奈良時代から使われている「うまい」は味覚以外の使い方も。「おいしい」は…
現在では、「うまい」より「おいしい」の方が、丁寧で上品な言い方だと受け止められているかもしれません。
どうしてそのようになったのかというと、この2語は成り立ちがかなり違うからです。
「うまい」はけっこう古くからあることばで、日本最古の歌集『万葉集』でも使われています。
たとえば、あなたの心が忘れられないので、「飯(いひ)はめど うまくもあらず〔=ご飯を食べてもおいしくないのよ〕」という歌があります(巻16・3857)。現在でも恋い慕うあまり、食が進まないということはあると思いますが、それです。
また、「うまい」には「おいしい」にはない、「絵がうまい」「仕事の進め方がうまい」のように、上手だ、手際がよいという意味もあり、この意味も古くから使われていました。
「おいしい」は、宮中で女性が使う言葉だった
一方の「おいしい」は、最初から「おいしい」の形だったわけではありません。もともとは、「いしい」の形で使われていました。「いしい」は、よい、好ましいという意味です。これが味がよいという意味の女房詞(にょうぼうことば)として使われ、さらに接頭語「お」が付いて「おいしい」になったのです。女房詞とは、室町時代初期ごろから宮中に仕えていた女房たちが使っていた一種の隠語のようなもので、主に食べ物や体に関することに用いたそうです。
つまり、「おいしい」は女性が使う言葉だったわけです。現在でも女性の方が「おいしい」を使うことが多いのは、そのためかもしれません。
「美味しい」は当て字です
なお、「おいしい」を漢字で「美味しい」と書くのは当て字です。「美味」は「びみ」ですが、「うまい」もこの字を使って「美味い」と当てます。
記事執筆
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。