あらゆるハラスメントをしない考え方『セーフガーディング』とは?元Jリーガーの黄川田賢司さんが提唱「アスリート育成だけでなく子育て環境にも」

元Jリーガーの黄川田賢司さんは、アスリートが安心して活動できる環境づくりを促進し危害から守る『セーフガーディング』理念の提唱者でもあります。料理家・フードスタイリストの妻・としえさんとの“夫婦対談”後編では、セーフガーディングについてお伺いしました。

黄川田ご夫妻のアスリートである娘・莉子さんを育む自然体の子育てとは?【前編を読む】

「負の連鎖」を断ち切るために

――賢司さんが取り組んでいらっしゃる『セーフガーディング』の定義を教えて頂けますか?

賢司 『セーフ』と『ガード』を合わせた言葉で、スポーツでは指導者と選手の関係など、立場の弱い人にとって、いかに安心・安全な環境を作るかという取り組みです。それはスポーツに限らず、会社などにおいては上司と部下とかもそうですし、社会全体に言えることです。

僕は今、Jリーグで育成に携わっているんですが、最初にセーフガーディングを導入するきっかけは、2018年にJリーグで“プロ育成プロジェクト”を立ち上げたときでした。そのプロジェクト内の6つの柱の一つに“教育”があり、その教育の枠組みの中に、セーフガーディングの概念を取り入れたんです。

もともとセーフガーディングという考え方は、イングランドが進んでいるんです。僕は、イングランドで育成改革をした人たちと6年間、一緒に仕事をさせてもらう機会がありました。それがきっかけでセーフガーディングを知り、これを日本の環境にカスタマイズして、ガイドラインやポリシーを作っていったんです。今は、色んな競技団体等も“暴力通報窓口”が設けられていますが、何か起こってから報告するのではなく、予防が大切。その予防ための教育にフォーカスするのも、セーフガーディングの大切な考え方です。

――Jリーグで起きたその活動や理念を、他の分野にも広げているのでしょうか?

賢司 はい。僕らはサッカー界からあらゆるスポーツ、あらゆる業界にセーフガーディングの考え方が浸透すればいいなと思って、いろんなところでワークショップをやったり、啓発教育用の映像を作ったりしています。最近では、子どもたちに向けた教材を、ホームページで提供しはじめました。サッカーでの活動を、スポーツ全体や世の中に広げていけたらいいなと思っています。

――セーフガーディングが必要だと思ったきっかけは何でしょう?

賢司 まずはやっぱり、自分もスパルタ的な教育を受けてきた過去があるし、未だに「理不尽に耐えることで強いメンタリティが養われる」みたいな風潮も根強く残っていると思います。それはスポーツに限らず、ビジネスの世界でも、パワハラ、アカハラ呼ばれるあらゆるハラスメントとが絶えない現状がありますよね。日本だとどうしても、職人気質というか、修業や鍛錬などの精神論が、文化的にも根強くあると思うんです。でも多様性が重視される今の時代、それぞれの個性や成長のプロセスにあった学び方が必要。その中で子どもたちや弱い立場の人たちの安心・安全を守ることの重要性に、学べば学ぶほど気づいたんです。

自分たちが育ってきた環境とのギャップをしっかり改めていかないと、負の連鎖がずっと続いていく。パワハラ的な指導を受けて育った人たちは、自分が親や指導者になったとき、「俺が子どものときはこうやって強くなった」と言って、同じような指導法をしてしまいがちです。だからそこは、僕らの時代でなんとか変えないといけないと思っています。

楽しい気持ちで食事をとると、消化吸収も良くなる

――そのような気付きの背景には、賢司さんご自身の選手としての体験と、親としての実感もあるのでしょうか?

賢司 ありますね。僕が子どもの頃は生活リズムを崩してまで練習を強要させることも少なくありませんでしたが、「睡眠時間を削ってまで練習することで、本当に競技力は向上するのだろうか、 理不尽に耐えたら本当にメンタルが強くなるのだろうか?」と思うんです。娘の莉子に対しては、体のケアももちろんですし、精神的なケアも含めて、必ず家族で過ごす時間を設けているし、友達と遊びに行く時間も大事にしています。あとは、食事の時間も心身の成長には大事な時間です。

Jrテニス選手黄川田莉子さん  写真提供元:JWT50
全日本Jrテニス選手の黄川田莉子さん 写真:JWT50

としえ の考えですが、楽しい気持ちで食事をとると消化吸収が良くなる。小さい子どもに限らずですが、悲しい気持ちだと食事が進まなかったり風邪をひいていないのにお腹を下すことがありますよね。それって多分、体の機能が万全ではないからなんです。心と体は繋がっているし、心も体も機能が万全だと食欲も出て栄養がしっかり体に消化吸収されるという研究結果ががあることを聞いて、さらに食卓では気をつける様にしています。

としては、せっかく苦労して作ったご飯を、最大限吸収して欲しいなって思うんです()。なので、なるべく楽しい気持ちで食べて欲しい。楽しいというのは、ふざけるとかそういうことではなく、穏やかな気持ちで、しっかり吸収できる体で食べてほしいという意味です。食事の時間って、結構、小言の時間になってしまうことが多いんですよね。『宿題やったの?』とか『今日どうだった?』とか。わたしも今でもやってしまうこともありますが、楽しい雰囲気は大切にしています。

賢司 うちはわりと、食べること、イコール、楽しいことですね。これは人によって様々な意見があると思うんですけど、食事に関しては年齢や体格、または競技特性などによっても、その子にあった摂取の仕方があると思うんですよね。食べることまで練習みたいに、追い込まなくても良いと思うんですよね。バランスよく、ジュニアアスリートに必要な要素を摂取することが大事なのに、「食うのもトレーニングだ、練習だ」と不条理なことを強いるのは、ハラスメントの一つだと思うんです。

としえ うちの子たちには、何をいつ食べるべきか、自分で気づいてくれればと思っていますし、自然とそうなってきました。莉子もだんだん、食べることで自分が怪我をしない体になると分かってきた。「食べさせられている」のではなく、自分で必要なものを選んでいく力も大切だと思います。そうすれば、買い物できる場所がコンビニしかなくても、その中で必要なものを選べると思うんですよね。私たちが子育てで目指しているのは、自立させること。スポーツ選手に限らずいろんな人が、何を食べたらいいかなというのを、経験を生かして自分で考えられるようになって欲しいんです。

夫婦のモットーは「愛されているという安心感」と「人と比べないこと」

――では最後に、お二人にそれぞれの子育てのモットーや、保護者や指導者に向けたメッセージがあれば、お願いいたします。

賢司 僕はやっぱり、子どもの可能性を信じてあげられるかどうかというところが、絶対に軸にあるのかなと思います。セーフガーディングにも繋がりますが、子どもたちが「親や指導者は、いつも自分の味方でいてくれる」と思えるか? 要は、愛されていると感じているかどうかだと思っています。

指導者に対しては、正しい知識を持って精神論だけではないアプローチや、ポジティブな声掛けなどをして欲しいと思います。愛されているという安心感が、一番その子の成長の助けになるのかなと思っています。自分の子どもたちだけでなく、サッカーで子どもたちの指導をしていても、自分が必要とされているとか、認められていると感じている選手の方が、のびのびと自分を表現しているんですね。莉子なんかは、完全にそうかなと思います。

としえ わたしは一言でいうと、「人と比べない」ということだと思います。わたし自身、比べてしまった時期もあるし、今でもあります。それでも、自分の子どもを、そして自身の子育てを、人と比べないように心がけています。集団生活の中にいると、どうしても周りが気になるし、娘に関してはテニスの戦績も気になります。でも、そこをあんまり気にしていたら、前に進めないことがありますから。比べるのではなく、その子の性格だったり特性をしっかり理解して、子育てすることが大切だなと思っています。うちは子どもが二人いますけど、二人とも全然違う部分も多いので、同じように接しないようにしています。しっかり、その子のことを見てあげること……わたしがしてきたのは、それくらいです()。

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取材・文/内田暁 撮影/五十嵐美弥

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