27万部の大ヒット! 令和言葉『万葉集』の発行人が語る「息子とはうんこで会話」「次はゴッホでビジネス」・・・破天荒な子育て&仕事術

コロナ禍給付金10万円を元手に、佐々木良さんは一人出版社である万葉社を設立。2022年10月に発売した令和版万葉集の第一作目『愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①』が売れに売れて、現在はシリーズ累計27万部超。honto売り上げランキングでは村上春樹を抑えて1位獲得、国語便覧に掲載、万博でライブ講演、そして国立大学の非常勤講師を務めることも決定。快進撃を続ける良さんに、その成功の要因を伺ってみました。

令和言葉訳の万葉集は専門家からも大絶賛!

「予想以上に本が売れたことはうれしかったですが、こんな下ネタ全開の万葉集、学者さんたちから批判の嵐かなと思っていたら大絶賛で。奈良大、中京大、香川大の先生たちにも読んでもらい、今年から奈良教育大学の非常勤講師もやるんですよ。

「さらにいうと、老舗の教科書出版社・大修館書店の『国語便覧』にも、今年、この本が載っているんです。それも夏目漱石の横に(笑)。先日は大阪・関西万博に呼んでいただき、万葉集をテーマにライブ講演も行いました」(良さん)

ちょっとした社会現象になっている令和版万葉集。なぜこんなに反響があったのでしょうか?

万葉集の研究者・中西進さんからも大絶賛

一人で作って、一人で売る。宣伝も新聞のみ。「異例づくし」が成功の要因?

「やはり異例づくしだったからですかね。まず一人でやっているのがおかしい。デザインも執筆も納品も一人でやっているのが異例で、出版取次会社(出版社から書店に卸す業者)を通さず、紀伊國屋書店と丸善ジュンク堂書店、Amazonにしか卸していないのも異例。こんなに売れているのに、街の書店で手に入らないという……。

「2023年の丸善ジュンク堂書店連携のhontoの紙の本(文芸部門)で1位だったんです。2位から10位に村上春樹さんや東野圭吾さんの本が入っていて。まさかの村上春樹超え(笑)。でも一般的なランキングでは、僕の本は圏外というか対象外。実際に27万部いっているけれど、フォーカスが当たっているようで当たっていないという感じなのが、不思議ですよね」(良さん)

令和語訳を「超訳」と報じた新聞記事。数々のメディアに取り上げられた。

成功の要因を「異例」と表す良さん。宣伝も独自のスタイルです。

「広報活動は、ほぼ新聞だけ。社会的意義があると思ってやっているので、広告ではなく、ニュースになるだろうと思っていたんです。新聞はあれだけのページを毎日埋めなきゃいけないので、どこかのページに刺さるだろうと思っていましたし、新聞の購読者さんはお金を払って情報を買っている人たちなので、しっかりと読んでくれるだろうと。そして僕は広告費ゼロで宣伝できるというところで、新聞にアプローチしたんです。

「最初の『令和版万葉集発売』だけでなく、『ついに二巻が出た』『もうすぐ10万部』『国語便覧に載った』とニュースになりそうなネタを、その都度プレスリリースにまとめてプレゼンしました。話題になっていれば、記者さんたちも書きたいでしょうから。そうやって記者さんたちと、ずっとよい関係を続けてきたから今があると思っています。
 テレビ局の人も情報は新聞から仕入れることが多いので、新聞記事を見て、テレビ局の人が連絡をくださることも多いですね」(良さん)

中学生や高校生。若い世代からの支持がうれしい。超進学校でゲストティーチャーも

大学から講演会に呼ばれることも多い。香川大学で

Amazonのレビューから、若い世代からの人気も実感していると言います。

「中学校や高校の授業で取り入れたいから画像を貸してくださいとか、中学生から論文を書きたいからインタビューさせてくださいとか、たくさんお声がけいただきます。

「先日は大阪の高槻中学校という中高一貫の超進学校から、ゲストティーチャーとして呼ばれて授業を行いました。僕はいつも和歌の訳に使えないかな、と現代語を集めていますから、授業でも、みなさんの知っている現代語を使って、こういう歌を訳してみよう、というワークショップを行いました。例えば、『ワンチャン』を使って訳してみようとか。これが中高生にはかなり面白かったようで、学校で流行っているみたいですね。

「自分のしゃべっている言葉やLINEしている言葉が古典の教育につながっていくという、こんな古典の動きって今までなかったと思うんです。家庭でも、この言葉遊びはおすすめです」(良さん)

ギャル雑誌や少女漫画からも言葉を採取

過去の万葉集を令和の人たちに伝えるだけでなく、令和の言葉を未来に残していくことを考えていると言います。

「先ほどの『ワンチャン』ですら、ここ数年で使い方がどんどん変わっているんです。5年前は『可能性がわずかにある』という意味だったのが、今は『可能性が高い』になっている。だから令和版万葉集シリーズでも、言葉の意味の変遷を追って、現代語訳しているんです。

「僕は1300年前の人たちの言葉を令和の人たちに伝えるだけでなく、令和で使っている言葉を将来の人たちに残していくということもしたい。『チョベリグ』とか、いつ使っていたかわからないですよね。だから令和版万葉集では、令和の言葉もその都度残していく。そこは意義のあることかなと思っています。万葉集は全20巻なので、一年に一度、20巻を目指して続けていきたいですね」(良さん)

だからこそ良さんは、ふだんから言葉採集を怠りません。

「僕はギャル雑誌や少女漫画も読むし、テレビもユーチューブもXも見る。J-POPの歌詞もじっくり読んで、音とリズムと言葉がこうはまっているのか、一番の歌詞と二番の歌詞はここがつながっているのか、なんて研究しています。とにかくいろいろなものを見てるんですよ。この令和にあふれた言葉集みたいなものに身を置いて、まさに言葉を捕まえているんです」(良さん)

「万葉集」のタイトルはKinKi Kidsの楽曲から

3巻『式部だきしめて』が刊行されたときの書店での特設コーナー

そこまで聞いて、ようやく気づきました。

万葉集1『愛するよりも 愛されたい』
万葉集2『太子の少年』
万葉集3『式部だきしめて』
万葉集4『愛のかまたり』

……これってKinki Kids(キンキ・キッズ)?

「その通りです。『愛するよりも 愛されたい』は『愛されるより 愛したい』、『太子の少年』は『硝子の少年』、『式部だきしめて』は『全部だきしめて』、『愛のかまたり』は『愛のかたまり』。全部、Kinki Kidsの歌のタイトルです(笑)。

「Kinki Kidsは近畿の歌手でもあるし、令和の奈良の歌人といえば、堂本 剛さん。堂本 剛さんは奈良市出身なので、奈良に行けば、みんな堂本さんのファン。わが町のヒーローみたいな感じですよ」(良さん)

様々なビジネスの相談が来るようになって、大成功に導いたジェラート屋さんも

そんなユニークな発想の持ち主の良さんのもとには、いろいろな人が相談に来ます。

「出版社をやりたいけれど、どうしたらいいんですか、というのもありますが、寿司屋を開業したい、パン屋をやりたい、弁護士として独立したい……、もう相談は様々。いろいろな人が来ます。社会的意義のあることをしたほうがいい、補助金を活用したほうがいい、このパターンなら会社をつくったほうがいい、っていろいろなやり方を教えていますよ」(良さん)

なかでも香川の直島ジェラートは、大成功をおさめている。

「もともと家の一角でイタリアンレストランをしていたけれど、コロナ禍で人を呼ぶのが難しくなってどうしようと。だったら、アイス屋さんをやったらって、デザインや広報は全部僕がやったんですよ。コンテストでも賞をとって、今はかなり稼げる店になっています」(良さん)

もはや経営コンサルタント! 良さん自身、はなから出版にこだわっているわけではないと言います。

次なる野望は、絵画ビジネス?

「社会が面白く明るくなったらいいな、というのが一番にあります。万葉集は万葉社なのでやり続けますが、この先もいろいろなビジネスをやっていきたいんです。今考えているのが、ゴッホの贋作をつくって、世界じゅうに売りさばくという商売(笑)。

「中国の深圳(しんせん)郊外にゴッホの贋作ばっかりつくっている村があるんです。その村で複製画を描いていた画家は『世界で一番ゴッホを描いた男』という映画にもなっていて、そこで親戚のおばちゃんが贋作を買ってきたんですよ。贋作といっても著作権は切れているから複製画ですが。僕はこれをメイドインジャパンとして、油絵で描いて1万円で売る。3万円じゃ買わないけれど、1万円だったら買うだろうって(笑)。僕は美大の油絵出身なので、どうやったらちゃんと油絵でできるのか、ということを今、真剣に考えているところです」(良さん)

自衛隊、一人出版社、経営コンサル、贋作ビジネス……、「何をしている人かよくわからないから興味があった」と出会って10日で結婚したみつきさんも今は、「夫が好きなことができなくならないように、居心地のいい家をつくっていけたらいい」と、ほがらかな笑顔を見せます。

息子は1歳半。「うんこ」で会話するのが楽しくて

そんな良さんとみつきさんの間に、2024年に第一子となる、みさとくんが誕生。1歳半になるみさとくんにも、やはり言葉のシャワーを浴びせているのでしょうか。

「特に意識はしていませんでしたが、絵本を買い与えてみたら、自分から読んでほしいと持ってくるようになって、そこから読むことが増えましたね。

「一番のお気に入りは、トム・ブラウンの『がったい!』。1歳になった頃から『がったい!』と言い始めて、半年経った今も『がったい!』しか言えない(笑)。あとは『パンどろぼう』も好きですね。動物が好きなので動物の図鑑もよく見ています」(良さん)

ふだんの子育ては、交代ではなく二人がメインでやっているとか。

「三人でずっと一緒にいることが多いですね。妻が仕事に出たら、僕がずっと一緒に遊んでいます。本が売れて、売り上げが2億円とかいわれていますが、子育てしてなかったら、多分2倍にも3倍にもなったと思う。それぐらい去年は仕事をせずに、ずっと子育てしていましたね。

「何が楽しいって、もう子どもがうんこするのが楽しくて(笑)。まだしゃべれないから、うんこでしか会話できないんですよ。うんこを見て、これは食べられへんかったんか、消化できんかったんやなって。僕が見られないときは、妻に写真を送ってもらう(笑)。

「僕自身、親から野放しで育てられて、あまり勉強もせず、好きなことをしてきました。だから子どもに対しても、健康でやさしい子だったら何でもいいという感じです。いい学校に行けたら、それはそれでいいけれど、やさしかったらいいかな」(良さん)

加算式でかわいくなる息子。子育ては楽しいですよ

そのためには、自分たちもやさしい言葉をかけられるようになりたい、とみつきさん。

「息子が成長して、とっさに出る言葉がやさしい言葉だったらいいなと思いますね。

「あと私は、この子が好きなことが何なのかというのを、ちゃんと観察できるようになりたいですね。これまで保育園に入れないという選択で育ててきましたが最近、同じ年ぐらいの子を見たら、すごくうれしそうにするんです。だったら保育園で、たくさんの子どもと遊ぶ時間を増やすのも一つかもしれないと思い始めました。

「今、目が輝いたなという瞬間を見逃さず、好きなものをより好きになれるように与えてあげたいですね。今は絵本も好きですし、ペンを持てるようになったので、落書きしたり、色を塗ったり。それから動物も好きなので、動物園に行ったり、ワンちゃんがたくさんいる時間帯に散歩したりしています」(みつきさん)

子育てには発見が多いと良さん。

「子どもって毎日かわいいんじゃなくて、昨日よりかわいくなる。加算式でかわいくなるから、本当に毎日が楽しいですよね」(良さん)

次の万葉集も楽しみですが、二人の子育てや良さんのこれからの動きも楽しみです!

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取材・構成/池田純子

教えてくれたのは

佐々木良さん (株)万葉社社長

大阪府出身。昭和59年生まれ。京都精華大学芸術学部卒業。京都現代美術館の学芸員、作家活動を経て、2020年にひとり出版社「万葉社」を設立。令和4年に1巻を出した『令和言葉・奈良弁で訳した万葉集』は現在、4巻まで刊行。シリーズで27万部を超える大ヒットとなっている。現在は瀬戸内の文化芸術の研究を中心に活動。1男の父。

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