葉の行き違いから、あらぬ誤解が生じてトラブルの原因になることもあります。
また、コミュニケーションの不具合から自信喪失し、引っ込み思案になるような精神面での悪影響も懸念されます。そのような悩みを解消するためにも正しい発音、聞き取りやすい発声は大切なのです。
英語の発音も歯が大事
近年は小学校でも英語授業の取り組みが増え、日本語と違う発音の仕方に四苦八苦する子どもたちも多いと思います。
新学習指導要領の実施で2020年度から小学校で英語教育が必修化され、より低学年へ裾野が広がりました。特に注目したいのは、新指導要領では従来の「読む」「書く」に偏った英語でなく、「話す」「聞く」を中心に日常会話など実践的な英語能力を伸ばすカリキュラムで、これまで以上に“発音”の大切さがクローズアップされたことです。
発音の練習をたくさんするのに上達しない子どもは「歯並び」が原因かもしれません。
日本人が英語学習する時によく悩まされるのが「R」と「L」の発音と聞き取りです。「ライト」と聞こえる単語でも英語では「Right(右)」と「Light(軽い)」の2つの言葉が存在します。その発声方法として、「R」は舌を口の中のどこにも接触させずにラ行の音を発しますが、「L」は上の前歯の付け根に舌をしっかり当ててラ行の音を発します。歯を基準に舌を動かすので、正しい発音には正常な位置に歯があることが大切です。
また、「Smith」という名前も英語の文章でよく出てきます。日本語で単に「スミス」と読んでも「S」は日本語のサ行に近い発音ですが、「th」は上下の前歯に舌を挟み込んでスーッと息を通すため、上下の歯がきれいに噛み合わないと空気が抜け過ぎる結果、聞き取りにくい発声になります。
発音をよくするトレーニング
歯並びや噛み合わせに問題があるなら、それを治さないと発声が改善しないのでは…と懸念される声もあると思います。
歯科矯正は歯並びを改善するだけでなく健康面でも多くのメリットがある反面、時間や費用の負担が大きく治療を躊躇する人が多いのも事実です。しかし、歯科矯正せずに滑舌をある程度改善できる方法があるので挙げてみましょう。
1.早口言葉を話す
口をしっかり動かし、はっきりした発音を意識しましょう。早く読むことばかり意識して、曖昧な発音になれば効果が上がりません。
2.歯の影響が少ない母音を上達させる
すべて母音だけで話す「母音発声法」も効果的です。例えば「おはよう」を「おあおう」と子音なしで発音します。母音がより明確になれば、子音の聞きにくさを補うことができます。一音ずつはっきり発音することを意識しましょう。
3.唇や舌の筋力を鍛える
唇や舌の周りの筋肉を上手に動かせれば、滑舌は改善すると言われます。毎日の会話や食事動作(噛む、吸う、なめる、飲み込む等)で口周辺の筋肉は自然と鍛えられますが、意識的に特定の筋肉を正しく強くするには、次に示す専門的指導を受ける必要があります。
構音障害などを治すMFT療法とは?
口腔筋機能療法(MFT)は口の周りの筋肉のバランスを調和させることで、歯列(歯並び)・咬合(噛み合わせ)を正常に保ち、咀嚼・嚥下・構音といった小児期の口腔機能の発達をサポートする目的で行われる治療法で、病院や施設で医師や言語聴覚士(ST)などから指導を受けることができます。
具体的には、舌を上に持ち上げて舌を鍛えるポッピングや正しい嚥下(飲み込み)を覚えるスラープスワローなどの手法があります。
MFTは言語訓練にも多く活用されていますが、2018年に徳島大学の杉本明日菜氏らのグループが報告した研究では、20名の児童(男児15名、女児5名、平均年齢7歳7か月)について、MFT開始時に不正咬合と診断した子どもの割合は70%にも及びました。
その内訳として、上顎前突(いわゆる出っ歯)が20%、反対咬合(いわゆる受け口)が20%などとなりました。(下図参照)
先述した前歯部開咬もMFT療法の適応疾患ですが、構音障害のほか、常に口が開いている「口唇閉鎖不全」と呼ばれる「口ポカン」状態になり、口で息をする口呼吸や、食べ物を上手く飲み込めない嚥下障害が出るなど、様々な問題を引き起こします。
また逆に、歯並び・噛み合わせは問題ないのに滑舌が良くない時は、難聴などの耳の障害や舌小帯短縮症(舌小帯は舌の裏側にあるひだで、これが生まれつき短い)、さらには何らかの脳機能障害などの可能性もあります。
つまり、構音(発音)障害があれば食事の咀嚼障害、嚥下障害に加え、難聴などのほかの障害を伴うことも少なくないのです。子どもの発声に異常を感じたならば、まずは原因を明らかにするために医療機関を受診するようにしましょう。
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記事執筆
島谷浩幸
【参考資料】
・長野県立こども病院 口唇口蓋裂センターホームページ:口唇口蓋裂Q&A「言葉の発達と訓練」 http://www.nclp.jp
・杉本明日菜ほか:小児における口腔筋機能療法(MFT)の訓練効果について.小児歯科学雑誌56(1):1-11,2018.