※ここからは『こども戦争と平和〜戦争と平和について考えるきっかけとなる本』(カンゼン)の一部から引用・再構成しています。
目次
争いは報道されないところでも起きている!
残念なことに、今も世界中で紛争が起きています。
2022年2月にはじまったロシアによるウクライナ侵攻や、2023年10月に起きたイスラム組織ハマスによるテロ攻撃に対してイスラエルが報復するかたちで起きた中東の戦争は、日本でもよく報じられているので知っている人も多いはずです。
しかし、紛争は報道されている国・地域だけで起きているわけではありません。日本ではあまり報道されない紛争が今もたくさんあります。
たとえば、中東でのイエメンやシリアの内戦、ジョージアやモルドバでのロシアの軍事干渉、スーダン内戦などです。そして軍、民主派が争う2021年からのミャンマーの内戦はいまだ続いています。そして1950年に起こった朝鮮戦争は休戦のままで、戦争が完全に終わったわけではありません。
これらの争いの背景には宗教や民族、歴史的経緯、資源や土地をめぐる争いといった複雑な事情があります。また、難民危機、人道危機、テロが広がるなど、世界的な影響を与えることもあります。

なぜ、戦争はなくならないのだろう?
戦争の原因は一つではなく、いろいろな理由がからみ合っています。
たとえば、1000万人ともいわれる犠牲者を出した第一次世界大戦では、「大国が植民地を取り合っていたこと」、「大国が2つのグループに分かれて対立していたため、小さな事件がたちまち両グループの衝突に発展する危険があったこと」など、さまざまな理由が重なっていました。
国際政治学においては、国家は安全や繁栄といった目的(国家利益=「国益」)を追求し、ほかの国家の利益と衝突することもあります。外交で平和的に解決できなければ戦争になることもあるのです。
国民の命や暮らしを守るためには国家は強くなければならず、国家が強くあることで、競争心や名誉欲が満たされると感じる人は少なくないでしょう。そうした気持ち、つまりナショナリズムが、国民の間で高まれば、軍事力や領土の資源を求める国家行動を促すことになります。
国連憲章は自衛権以外の武力行使を禁じています。テロにいたっては、その理由がなんであれ、罪のない人々の命を奪うことは許されません。しかし、戦争やテロは絶えることはなく続いてきました。やはり、その原因を探り、それを除去する努力が必要といえるでしょう。
戦争の主要な原因とは?
なぜ戦争は起こるのか? 本書によると戦争の原因を知ることが平和を築くための第一歩だとのこと。
ここからは戦争の主な原因となる「宗教」「民族」「資源」「領土」「イデオロギー」「ナショナリズム」について考えてみましょう。
宗教:信仰を大切にする人にとって宗教は大事
世界には仏教やキリスト教など多くの宗教があり、それぞれが自分たちの信仰のよりどころや習慣を大切にしています。宗教が異なる人同士では、その違いによって対立が生まれ、戦争にまで発展してしまうこともありました。また同じ宗教でも考え方の違いでグループが分かれ、対立することもあります。たとえば、イスラム教では、スンニ派とシーア派という2つの大きなグループがあります。
中東では、ユダヤ教とイスラム教、イスラム教のスンニ派とシーア派の対立が続いています。また、インドやパキスタンなどではヒンドゥー数とイスラム教の間で緊張や衝突が起きてきました。こうした宗教上の対立は、領土、経済、政治ともからみ合い、解決が難しい問題になっています。

民族:民族や人種をめぐる差別はなくならない
「民族」とは、言語、人種、文化、歴史を共有し、仲間意識(同族意識)によって結ばれた人々の集団のことです。世界の多くの国家は多民族国家です。たとえば、中国は人口の約92%を占める漢民族と55の少数民族からなります。
「国籍」と「民族」は同じではありません。同じ国籍でも民族が違えば、考え方や暮らし方も違うため、偏見や差別が生まれることもあります。そして残念なことに、人口の多い民族が少ない民族を抑圧するようなこともあります。同じ国のなかで民族の対立を原因とする争いはこれまでにたくさん起きています。
みなさんの周りでは言語や宗教、文化の違いが原因でいじめが起きていないでしょうか。そうしたことが地域や国レベルで起こると民族間の対立となり、場合によっては戦争に発展するのです。
資源:石油や天然ガス、水が紛争の火種に!
国の発展や人々の生活には、さまざまな資源が必要です。風力や太陽光など再生可能エネルギーも増加していますが、依然として石油や天然ガスは電力を安定的に供給するうえで必要です。また、食料や水がなければ人々は生きられません。こうした資源の確保や利用をめぐってしばしば争いが起きてきました。
最近では、日本では当たり前にある水をめぐっても河川の上流と下流になる国の間で争い(水紛争)が起きてきました。たとえば、インドとパキスタンはインダス川の水の利用をめぐって対立しています。
領土:ロシアのウクライナ侵攻の原因
19世紀半ばから20世紀初めごろまでは、強い国が弱い国の領土を奪い、自国のものにする「帝国主義」の時代でした。でも今は違います。国連憲章では、「武力で他国の領土を侵してはならない」と明記しています。国際司法裁判所も、力で無理やり他国の領土を奪うことは国際法違反との判決を出しています。
それなのにロシアは2014年にウクライナのクリミア半島を併合し、2022年には一方的に侵攻して、ウクライナの東部や南部を占領しています。こうした行動は国際法上許されないことですが、残念ながらこれが世界の現実です。

イデオロギー:「自由な国」対「力で支配しようとする国」
イデオロギーとは、「社会はこうあるべきだ」、「人はこう行動すべきだ」といった考えや信じていることをさす言葉です。
第二次世界大戦のあと、アメリカを中心とした「自由民主主義」の国々と、ソ連(現在のロシア)を中心とする「社会主義」の国々が、異なるイデオロギーのもとで対立する「冷戦」が続きました。その後、1989年に米ソの指導者が会談して冷戦終結を宣言。1991年にソ連が崩壊すると、世界に民主主義が広がりました。政治イデオロギーをめぐる対立が激化すれば、相手の体制を倒すことを目的とする戦争に発展しかねません。
ナショナリズム:日本を太平洋戦争に向かわせた原因の一つ
ナショナリズムとは、「自分たちの民族や国を大切にしたい」という気持ちのことで、国家主義や民族主義とも呼ばれます。ナショナリズムには2つのタイプがあります。
ひとつめは、同じ民族が一つにまとまって、自分たちの国をつくったり、ほかの国の支配から脱して独立したりしようとする動きです。
ふたつめは、「一民族一国家」という民族ナショナリズムを超えて、国家の力や影響力を拡大しようとする国家ナショナリズムです。これが軍拡の大義や戦争の一因となった例は少なくありません。戦前、日本の軍部やメディアによって宣伝され、扇動され、国民を戦争に駆り立てたのもこうしたナショナリズムです。
ナショナリズムは、過剰になれば国家を戦争に向かわせる力を持っています。私たちはそのことを十分に認識しなければなりません。
国家や民族を大事に思うと同時に、世界と交わり、相互理解を深め、他国やほかの民族の長所を学び、自らの国家や民族の足りない部分を補おうとする謙虚さを持つことが大事です。
日本も戦争に巻き込まれないとはいえない

日本周辺の安全保障環境はかつてなく厳しくなっています。戦後80年にわたって平和を守り続けてきた日本ですが、調査結果に見られるとおり、国民の不安も増大しています。
日本が平和国家として周辺諸国と仲よくしようとしても、戦争の歴史や領土をめぐって、日本や日本人に対して悪い感情や警戒感を持っている国もあります。
また、平和を願うだけで平和が叶うわけではないことは歴史が明らかにしています。他国からの侵略を防ぐための自衛力やアメリカとの同盟も必要です。しかし、同盟には、アメリカの戦争に巻き込まれるのではないかとの不安の声もあります。その一方で、日本の態度いかんでは、アメリカに見捨てられるとの不安の声もあるのです。同盟について、よく考え、議論することが大事です。
核とミサイルで挑発する北朝鮮
近年、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、ひんぱんにミサイル発射実験を行っています。ミサイルが日本の方向に発射されると、Jアラート(全国瞬時警報システム)によって、必要な地域の人々に警報のサイレン音が流され、避難の呼びかけが行われています。
北朝鮮が危険なミサイル発射実験を行うのは、敵視する韓国、アメリカ、日本への挑発や警告、抑止力の顕示や国際社会への存在感のアピール、指導者・金正恩に対する国内的支持の確保など、さまざまな理由があると考えられます。
中国が領有権を主張する尖閣諸島問題
尖閣諸島は小さな島々からなり、周辺に豊かな漁場や天然ガスなどの海底資源があります。日本政府は1895年に清国の支配がおよんでいる痕跡がない無人島であることを確認したうえで、正式に日本の領土に編入しました。それは国際法上も正当な領有権の取得です。
しかし中国は、石油が存在していることが明らかになったあとの1970年代ごろから自国の領土として主張しはじめました。近年は中国海警局(日本の海上保安庁に相当する)の船舶が尖閣諸島周辺の日本の領海にひんぱんに侵入し、海上保安庁の船が退去を求める事態が増えています。

日本と韓国が領有権を争う竹島問題
島根県隠岐郡隠岐の島町に属する竹島は、日本本土から約211km離れた日本海に位置し、女島(東島)と男島(西島)、その周辺の島々の総称で、歴史的にも国際法上も日本固者の領土です。
ところが、1952年1月に韓国の李承晩大統領は、国際法に反して一方的に「李承晩ライン」を設定し、その内側の海域への漁業管轄権を主張。竹島をラインの内側に取り込み、「独島(ドクト)」と呼び、領有権を主張しはじめました。現在は韓国の浴岸警備隊が常駐しており、国際法上の根拠がないまま不法占拠する状態が続いています。
ロシアが不法占拠する北方領土問題
かつては日本人が住んでいましたが、第二次世界大戦の終戦直後にソビエト連邦(現在のロシア)が占領した北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)。日本は、1951年のサンフランシスコ平和条約で千島列島の一部とサハリン(樺太)の権利を放棄しましたが、北方四島は含まれていません。北方四島は、一度も外国の領土となったことがない日本固有の領土なのです。
1956年の日ソ共同宣言では、歯舞諸島および色丹島については、平和条約締結後、日本に引き渡されることが明記されています。しかし、その後、ソ連を引き継いだロシアは、近年、第二次世界大戦の結果として、これらの島々がロシアの領土の一部となったという主張を強めています。しかし、日露間には平和条約がありません。同大戦後の領土問題の最終的解決はなされておらず、ロシアの主張は法的に正しくありません。
統一をめぐり緊張する台湾海峡
中国は「一つの中国」の原則の下、台湾統一を国家の目標としています。習近平国家主席は、平和的統一の方針は維持しつつも武力行使の可能性も否定しておらず、近年は台湾周辺海域において軍事活動を活発化しています。一方、台湾では自分は「台湾人」であると考える人が圧倒的で、現状維持を望む声が主流です。
台湾を国(中華民国)として承認し、外交関係を有する国は世界に12カ国しかなく、日本やアメリカなど大多数の国は国家として承認していません。しかし、日本もアメリカも台湾と緊密な関係を維持しており、アメリカは武器供与を通じて台湾の防衛を支援しています。
台湾は戦略的位置にあり、半導体産業や民主主義といった観点からも日米にとって重要です。「台湾有事は日本有事」といわれています。

戦争の現実を知り、歴史から教訓を学ぼう!
みなさんは実際に戦争に関わったことはありませんが、私たちの祖先は戦争をしてきました。そして今も、世界では戦争が起きています。
なぜ学校で戦争のことを学ぶのでしょうか。毎年8月15日の終戦の日になると戦争に関するテレビ番組が放映されるのはなぜでしょうか。それは、戦争の記憶を次の世代に語り継いでいくことが、平和への第一歩だからです。たとえば、太平洋戦争中の沖縄戦では「ひめゆり学徒隊」という、みなさんと年齢があまり変わらない13~19歳の女学生と引率の先生が136名も亡くなりました。
そしてもうひとつ大切なのが、「今」も続く戦争の現実に目を向けることです。紛争地帯に住む人々はどんな気持ちで日々を過ごしているのでしょうか。家族や友人を失い、家や学校を破壊され、きれいな水や食べ物、住むところ、病院などのない状況に置かれている子どもたちも少なくありません。
そうした現実を実感するのは簡単ではありませんが、ニセ情報に惑わされず、信頼のおけるニュースやNGOの報告などから、少しずつ理解を深めましょう。そして、「もし自分がそんな状況に置かれたら……」と想像することで、平和がいかに大切なものかを身にしみて感じられるでしょう。
自分たちに何ができるのかを考え、小さなことからでも行動していくことが平和な社会を守ることにつながるのです。
8月23日(土)小原雅博先生によるトークイベントを開催
『こども戦争と平和 戦争と平和について考えるきっかけとなる本』刊行記念
小原雅博先生トークイベント(聞き手:川上達史さん/テンミニッツ・アカデミー編集長)が、8月23日(土)に紀伊國屋書店(新宿本店)で開催されます。
なぜ人は争ってしまうのだろう? どうすれば平和になるのだろう?
本書は、今、世界で起こっているさまざまな紛争がなぜ起こっているのかを説明するほか、過去の日本が関係した戦争の歴史も振り返り、「日本はなぜ戦争を起こしてしまったのか」、「どのような結末を迎えたのか」を解説します。
「なぜ人間は戦争を繰り返してしまうのか」、「どうすれば平和を実現できるのか」。戦後80 年を迎える今読むべき、一人ひとりが戦争と平和について考えるきっかけになる一冊です。
著者紹介
小原雅博(こはら・まさひろ)
東京大学名誉教授 国際関係学博士。
東京大学文学部卒、UCバークレーにて修士号取得。1980年に外務省に入り、アジア大洋州局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事などを歴任後、2015年から21年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授。名城大学他で特任教授や客員教授を務める。著書に『外交とは何か』(中公新書)、『戦争と平和の国際政治』(ちくま新書)、『日本の国益』(講談社現代新書)、『大学4年間の国際政治学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)、『国益と外交』『東アジア共同体』(いずれも、日本経済新聞出版社)、『コロナの衝撃-感染爆発で世界はどうなる?』<岡倉天心学術賞受賞>『東大白熱ゼミ-国際政治の授業』『外交官の父が伝える素顔のアメリカ人の生活と英語』(いずれも、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。
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文・構成/国松薫
