Life is Tech(ライフイズテック)の讃井康智さんによる連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。第5回の新時代教育のキーマンは、サイエンス教育をリードするリバネスCTOの井上浄さんです。リバネスが取り組むサイエンス教育で、子どもたちはどのような学びを得ているのでしょうか。中編では「研究」をキーワードに詳しくお聞きしました。
研究は、わからないことを調べること
讃井 普通、研究というと大学か企業の研究所をイメージしますが、立派な施設や機材がなくても、研究はできるのですか?
井上 できます!映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観たことありますか?ドクがタイムマシーンを作る場所、あの場所は自宅のガレージです。考えれば、グーグルもマイクロソフトもガレージでスタートしたわけです。
研究というと、当然設備の整った研究所でなくちゃ、と思うかもしれないけど、自宅のキッチンでもバイオの実験(注1)はできるんですよ。洗剤は界面活性剤で、台所には水道や調理用具もある。だからDNAの抽出はキッチンでできちゃうんです。
讃井 なるほど!研究所のハードルを高く捉えていました。きっと子どもたちも我々保護者も「研究したいなら大学院に行かないとなあ」と思っている人が多いと思います。
井上 そういうイメージで子どもたちに接すると、彼らは研究所に来ないと最先端の研究ができないと思っちゃうじゃないですか。でもそんなことは全然ないんですよ。家でできる実験もたくさんあります。研究は、わからないことを明らかにすることです。世の中はまだわからないことで溢れていますから。
讃井 キッチンで実験ができると考えたら、子どもたちも研究をすごく身近に感じられますね。
注1)キッチンでDNAを抽出する?!驚きのバイオ実験【ディスカバリーチャンネル】>>
井上 そうなんですよ。ぜひやってみてほしいですね。
「超異分野学会」それもまた研究所
井上 研究所は場所でもあるんですが、もうひとつ、僕は概念としての研究所というものもあると思っています。リアルの場所はなくても人が集う、ネットワークのようなものです。
面白い研究をしている人同士が出会ったり、分野を超えてつながることで、さらに面白いことが起きるのも研究の魅力です。リバネスの「超異分野学会」でも、人がどんどんつながることで本当に面白い化学反応が起きています。
その化学反応を楽しんでいる大人を見て、なんだか楽しそうな大人がいるなと思ってもらって、子どもたちも広い意味での研究所にどんどん巻き込んでいきたいですね。
讃井 「超異分野学会」というのは究極のエコシステムですね。研究者同士の交流によってもっとおもしろい研究が生まれるし、そこに将来的に子どもたちが入ってくると、面白い研究が続いていく。このシステムが繋がっていけば、リバネスの「科学技術の発展と地球貢献を実現する」というビジョンへの道筋がしっかりと見えてきますね。
ワクワクすることが研究の原点
手が震えたあの瞬間
讃井 井上さんが「世界で初めてのことが知れるって面白い!」と研究の面白さに気づいたのはいつですか?
井上 いい質問ですね〜(笑)。父が研究者だったので、よく小さい頃にラボに連れて行かれて昆虫の死骸なんかを顕微鏡で見てました。だから、刷り込みはあったと思います。でも本当の面白さに気づいたのは、子どもの頃ではなくて、そのずっとあと、大学4年生のときです。
僕は大学では免疫が専門で、アレルギーに関する実験をしていました。まず自分の分野の論文をしっかり読むと世界の端っこ、つまり最先端は見ることができます。その上で誰もまだ発見していないことを検証しようと思いました。そして、仮説を立てていざ実験です。ついに結果が出るという瞬間に、実験操作をする手が震えてたんです。夜中の3時ですよ(笑)「なんだこの感覚!」ってなりましたね。それが僕の原体験です。
目の前で、これまで明らかでなかったものが明らかになる瞬間を味わう体験は大きかった。これを元に設計する研究計画は僕にしかできない、そう思うと恍惚感ですよね(笑)
讃井 聞いているだけでワクワクしますね。僕も研究者の端くれだったので、よくわかります。
今も、ライフイズテックで子どもたちの学びや成長を見る中で、今まで明らかになっていなかった発見があるとワクワクします。例えばですが、今の中高生が自由にパソコンやインターネットを使い、プログラミングなどのスキルを習得すれば、どんなアウトプットが出せるようになるのか、私達上の世代の大人は知らないのです。前例がないので。
また、現代のICT環境の中で、特性を持った子どもたち(知的障がいや聴覚障がいなど)がプログラミングやデザインを学ぶとどんな変化が起こるのかも、まだ未知なことが多くあります。
そういった、まだ明らかになっていない領域で、実験的な教育の仕事をできていること。それが私の研究者としての好奇心を満たし続けてくれています。
夢中になることが研究の第一歩
讃井 夢中というのは研究のひとつのキーワードですよね。夢中になることを続けていくと、研究になるかもしれないし、仕事につながるかもしれない。夢中になっている子に対して気をつけていることなどはありますか?
井上 夢中になっている子は放っておけばいいでしょ!聞かれればアドバイスしますけど、子どもは放っておいてくれと思っていますよね。夢中になれれば大丈夫!
讃井 私もそう思います。だから、夢中になっている子に対して、大人は細心の注意を払うべきだと思っています。
例えば、ライフイズテックのアプリコースでは、一つ目のテキストで作るアプリとして時計アプリがあります。すぐ作り上げて、二つ目のテキストに進む子がいる一方で、デザインにものすごいこだわりを見せる子は、時計の数字画像作りに、数時間かけることがあります。複数の画像を組み合わせたり、独自のフォントを作り出したり、自分で書いたイラストを取り入れたり、あっと驚くような作品が生まれてきます。
しかし大人が、テキストを早く進めることを習熟の目安と考えていると「隣の子は三つ目まで終わっているのに、あなたはまだ一つ目じゃないの」と言ってしまうかもしれない。
でも、こだわりを持って、時計の数字一つにそこまで夢中になれるって、素晴らしいことじゃないですか。
夢中になっている瞬間を大切にしていないと、その先の探究の広がりや本人が大事にしたいことを見失ってしまうと思います。
井上 学校や教室にはルールがありますからね。そのルールの功罪には注意が必要です。ただ、僕は今の教育は必ずしもダメだとは思っていなくて、研究や探究するための筋トレにはすごくいい仕組みになっているとも思っています。
讃井 研究のための筋トレとは?
井上 研究に夢中になっている中で、わからないことがあって行き詰まったときに、すでにわかっている知識や解き方を活用すれば解決できることがあります。受験が目的になるとどうしても学ぶ方向性が偏ってしまうけど、学校や教科書の学習は研究にとっても大切なんです。学校は知識を習得して、さらに学び方も教える場所であればいいなと思います。
讃井 そうですね。知識は課題解決の引き出しにもなります。知識があるから課題発見できることもあります。僕は地理が好きなんですが、地理で得た知識を持ってあちこちを訪れると、地形の特徴、気候の違いに起因する文化の違いなどいろんなことに気づけて、さらに感動が広がります。知ることがワクワクのスタートになるんです。
井上 ある高校で生徒たちに「ワクワク感と関連が強いものは何か」を調べる目的でアンケートをとったのですが、その回答の1位が「知的好奇心」という結果だったんですよ。知るという行為は、デフォルトで人間にワクワク要素としてインプットされているんだなと。
研究がワクワクする「パルプンテ」要素
讃井 学校の学びの中には、ワクワクが足りてないのでしょうか。
井上 「パルプンテ」ってわかります?ドラゴンクエストに登場する呪文なんですが、唱えてみても何が起こるかまったくわからないという魔法なんです。たぶん、学校の学びの中にはこの「パルプンテ」要素が少ないんですよね。
讃井 わかるな〜(笑)ちなみに私は、仕事でも人生でも「パルプンテ」要素が少しあったほうがいいタイプです。不確実性を残した方が、予定調和じゃない面白いことが起こる気がします。
井上 それは大変な人生かもしれない(笑)。僕は「パルプンテ」の質にはこだわりますね。リバネスで続けている活動の中でも、ずっと同じことをやっているわけじゃなく、メンバーが常に新しいことを仕掛けています。
子どもたちの学びでいえば、答えが一つに絞られる受験やテストが目的になると「パルプンテ」は起きない方がいいわけです。でも研究が目的の時には「パルプンテ」要素があることで、わからないから想像するし、想像するからワクワクしますよね。だから、学びの中の「パルプンテ」は大切な要素だと思います。
後編に続く
▼前編はこちら
リバネススクールNESTラボは全国から受講できます!
株式会社リバネスの運営するスクールNEST LAB.(ネストラボ)は、小中学生のための研究所です。自分の好きなものや興味のあることを追求し、社会の課題と結びつけて、チームで研究活動を実践します。「好きを究めて知を生み出す」ことのできる子どもたちが形にはまらず、挑戦し続けられるような基礎を養います。
プロフィール
井上 浄
博士(薬学)、薬剤師。大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。博士課程を修了後、北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教を経て、2015年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授、2018年より熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等に携わる研究者。
讃井 康智
東京大学教育学部卒業後、リンクアンドモチベーションでのコンサルタント勤務を経て、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。学習科学の世界的権威、故三宅なほみ東大名誉教授に師事し、全国の学校や保育園での協調的・創造的な学びづくりを支援。
2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。
現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。生まれも育ちも福岡という地方出身者として、首都圏と地方の「可能性の認識差」を埋めるべく全国を奔走中。
文・構成/HugKum編集部