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子どもも指導者もいないため部活動が成立しない
「部活動の地域移行」という言葉をご存じですか? 2022年(令和4年)にスポーツ庁で提言された動きで、公立学校における運動部の部活動を外部の指導者にもっとお願いしていこうという話です。
しかし、現実問題として、極端な過疎地域や離島などでは、地域で指導者を探そうにも、なかなか見つからない現状があるようです。
例えば、沖縄県渡嘉敷村のケースを見てみましょう。渡嘉敷村とは、沖縄本島の西の沖合に浮かぶ慶良間列島の離島です。県庁所在地の那覇とフェリーで結ばれているので、沖縄旅行の離島巡りで訪れた人もいるかもしれせん。
島の人口は700人弱。2021年(令和3年)の1年で村内の出生数は7人でした。このような規模の自治体では、地域に指導者を探すどころか、部活の設置・存続すら容易ではありません。
渡嘉敷村に暮らす中学生によれば、空手などは島内で習えるものの、学校の部活動と言えばバドミントン部の一択だと言います。子どもも指導者もいないため、他の部活動が成立しないのですね。
普通なら用意できない部活動の機会
その渡嘉敷村にある学校で、ある「部活動」の実証実験が行われました。
旅行会社の近畿日本ツーリスト株式会社が主体となり、株式会社NTTe-Sports・エイベックス・マネジメント株式会社とタッグを組んで、部活動の選択肢が豊富に用意できない過疎地域に対し、eスポーツとダンスで「オンライン部活」を行ったのです。
eスポーツに関しては、各国にプロリーグが存在し、1億人以上の競技人口が世界に存在する人気オンライン対戦ゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』をテキストに、東京の強豪校の指導者が、東京にいながらリモートで全8回の特別レッスンを地域の公民館で提供します。
ダンスに関しては、AKB48の振付にも参加したプロ講師が、同じく東京にいながら全8回のダンスレッスンをリモートで実施します。
「AKB」だとか「eスポーツ」だとか、離島の学校どころか普通の学校でも関わるチャンスのほとんどない内容の部活動ではないでしょうか。
現代のテクノロジーが成立させた画期的な出来事
「オンライン部活」のリモート見学会が先日開催されたので筆者も見学させてもらいました。
過疎地域に限らず、現状の部活動が生徒の潜在的なスポーツニーズに必ずしも応えられていない、と一部で指摘されています。
そんな中、沖縄の離島に暮らす子どもたちが「あのエイベックスの」ダンサーであり「AKBの振付も担当した」プロから地域の公民館でダンスを習えている状況は、現代のテクノロジーが成立させた画期的な出来事に見えました。
オンラインでなくてもダンスは、人前で体を動かす恥ずかしさもあるはずです。現地指導(対面指導)を前提としない中で、どのように講師との距離を縮めたのか生徒たちに聞くと、
との話。この取り組みが、全国津々浦々で継続的に可能となれば、部活動の世界に輝かしい変化が生まれそうです。
チャレンジングな技術的課題もある
もちろん現状で「オンライン部活」にもチャレンジングな課題がいろいろあるとの印象を受けました。
そもそも、近畿日本ツーリストが取り組もうとしている部活動支援のビジネスモデルには、大きく分けて2つの柱があります。
1つが、外部の協力企業と学校をつなげてダンス部やeスポーツ部などの「オンライン部活」を全国に提供する取り組み。
もう1つが、サッカー部や野球部、バドミントン部など既存の部活の運営を代行して(部活動運営事務局を代行して)、学校と指導者、保護者の橋渡しをする取り組みです。
筆者が見学した内容は、前者の「オンライン部活」の部分でした。
その「オンライン部活」も、ダンスやヨガ、茶道、語学などのように、教える側と学ぶ側の立ち位置が固定したレクチャーであれば、現状のWeb会議システムのようなツールを使うだけでも成立します。
しかし、サッカーやバスケットボール、サバゲーのように、実際に人が入り組んで動く流れの中、空間的にも大規模に展開する活動については「オンライン化」に壁がある印象を受けます。今後増やせる「オンライン部活」のバリエーションは、現在の配信サービスを前提とすると意外に少ないのではないかと、近畿日本ツーリスト・NTTe-Sportsに聞くと、次のような回答がありました。
「新しい分野では『動画制作』や『お笑い』などのテーマも、部活として実現できると考えています。今の生徒が『この部活なら入りたい』と思えるような部活動、これからの未来に必要な、社会に出た時に自身のためになるような部活動を提供していきたいと考えています。
既存の部活(のオンライン化)にしても、写真部・歴史部などの文化部も可能で、現状のオンラインソリューションでは、わずかな時差ができてしまうため実現が難しいとされる、複数箇所での合同の吹奏楽部などにもチャレンジしてきたいと思います」
技術的な課題は百も承知の上で、よりよい未来づくりに挑戦していくのですね。
生徒の選択肢を増やすメリットは非常に大きい
部活動運営事務局の代行についても最初、課題を感じました。
権限・裁量のある地方の各学校の校長が、指導者(部活動指導員や外部指導者)探しの手間を、東京の会社が用意するシステムに頼ってしまえば、人探しや対話・研修の機会を通じて生まれる、地域住人や地域スポーツ団体との交流が少なくなってしまう側面もあるはずです。
言い換えれば「学校と地域が共に子どもを育てる部活動」のあり方が後退してしまう恐れもあるわけです。その点を、渡嘉敷村の教育委員会担当者に聞くと、
「渡嘉敷村の地域コミュニティについては、村のお祭りやイベントなどを行っており、学校から地域ではなく企業さんへ部活をお願いしたとしても、希薄化はないと考えています。むしろ、外部に任せ、生徒の選択肢を増やすほうがメリットは非常に大きいと思っています」
との話。豊かなコミュニティが十分に残っている地域では、部活動については割り切って外部に任せ、子どもたちの選択肢や可能性を増やすほうがメリットになると考えられるのですね。
素晴らしい体験の機会を提供できるかもしれない
極端な過疎の地域で暮らしながらも『リーグ・オブ・レジェンド』を通じて世界を感じられる、あるいは、プロのダンサーに踊りを習えるとしたら、子どもたちの人生にとっては間違いなく画期的な出来事です。
残された問題は費用です。
スポーツ庁の資料を見ると、部活動の地域移行に関して先行して取り組んでいる自治体の例で言えば、指導者(部活動指導員や外部指導者)に支払われている報酬は1時間1,000円~2,000円ほど、場合によっては月に数千円にとどまっています。
児童数が少ない過疎地域の学校ほど、指導者に支払える額には制限があるはずです。そんな実情の中で「エイベックスのダンサー」だとか「東京の強豪校の指導者」級の人を、部活動の指導者として年度単位で本当に確保できるのでしょうか。
その点を、近畿日本ツーリストに聞くと、次のような回答がありました。
「先週末に8回のトライアルが終了し、生徒や保護者に対しアンケートを現在とっています。その中には費用感についての質問項目もあります。回答結果を踏まえて今後、協力企業と、最終的な協議を進める予定です。
経産省の事業『未来のブカツビジョン』には、企業からの希望提供価格として6,000円~8,000円という金額も出ています。このあたりも参考にしつつ、教育委員会さまやその地域の受益者の特性や考え方になるべく沿うよう、実現できる金額をまずは優先的に考え、提示していきたいと思います」
豊かな自然やコミュニティの中ですくすく育つ、感受性豊かな過疎地の子どもたちに、素晴らしい体験の機会を提供できる可能性に満ちた「オンライン部活」やリモート指導の取り組みは、他の場所でも始まっています。
子どもたちの健やかな育ちのために今後も大いに注目したい分野ですね。
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取材・文/坂本正敬 写真/近畿日本ツーリスト
【参考】
※ 部活動地域移行に向けた新たなソリューション 『リモート指導』の全貌に迫る – Footballcoach