・杉浦あきえ:モンテッソーリ教師

・夫:同じ年で多趣味
・長女:10歳(2016年生まれ)、何かを考えたり言葉にしたりすることが大好き
・次女:4歳(2021年生まれ)、天真爛漫でおしゃべりが止まらない
目次
寝ようとするタイミングで、なぜか大体始まる姉妹喧嘩
「さあ、そろそろ電気を消そうか!」
1日の終わり。家族みんなで寝室に入り、あとは眠るだけ。
「ああ、今日もお疲れさま! みんな、おやすみ」
そう言って電気を消そうとした、そのとき。
「ねえ! やめて! ここに来ないで!」
長女の声が響く。
「やめて〜! 勝手にどかさないで〜!」
「あたしも、ママの隣で寝たい!」
次女も負けていない。
始まった。今宵も、始まった。
寝ようとするタイミングで、なぜか大体始まる、寝室での姉妹喧嘩。
もちろん、喧嘩は寝室だけではない。朝食を食べているダイニングで。楽しく遊んでいたはずのリビングで。楽しく出かけていたはずの車の中で。「どっちが先に降りるか」をめぐって、エレベーターの中で。
寝る前は、みんな疲れている。眠い。姉妹喧嘩がヒートアップしやすい条件が、きれいにそろっている。何がきっかけだったのかはわからない。寝転んでいる長女と私の間に次女が入ろうとして、長女がそれを阻止しようとしている。
「ああ、いつものか」
心の中でそうつぶやきながら、少し様子を見る。
「ねえ! この布団も使わないで!」
「やめてー!」
声は少しずつ大きくなる。二人とも、自分の言いたいことを相手の言葉に重ねていく。どちらも負けじと語尾が強くなり、お互いの言葉が火に油を注いでいく。
私の本音を言えば、もう寝たい。
子どもたちに寝てほしいというより、私が寝たい。もう、目が閉じそう。
「そんなことで毎日喧嘩しないで」
「いつもこうなるなら、別々に寝ようよ」
早くこの場を収めるための言葉が、頭にいくつも浮かぶ。

でも、私が娘たちの喧嘩のときに、大切にしたいと思っていることがある。手が出ているわけでも、相手を傷つけるような言葉が出ているわけでもないときには、もう少しだけ見守ってみること。
一方で、身体や言葉の暴力があれば、もちろんすぐに入る。力の強い方、言葉の達者な方が勝つ「何でもあり」の状態は、子どもたちの不安や混乱につながってしまうから。
ベッドに横になったまま、真横で起きている争いを聞いていると、
「ねえ! ママ!」
助けと怒りにあふれた声で呼ばれた。
「どうしたの?」
知っているけれど、そう聞いてみる。すると、二人の口から言葉が飛び出す、飛び出す。われ先にと、自分の側から見えていたことを話し始める。こんなふうに姉妹喧嘩に入るとき、私がイメージしていることがある。
どちらが正しいかを決める裁判官ではなく、絡まった状況や思いを、1つずつ整理する人としてかかわること。私としては、「交通整理をする人」というイメージに近い。
交通整理、スタート
まず、一人ずつ話を聞く。
「何があったの?」
そう聞くと、二人から出てくる話は驚くほど違うことがある。大人から見れば、「いやいや、それはちょっと自分に都合よく変わっていない?」と思うこともある。途中で訂正したくなったり、「本当にそうだった?」と聞きたくなったりもする。
それでも、まずは最後まで聞く。ここは少し、耐えどころ(笑)。どれほど正しいことでも、その子の気持ちが受け止められる前には、なかなか届かないから。
長女が話し始める。
「私がね、こうやって…」
すかさず次女が言葉を重ねる。
「あのね! ねえ、ママ! あのさ!」
「今は〇〇ちゃんが話しているから、待っていてね。終わったら、あなたも話せるよ」
長女の話を最後まで聞いたら、次女の話も同じように聞く。
「あなたには、こう見えていたんだね」
「あなたは、こうしたかったんだね」
「ここが嫌だったんだね」
二人の話が食い違っていても、すぐに正しい方を決めない。まずは、それぞれに見えていたものと、それぞれの思いを並べてみる。
それから、「じゃあ、どうしようか」と投げかける。二人から出てくる意見を整理して、選択肢にしてみる。それでも決まらなければ、「こうするのはどう?」と私から提案する。この日は、私の提案で二人とも納得し、眠りにつくことができた。
ただ、こんな日はまれ。10回に1回、あるだろうか。
二人とも満足して眠れる日もあれば、一人が怒ったまま眠る日もある。次女が泣き、長女が寝るのを待ってから、次女の話を聞く日もある。
喧嘩が起きること自体が、きょうだいの関係が悪い証拠でも、親のかかわり方が足りない証拠でもないと思う。
人と一緒に生きていれば、すぐにはわかり合えないこともある。少し不満を残したまま、いったん離れることもある。それでも翌日には、また同じテーブルでご飯を食べ、いつのまにか隣で遊び始める。
きょうだい喧嘩をなくすことが、親の役割ではないと思っている。
どちらが正しいかを決め続けたり、毎回きれいに仲直りさせたりすることでもない。
危険なこと、してはいけないことには線を引く。そして、二人の中で絡まってしまった気持ちを、少しずつほどく手伝いをする。
裁判官ではなく、交通整理をする人として。
もちろん、いつも落ち着いて話を聞けるわけではない。「もういいから寝ようよ!」と言って、見守っている間に私が先に寝てしまうこともある。娘たちの「もう! やめて!」という大きな声で目を覚まし、
「えええ! まだやってたの?」
と驚愕する夜だってある。それも、一度や二度じゃない。
いつも完璧な対応をするのは難しい。それでも、子どもたちが自分の気持ちに気づき、言葉にして、誰かに受け止めてもらう。そんな経験を少しずつ重ねていけたらいいなと思う。
だから、いつもベストでなくていい。その日にできる、ベターなかかわりを選んでいきたい。
夏休み。いつもより一緒に過ごす時間が長くなれば、ぶつかる回数も増えるかもしれない。
「もう、今日何回目?」
そう思ったときには、きれいな仲直りまでたどり着かなくてもいい。危険なことを止め、それぞれの話を聞く。そこまでできたら、今日はそれで十分なのかもしれない。
今夜もどこかで、同じように子どもたちの間を交通整理している人がいる。
そう思いながら、私もまた、自分らしくベターを重ねていきたい。
前回の話はこちら
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プロフィール
国際モンテッソーリ教師(AMI)
幼稚園教諭、保育士、小学校教諭。二児の母。
幼い頃から夢見た保育職に期待が溢れる思いとは裏腹に、現実は「大人主導」の環境で、行事に追われる日々。そのような教育現場に「もっと一人ひとりを尊重し、『個』を大切にする教育が必要なのではないか」とショックと疑問を感じる。その後、自身の出産を機に「日本の教育は本当にこのままでよいのか」というさらなる強い疑問を感じ、退職してモンテッソーリ教育を学び、モンテッソーリ教師となる。「子育てのためにモンテッソーリ教育を学べるオンラインスクール Montessori Parents」創設、オンラインコミュニティ”Park”主宰。著書に『モンテッソーリ教育が教えてくれた「信じる」子育て』(すばる舎)、『モンテッソーリ流 声かけ変換ワークブック』(宝島社)、『子育ての「引き算」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『子育ての“イラッ”“モヤッ”を手放す本』(小学館)。
Instagram @montessori_akie
Voicy モンテッソーリ子育てラジオ
公式HPは>>こちら
イラスト/カラシソエル
