育休で夫婦関係が変わる? 積水ハウスが実現した「失敗しない男性育休」の仕組みとは

男性の育休取得率が全体の1/3を超え、育休を「取る」こと自体は一般的になりつつあります。それでも実際の育児現場では、「何から始めればいいの?」「結局『私ばっかり』になってしまう」という声があとを絶ちません。そんな中、男性育休を先駆けて制度化し、「家族みんなが幸せになる育休」を実現している企業があります。会社としての本気の仕組みづくり、そして家庭の会話を支える「家族ミーティングシート」。これらがどのように男性育休を変えたのか、リアルな声とともに探っていきます。

男性育休の取得率は4割まで上昇

今、男性の育休取得率は40.5%(厚生労働省「令和6年度 雇用均等基本調査」より)まで上昇し、「育休を『取る』こと」自体は着実に広がりつつあります。

それでも実際の育児の場では―…
「何をすればいいのか分からないまま育休に入ってしまった」
「夫婦で役割の認識が合わず、ちょっとしたことで衝突してしまう」

といった手探りのまま始まる育休=「手探り育休」の悩みが増えているのが実情です。

一方、男性育休を早くから推進し、1か月以上の育休を制度化した積水ハウスでは、育休を「家族の幸せを育てる時間」に変えるために、会社として驚くほど丁寧で実効性の高い仕組みづくりを続けてきました。

今回HugKum編集部は、その制度がどのように生まれたのかを探るため、積水ハウス ダイバーシティ推進部を取材。

さらに、実際に育休を取得したご夫婦にもお話をうかがうと、制度があるだけでは不十分で、「会社の仕組み」と「家庭の会話」がかみ合ったときに初めて「いい育休」が生まれるというリアルな姿が見えてきました。

「男性育休を取らない・取れない理由」をすべてなくす|積水ハウスが「男性育休の常識」を変えた日

写真提供/積水ハウス

「男性育休の取得率が6%台(2018年)」、そんな時代から、積水ハウスはすでに「次の社会」を見据えていました。同社が1か月以上の男性育休制度を始めたのは、2018年。

その大きな転機となったのが、仲井嘉浩社長によるスウェーデン視察でした。「当たり前のように男性も3か月育休を取る」という現地の話を聞いた瞬間、仲井社長の価値観は一変したそうです。

5月末に帰国後、わずか2か月で制度案を社内外に発表。9月には施行というスピード感は、積水ハウスにとっても「革命」と呼べるほどの転換点でした。

営業現場の声を聞きながら、「1か月有給+4分割」を決定

制度設計では、「トップセールスの人間が3か月休めるか?」、「休む間、お客様に迷惑がかからないか?」といった徹底的なヒアリングが全国12か所の営業本部に対して行われました。

そうしたヒアリングを踏まえて、子どもが3歳になるまで最大4回に分割取得できる仕組みを整備。仕事の調整がしやすく、心理的にも取得できる土壌を整えました。加えて、育休をためらう理由として大きかった「収入への不安」を解消するため、育休で取得する1か月はすべて有給にしたそうです。

制度の背景には、「取らない・取れない理由は、制度で解消していく」という強い意志が感じられます。

「最初の取得者」を絶対に失敗させない

制度は整えただけでは機能しません。鍵となったのは、「最初に育休を取る社員の成功体験をいかに確実にするか」でした。ダイバーシティ推進部は、当時男性育休に該当する社員とその上司を集め、仲井社長自ら「男性育休の取得は経営戦略だ」と直接伝えたそうです。

さらに、会社の「本気度」が伝わる制度改革も同時に実施。「取っても評価が下がらない」ではなく、「取る方が評価される」という仕組みを作り、取得の促進をしました。

実際の夫婦が語る「会社が本気だと、ここまで変わる」

制度の効果を最も感じているのは、実際に育休を取得したご夫婦です。積水ハウスに勤める夫・Tさんは、今回 7か月近い長期育休を取得。

これは同社でも長い育休のようですが、上司は次のように背中を押してくれたそうです。
「せっかくだから積極的に取ったらいい」

妻・Rさんもそれを裏付けるようにこう語ります。
「夫の上司や同僚が家に遊びに来るほど仲がよく、『休むこと=迷惑』という空気が本当にないんです。その安心感は大きかったです」

制度があるだけでは起きない変化。「休むことを肯定する文化」が社内に根づいているからこそ実現できた姿です。

積水ハウスの男性育休の実現は、制度と文化の両方を「本気で」整えてきたところにある。そのことが、このご夫婦の言葉からありありと伝わってきました。

「取るだけ育休」と「手探り育休」は、なぜ起きる?

ここまで積水ハウスさんの話を聞いていると、羨ましい限りですよね。では、一般的な企業では男性育休の取得率と内容はどうなっているのでしょうか?

男性の育休取得率は2019年の11.3%から年々伸長し、2025年は36.3%になり、3人に1人が取得しています(『男性育休白書2025』積水ハウス、9,262家庭調査《以下略》より)。

取得率が上がっている中で、男性育休の課題として注目されているのが「取るだけ育休」と「手探り育休」 です。『男性育休白書2025』から見えてきたのは、この2つは似て非なるものだということでした。

それぞれ詳しく見ていきましょう。

「取るだけ育休」とは?

『男性育休白書2025』によると、妻の39.5%が「夫は『取るだけ育休』だった」と回答しています。

「取るだけ育休」とは、「育休は取ったものの、育児へのやる気はなく、家事育児の主導はすべて妻のまま」という状態です。

具体的には…
・家事の段取りを妻がすべて考えている
・赤ちゃんの泣き声に気づいても「妻の方が分かる」と任せてしまう
・上の子のケアや家事判断が苦手で、妻が微調整する羽目になる

ここまで読んで、耳が痛いパパも多いのでは?

妻側はこうした「細かな負担」によって、男性が育休を取ったとしても「結局は私がメイン」「私ばっかり!」と感じやすくなります。

「手探り育休」とは?

とはいえ、状況は少しポジティブに変化し、近年は「取るだけ育休」は減少傾向にあるようです。代わりに増えているのが「手探り育休」。『男性育休白書2025』では、男性の53.6%が「育休中、具体的に何をすべきか分からなかった」と回答しています。

つまり、「手探り育休」とは「やる気はある」でも「どのタイミングで何をすべきか」分からないという、迷子のまま育休に入ってしまう状態。

この背景には、「男性がママ友のようなネットワークを持たないことが原因の一つではないでしょうか」と積水ハウスのダイバーシティ推進部の木原淳子さんは言います。女性は妊娠期から友人や職場の先輩に話を聞ける一方で、男性は「最初の育児情報」が極端に少ないまま本番を迎えがち。

前述した積水ハウスに勤めるTさんもこう振り返ります。
「育休に入ってしまえば時間はあるけれど、『どんなことを、どれくらい』やればいいか最初は見えませんでした」

右から積水ハウス ダイバーシティ推進部の木原淳子さん、横山亜由美さん、鷹栖直輝さん、広報室の磯見朋香さん。
右から積水ハウス ダイバーシティ推進部の木原淳子さん、横山亜由美さん、鷹栖直輝さん、広報室の磯見朋香さん。

「取るだけ育休」や「手探り育休」に共通する原因は「会話の不足」

『男性育休白書2025』では、妻の育休満足度は事前コミュニケーションの有無で30ポイント以上差が出ると明らかにしています。

木原さんも次のように指摘しています。
「夫婦のミーティングなしに育休へ入ると、ほぼ間違いなく『手探り育休』が起きてしまうんです」

「話すきっかけ」がないと、家事育児の全体像が共有されないまま、手探りになり、妻側の「結局、大変なのは私だけ」という不満や負担へとつながる…。

つまり「取るだけ」も「手探り」も、根っこは同じ。「夫婦で役割の認識を合わせる時間が不足している」のです。

だからこそ必要になった「家族ミーティングシート」

ちなみに、積水ハウスでは、「取るだけ育休」も「手探り育休」も少ないといいます。その理由としては、積水ハウスが作成した「家庭版の業務シート」ともいえるような「家族ミーティングシート」を独自で作成しているからのようです。

「家族ミーティングシート」が生まれた背景は非常にシンプルです。

・やるべき家事・育児は膨大
・多くは「名前のないタスク」「見えない家事」として可視化されていない
・夫婦のコミュニケーションは忙しい日常では不足しがち

だからこそ、「見える化」して話し合う仕組みが必要だったのです。

実際に夫のTさんは「家族ミーティングシート」を使い、「自分が全く気づいていなかった家事の多さ」に驚いたといいます。妻のRさんは、「夫に『気づいてもらえる』だけで、気持ちがすごく楽になった」と話してくれました。

このように 「取るだけ育休」も「手探り育休」も、制度より「会話」が本質的な鍵 だということが、鮮明に見えてきました。

積水ハウスの公式サイトから無料でダウンロードが可能です。

大手企業だから「男性育休」が充実してるってこと?

男性育休の成功事例として積水ハウスが注目されると、「でも、大手企業だからできたんでしょう?」との思いがよぎるものです。

確かに、制度設計には一定のリソースが必要でしょう。しかし実際は、積水ハウスの取り組みの「本質」はそこではありません。

同社のダイバーシティ推進部の木原さんは、取材の中で次のように強調していました。
「大事なのは、会社の規模ではなく『現場が動ける仕組み』を作ること」

ここからは、その「誤解」を解きほぐしながら、中小企業でも応用できる視点を紹介していきます。

積水ハウスも展示場単位で見れば、中小企業と状況は似ている

「積水ハウスは全国に263の展示場がありますが、1つの展示場は10人以下の規模がほとんどです。例えば私がいたチームも10人。一人欠けるだけで本当に大変でした。しかも、人が抜けても補充されるわけではない。人員体制だけで見れば、中小企業さんと似ているんですよ」

そう語ってくれたのは、かつて店長を務めた経験を持つ、ダイバーシティ推進部部長の横山亜由美さん。

横山さんは続けて、こんな視点も教えてくれました。
「人材不足の今だからこそ、どの企業も男性育休を推進したほうがいいと思うんです。働き方の見直しにもつながりますし、求人者からの見方も変わります」

男性育休は「大企業だからできる特別なもの」ではありません。むしろ中小企業こそ、働き方改革や採用力向上のチャンスにつながる。そんな可能性を感じさせてくれる言葉でした。

横山さんによると、積水ハウスのダイバーシティ推進部は地方自治体や経済団体から多くの講演依頼を受けているそうです。そこに参加するのは、地元の中小企業が多いとのこと。そうしたことからも、男性が育休を取る機運が日本全体で高まっているのが感じられます。

後編では、家族ミーティングシート活用の実例を紹介します

男性育休の制度は広がりつつあるものの、実際の育児の場では
「何をすればいいのか分からないまま始まってしまった」
「結局『私ばっかり』育児の負担をしている」
と感じている読者も少なくないでしょう。

そんな中、「取るだけ育休」や「手探り育休」にならないよう、「家族ミーティングシート」を作成し、工夫している積水ハウス。

後編では、その「家族ミーティングシート」の活用している姿を実際に使っているご夫婦にインタビュー。すぐに取り入れられるヒントが満載ですので、どうぞお楽しみに。

後編はこちら

育休で夫がこんなに変わる?  7か月育休を取ったパパとママの「リアル実践メソッド」
男性育休の試行錯誤を詳細にレポート 男性の育休取得率が上がり、「育休を取る」こと自体は珍しくなくなってきました。 それでも実際...

取材・文/末原美裕(京都メディアライン)

編集部おすすめ

関連記事