子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。
たんぽぽのうた1 機嫌のいい母でありたし
機嫌のいい母でありたし無農薬リンゴひとかけ摺りおろす朝
子どもの環境で一番大事なのは「おかあさんの機嫌がいい」こと
離乳食を作っていたころの歌だから、もう、3年近く前のことだ。けれど、この「機嫌のいい母でありたし」という思いは、今も変わらない。いや、変わらないどころか、日々強くなっている。子どもの環境を考えるとき、大事なことはさまざまあるだろうけれど、「おかあさんの機嫌がいい」というのが、一番ではないだろうか。
たんぽぽのうた2 あの赤い花がつつじで
あの赤い花がつつじでこの白い花もつつじと呼べる不思議さ
自分のなかに「子どもの目」が宿ることで気づく世界の新鮮さ
「あのおはなは、なあに?」
「つつじっていうんだよ」
「このおはなは?」
「これも、つつじだよ」
子どもに教えながら、自分自身が一瞬、とても奇妙な感覚に見舞われた。だって、「あのおはな」は燃えるようなピンク色だし、「このおはな」は雪のような白なのだ。目にしている姿がこんなに違うのに、両方とも「つつじ」だなんて。子どもにすれば、「あかいはな」「しろいはな」のままのほうが、よほどわかりやすいのではないだろうか。
逆にそれまでの自分は、その両方をつつじと呼ぶことに、なんの不思議さも感じていなかった。こういう不思議さを持てなくなることが、大人になるということなのだろう。そして、こういう不思議さに再びめぐりあえるということが、子どもと過ごす時間の醍醐味なのだ、という気がする。
もう一度、自分のなかに「子どもの目」が宿る。その目で世界を見る。それは、とても新鮮なことだ。
俵万智『子育て歌集 たんぽぽの日々』より構成

短歌・文/俵万智(たわら・まち)
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。https://twitter.com/tawara_machi
写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)
写真家。1977年生まれ。 長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。亜紀書房ウェブマガジン「あき地」にて『山と獣と肉と皮』連載中。ブログ: http://adublog.exblog.jp/
タイトルイラスト/本田亮