学校で生まれる不平等「男子が散らかし、女子が片づける」はなぜ起こるのか? 元小学校教師・星野俊樹さんに教わるジェンダー教育

小学校教師を20年間務め、2025年3月末に退職した星野俊樹さん。現在、星野さんは、ジェンダー教育実践家として多方面で活躍しています。2025年7月には『とびこえる教室 フェミニズムと出会った僕が子どもたちと考えた「ふつう」』(時事通信社)を出版。子どもたちを取り巻く性別役割分担などの問題を問い直しています。
星野俊樹さんに、小学校で性別役割分担が起きる背景や実態、家庭でのジェンダー教育の必要性について伺いました。2回インタビューの前編です。

読書をしていた男の子は本を片づけず、女の子が片づけた違和感

――著書『とびこえる教室 フェミニズムと出会った僕が子どもたちと考えた「ふつう」』で記されていた、学校での性別役割分担(性別によって役割を決め付けること)には、どのようなケースがありますか?

星野さんたとえば、部活動の女子マネージャーが挙げられます。野球やサッカーなどの部活動に打ち込む男子を支えるケア労働は、女子が担うことが多いです。それが当たり前の光景となっていることに、私は違和感を覚えます。

――中でも星野さんご自身が体験した印象的な出来事があるそうですね。

星野さん:小学校で中学年を担任していたときのことです。ある日教室に入ると、読書スペースの床の上に、男子が読んだ何冊もの本が放置されていました。私が「本を読んだら、そのままにしないで片づけよう」と声をかけると、読書をしていた男子たちは何もせずに、読書をしていなかった女子たちが片づけ始めました。

私は違和感を覚えて、片づけてくれた子どもたちにお礼を言いつつ、「なぜ読書をしていた人たちが、片づけないんだろう?」と聞きました。

そして性別役割分担のことを、子どもたちと話し合いました。

「教室と社会はつながっている」と星野さんは言う。

――子どもたちからは、どのような意見が出ましたか。

星野さん:「ママも言ってたよ! 私も、いつもいつも思ってる!」などの意見が聞かれました。

また、ジェンダーギャップ指数(※1)についても話しました。2025年に発表されたジェンダーギャップ指数は、日本は148カ国中118位です。これは、女子の可能性が狭められていることを意味します。

日本のジェンダーギャップ指数の現状を知り、驚いていた子どももいました。「1位の国に行ったら、どんな感じなんだろう? 僕が当たり前と思っていたことは、当たり前じゃないのかもしれない」という意見もありました。

私は子どもたちに「みんなが学ぶ理由の1つは、こういう社会を変えるためなんだよ」と伝えました。

※1 「経済」「教育」「健康」「政治」の4つの分野で男女格差を数値化した指標。数値が高いほど、男女平等が進んでいることを示す。

親の姿を見て「片づけは女の子の仕事」と考えるようになる男の子も

――なぜ教室で、このような性別役割分担が再現されるのでしょうか。

星野さん:いくつか原因は考えられます。まわりの友だちに流されて、本を片づけなかった男の子もいるかもしれません。しかし、「片づけは女の子の仕事」と当たり前のように考えている男の子もいるようです。

――「片づけは女の子の仕事」と考えてしまうのはなぜでしょうか。

星野さん:たとえば父親が家事や子育てはノータッチで、母親が仕事・家事・子育てをすべて担っているのが当たり前の家庭だと、子どもは「僕も片づけや家のことは、お母さんに任せればよい」と考えるようになる可能性が高いでしょう。

家庭での性別役割分担が、そのまま教室で再現されている。

保護者会に参加するのは母親が大半

――ほかにも、夫婦間の性別役割分担を感じたことはありますか。

星野さん:教員時代を振り返ってみると、保護者会や面談に来るのはほとんどが母親でした。共働き家庭が珍しくない今も、母親たちは仕事の合間に時間をやりくりして参加してくれていました。

保護者会や面談に行くのは母親の役目という暗黙の了解があるのかもしれません。そういうところにも、根強い性別役割分担がうかがえます。

「あえて性別に目を向ける」ことの必要性とは?

――これまでのお話を伺っていると、性別ではなく個に目を向けることが大切なのでしょうか。

星野さん:一概にそうとは言えません。たとえば学校では「女の子はこっちに並んで、男の子はあっちに並んで」、「男の子と女の子でペアになって」という指示はよくあり、今でも見られます。でも、これはトランスジェンダーやノンバイナリー(※2)の子どもにとっての人権侵害です。

その一方で学校は、「ジェンダーブラインド」といって、ジェンダーによる差別や偏見が本当はあるのに、ないものとして扱う一面があります。その結果、教師は性別にとらわれず、同じ人として子どもたちに対応します。

※2 自分の性自認が女性・男性という性別のどちらにもはっきりと当てはまらない(または当てはめたくない)あり方

――「性別にとらわれないこと」は、一見いいことのように感じられますが……。

星野さん:しかし、「性別にとらわれない」ことが、見えなくさせている問題もあります。たとえば学校には、授業の合間に「5分休み」がありますが、次の授業の準備や教室を移動するだけで休み時間が終わってしまいます。生理が重い女の子のことは考えられていません。

また、学校で発達特性がある子どものサポートについて話し合う「ケース会議」では、女の子に比べ、男の子の名前が圧倒的に多くあがります。男の子は多動傾向や他害など目立つ特性が出ることが多いためです。

――男の子の方がサポートの必要があるということでしょうか。

星野さんいえ、実はそうではありません。「男子は元気で当たり前」「女子はおとなしくあるべき」というジェンダー規範は、子どもたちの行動そのものを形作ってきました。同じADHDであっても、男子は「落ち着きのなさ」や「衝動的な行動」として表れやすく、女子は「ぼんやりしやすい」「内向きになる」「気分が落ち込む」といった形で表れやすいのは、その規範の影響と切り離せません。

そしてADHDの診断基準は、外から見てわかりやすい男子の特性をもとに作られてきました。そのため、目に見えにくい女子の困難は見逃されやすいのです。

「誰を支援するか」という判断そのものに、最初からジェンダーの偏りが組み込まれているとも言えます。その偏りは、先生や支援者の見方にも無意識に影響し、女子が静かに発しているSOSを見えにくくしています。

――男子を基準とした仕組みや性別による思い込みにより、女子は支援につながりにくいという格差が起きているのですね。

星野さんそして、その支援の多くを担っているのは、非正規・低賃金で働く女性の支援員たちです。学校が落ち着いて回っているのは、彼女たちの働きがあってこそです。それにもかかわらず、その仕事は軽く扱われがちです。

さらに深刻なのは、こうした光景を毎日見ている子どもたちへの影響です。「自分の衝動性や多動性による”問題行動”は女性が受け止め、ケアしてくれるものだ」という感覚を男子が無意識に学び、周りの子どもたちにも「女性がケア(お世話)するのは当然だ」という空気が静かに広がっていきます。誰も意図していないのに、教室の中で性別役割分担が次の世代に受け継がれていく。私はこのことを、深く懸念しています。

ですから、本当の意味でのジェンダー平等を考えるならば、あえて性別に目を向けて配慮することが必要です。

先ほどお話しした「男子が散らかし、女子が片づけた」エピソードも、ジェンダーの視点を持たないと「個人の思いやりの問題」として捉えられてしまうでしょう。

ジェンダーの視点を持たないと、学校内の性別役割分担や不平等に気づくことができない。

自分より弱い者に対しては横暴な振る舞いをする男の子

――ほかにも気になる子どもの姿があれば教えてください。

星野さん 以前、私が勤務していた小学校で女性教師のお腹を蹴った男の子がいました。彼は、日ごろから男性教師には礼儀正しいのですが、自分より弱い者に対しては横暴な振る舞いをしていました。その都度、注意すると「はいはい、謝ればいいんでしょ」といった態度です。

女性教師を蹴ったところを目撃した私は強い口調で「A先生(屈強で怖い男性教師)にはしないよな? 弱い相手を選んで暴力を振るったんだよな?」と猛烈に叱りました。彼は、私の剣幕に圧倒されて泣きだしました。

その男の子は、クラスメイトや教師に対してマウンティングし、序列をつけるなどのふるまいをしていた。

――彼はなぜ、女性教師を蹴ったのでしょうか。

星野さん自分より弱い者に対しては横暴な振る舞いをする彼の言動は、家庭環境が影響していました。暴力は上流から下流へと流れます。上流は力が強い者で、下流は力が弱い者です。彼も家庭内では、力が強い父親から暴力を振るわれている被害者でした。溜まったうっぷんを下流へと流していたんです。

ただ、このとき私が彼にしたのは、男性性に頼ったアプローチで、パワハラとも言えるものでした。このことを思い出すたび、罪悪感と恥ずかしさでいたたまれなくなります。

星野さん自身も、子ども時代は父親に暴力を振るわれていた

――親の影響は大きいですよね…。

星野さん私の父はDV加害者で、私は母が殴られているのを見て育ちました。当然、子どもである私も父の暴力に日常的に晒されて育ちました。

物心ついたころから父は家庭で荒れるようになり、私の言動で気に障ることがあると怒鳴って、私を殴りました。母が私のことを必死に守ろうとすると、父は母に対して「出しゃばるな!」と怒鳴りつけました。家庭の中で、母も私も逃げ場はありませんでした。

子どもは親の姿を見て育つことを忘れないで

――星野さんの子ども時代のことは、著書でも触れられていて、読んでいて心が痛みました。ジェンダー教育は学校の授業で行うイメージがあったのですが、土台を作るのは家庭でしょうか。

星野さんジェンダー教育の土台は、暴力と抑圧がない、安心で安全な家庭環境の中で築かれます。子どもは親の姿を見て育つということを忘れないでほしいと思います。

――後編では、家庭で性別役割分担をなくすためのアプローチや、幼児期からできるジェンダー教育について伺います。

著書をチェック

星野俊樹 時事通信社 ¥1,870

子どもの頃から、スポーツが得意ではなく、女の子とおしゃべりをするのが好きで、「男の子ならふつうは〜」という言葉に息苦しさを感じてきた著者。生きづらさを抱えてきた著者が、学校に根づく性別役割分担などの「ふつう」に疑問を投げかける、教師と子どもの実践物語。

お話を伺ったのは

星野俊樹 ジェンダー教育実践家

1977年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、出版社勤務を経て、小学校教師に転身。公立小学校勤務を経て、京都大学大学院教育学研究科に進学。修士課程を修了。修士号を取得後は、その後、私立小学校で勤務。教員歴は20年。2025年3月末に退職し、現在は教育とジェンダーなどをテーマに、執筆や講演など幅広く活躍。

取材・文/麻生珠恵

今回の記事で取り組んだのはコレ!

  • 5 ジェンダー平等を実現しよう

SDGsとは?

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