最強最悪のスーパー塾講師・黒木蔵人がテレビに降臨
日テレで、ドラマ『二月の勝者−絶対合格の教室』(毎週土曜日22時)が始まった。原作は累計200万部突破の大人気中学受験漫画。もともとは2020年7月に放映開始の予定だったが、コロナ禍で撮影が延期になっていた。原作のファンからしてみれば、待ちに待ったドラマ化だ。
この連載では、ドラマ放送前日の毎週金曜日に、前回のあらすじとそこに登場した中学受験基礎知識をおさらいをする。原作を読めばその後の展開はある程度予測できてしまうのだが、ドラマと原作の違いにも注目しながら、ドラマのさらなる見どころに迫る。
さて、主人公であるカリスマ塾講師・黒木蔵人のテレビ画面への登場は、原作以上にインパクトがあったのではないだろうか。とにかくひどいセリフのオンパレードだった。
「合格のために、最も必要なのは……父親の経済力と母親の狂気」
「金脈をゲットする最大のチャンスです」
「この時期の入塾希望者は、まさにネギを背負ってやってくるカモ。金のなる木です!」
「佑星さんは、平凡な子ですね」
「ここは、子どもの将来を売る場所です」 ……etc.
セリフ自体は原作ほぼそのままだが、ドラマでは、主演の柳楽優弥さんの怪演も相まって、辛辣ぶりが濃縮されていた。原作を知らず、ドラマの初回放送を見ただけの視聴者は、「え、こんなひどい話なの?」とドン引きしたのではないだろうか。
前回のこの連載のでも、原作者の高瀬志帆さんはこんな不安を吐露してくれていた。「物語の構造上、主人公の『真意』がすぐにわからない構成になっているのは原作もドラマもいっしょ。なので、辛辣で赤裸々なセリフ・表現が、そのまま額面通りに伝わってしまうことの怖さはあります」。
一方で、注意深くドラマを見ていた視聴者は、黒木のもつ別の一面が顔を覗かせる瞬間を見逃さなかったはずだ。その全容がわかるとき、この物語が単に中学受験をテーマにしているわけではなく、ましてや「勝ち組」「負け組」なんてせこい概念を助長しようとしているのではない、むしろその逆であることがはっきりするに違いない。初回放送を振り返ろう。
凡人こそ中学受験すべき理由とは?
黒木は、最難関校の合格実績で他塾を圧倒する中学受験塾「ルトワック」のエース講師だった。しかしなぜか中学受験塾としては二流といわれる「桜花ゼミナール」吉祥寺校に移籍する。そこに中途採用の社員として配属されたのが、井上真央さん扮するもう一人の主人公・佐倉麻衣。
原作では佐倉は新卒だが、ドラマでは元中学校教師という設定だ。中学校勤務時に部活指導と進路指導の葛藤を経験し、それが強烈なトラウマとなっている。その経験がある分、新卒社員という設定よりもさらに強く黒木に対する反発を感じるはずだ。それが今後のドラマの展開にどう影響するのかも楽しみだ。
すでに新6年生(実際にはまだ小5だが、塾の年次では小5の2月から6年生扱いされる)になっている三浦佑星君が母親に連れられて桜花ゼミナールにやってくる。手にはサッカーボールを持っている。通常、中学受験対策は新4年生から3年間をかけるが、この時期からで遅くないかと心配する母親に、黒木は「私が責任をもって志望校に合格させます」と豪語する。
しかしその数日後、体験授業を終えた佑星君の両親が、桜花ゼミナールに突然押しかける。桜花のせいで、佑星君がサッカーをやめると言い出したことに、サッカーチームのコーチでもある父親が激高したのだ。そこで黒木は不敵に笑う。「ここが勝負どころです。ATMから金を引き出せるかどうか」と。
怒りをあらわにする父親に黒木は、テストの成績を見て「佑星さんは、平凡な子ですね」と言う。さらに黒木は塾の屋上で佑星君とリフティング対決をし、打ち負かし、佑星君を教室に返した後で、「(サッカーでも)平凡ですね」と父親に告げる。父親の怒りをいなして黒木は続ける。「凡人こそ中学受験すべき」と。
理屈はこうだ。サッカーチームに所属する小学生の人数に対してプロになれる人数は0.08%。しかし首都圏の中学受験者数4万人強のうち、最難関である男女「御三家」の合格者割合は約4%。さらにその他の名門私立まで含めれば約1割に席がある。サッカーよりも中学受験のほうが、トップクラスに食い込む可能性は高いというわけだ。
そんなのは詭弁だという父親に、黒木はたたみかける。「そもそもなぜ小6でサッカーを中断させたくないのに、高校入試でサッカーを中断することを良しとするのでしょうか。中学受験をすれば15歳の伸び盛りに部活を中断せずに打ち込めます」。
塾から帰宅した佑星君は、開口一番、自分がリフティング対決で負けてしまったことでお父さんががっかりしていないかを母親に聞く。佑星君がこれまでサッカーのコーチである父親からの期待をひしひしと感じ、必死にそれに応えようとていたことがわかるシーンが、このほかにもいくつかあった。
父親の心境の変化は、ドラマではわりとあっさりと描かれている。しかし原作では、次のようなセリフがある。
「『大きな夢を持って頑張れ』って長年言ってきたのに、今更どうやって、『そろそろ現実見よう』って言える? みんなどうやって、『“夢”は“夢”でした』って受け入れられるんだ…? もしかしたら俺は、誰かに代わりに言ってもらえて、ホッとしているのかもしれないな…」。
親だからこそわが子に期待する。でもときに、その期待がひっこめられなくなることがある。それは中学受験でもサッカーでも同じことだと、このシーンが示唆している。
翌日、佑星君の入塾が正式に決まる。佑星君は佐倉に、中学受験が終わるまで少しの間サッカーを中断することと、そう決心できた理由が黒木のひと言にあることを快活に伝える。
初めて佑星君が塾でのオープンテストを受けたとき、その答案用紙を見た黒木が、「この答案は、解こうと粘ったのがよくわかる答案です。スポーツか何か、長い期間取り組んできたものがあるんでしょう。粘って頑張った経験のある人は、受験でも強いですよ」。この言葉が「すっごく嬉しかったんだ」と佑星君は目を輝かせる。これが、黒木の本質がちらっと見える瞬間だ。
新米講師・佐倉を苦しめる公立中学教師としての過去
原作にはないドラマ上の設定に、桜花ゼミナールの講師の憩いの場としてのボウリング場「井の頭ボウル」がある。そこで、佐倉が同僚の桂歌子(瀧内公美)に公立中学校でのダンス部の顧問としての過去を打ち明ける。
大事なダンス大会とキャプテンの志望高校の推薦入試が重なり、佐倉はキャプテンに高校入試を優先させる。大会ではボロ負け、なんと推薦入試でも不合格。「あんたのこと一生恨んでやる」と佐倉に詰め寄るキャプテン。
勘のいい視聴者はさきほどの黒木のセリフとの関連に気づいただろう。「中学受験をすれば15歳の伸び盛りに部活を中断せずに打ち込めます」。12歳での中断と、15歳での中断の、どちらが子どもにとって良いのかは、結果論でしかわからない。しかし、単に目先の中断を避けるために中学受験を回避することには、リスクもあることをこのエピソードは教えてくれる。
ボウリング場でのラストシーンで、佐倉の心の声が視聴者には聞こえる。「あの時どうすればよかったのか。今でも答えが見つからない……。あの塾は私の居場所じゃない。私はそう思っていた−−。なのに、いつの間にか、もう一度前を向こうとしている自分がいる……。あの塾で、何か見つけられそうな気がしている……」。
視聴者もこのドラマを通じて、合格を得るだけではない、中学受験を選択する本当の意味を見つけられるはずだ。
次回予告では、加藤匠くんの両親が「中学受験をやめたい」と言い出すシーンが映し出されていた。さらに佐倉が「できない子どもの気持ちがわからないんですか?」と黒木に詰め寄るシーンも。もちろん黒木はいずれにも動じない。中学受験にかかわるひとたちの感情の荒波に、常に冷静沈着な黒木はどういう理屈で対応するのか……。
答え合わせは次回以降の放送をお楽しみに。でも先に答えが知りたいひとには、コミックを開くという手もある。「解答・解説」を見るのは、中学受験生には禁じ手だが、ドラマ視聴者には大歓迎だ。きっとドラマ視聴がますます楽しくなる。
初回ドラマを見逃したというひと、もう一度見たいひとは、ネットサービス「TVer」で、10月23日21:59まで視聴可能だ。ドラマ公式ホームページでは「第1回」のダイジェスト動画が見られる。「第2回」を予習したいひとは、「次回予告」をどうぞ。
文/おおたとしまさ
『二月の勝者 -絶対合格の教室-』第2話は10月23日(土)夜10時より放送/日テレ系列
第1回目連載はこちら
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ビックコミックスピリッツで大ヒット連載中の中学受験漫画『二月の勝者-絶対合格の教室-』と気鋭の教育ジャーナリストのコラボレーション。「中学受験における親の役割は、子どもの偏差値を上げることではなく、人生を教えること」と著者は言います。決して楽ではない中学受験という機会を通して親が子に伝えるべき100のメッセージに、『二月の勝者』の名場面がそれぞれ対応しており、言葉と画の両面からわが子を想う親の心を鷲づかみにします。