自傷行為をしている子どもに出逢ったら?命の大切さを説くよりも大切なこと【児童精神科医監修】

山口先生に自傷行為やその前段階に出ているサインについて教えていただいた、前編に引き続き、今回は、子どもが自傷行為をしたときの対処法や親のケアなどについてお話いただきました。
前編はこちら

子どもが自傷行為をしたときは「TALKの原則」で対応を

我が子がもし、リストカットやさまざまな自傷行為とされる行動をしていたときに、どうしたらよいのでしょうか?

―子どもの自傷行為に気づいたら、親は何をしたらいいのでしょうか?

山口先生:まず、自傷行為はいろいろなストレスに対する、自己治療の方法かもしれないという視点が大切です。

頭ごなしに叱らない

子どもにとっては、つらい状況をなんとか生き延びるための手段かもしれないので、頭ごなしに説教したり叱ったりすることは、むしろ状況を悪化させる可能性があります。

ここで自傷行為をする子どもの対応に有用なTALK(自殺の危険性がある人への対応でよく知られている)の原則をご紹介します。

「TALKの原則」とは

自傷行為に出会ったときに動揺したり思いがけない言葉が出てしまうことは誰にでもありうることです。TALKの原則を事前に知っておくと、いざというときに落ち着いて対応しやすくなります。

Tell:言葉に出して心配していることを伝える。
Ask:死にたい、自分を傷つけたいという気持ちについて率直に尋ねる。
Listen:話を聴く。
Keep Safe:安全を確保する。

アドバイスなどをしようとはしないこと

山口先生:では、「TALKの法則」を詳しく説明していきます。「Tell」では、「自傷行為をするくらいつらいことがあったんだね、教えてくれてありがとう」、「今のあなたのことが心配」と声に出して伝えます。

「Ask」では、死にたい、自分を傷つけたいという気持ちについて率直に尋ねます。そんなことを聞くとその気持ちが余計強くなるのではないかと思われるかもしれませんが、さまざまな研究によって死ぬことについて率直に取り上げても死にたい気持ちは少なくとも増えない、場合により減ることがわかっています。「どういうときに切りたくなる?」「どういうふうに自分ことを傷つけたくなる?」と、尋ね、子どもの話を聴いてみましょう。

「Listen」のポイントは、良し悪しの評価やアドバイスをしようとしないことです。ついつい「なくすにはこうしたほうがいい」などとアドバイスをしたくになりますが、子どもがなぜ自傷行為をすることを大事にしているのか、なぜ自傷行為をするのに至っているのか、純粋な関心をもって、子どものことがありありとわかるように、「ただ聴く」というのが大切です。

「命の大切さを説く」などはNG

やらないのが望ましいことは、「二度と自傷行為しないと約束させる」「命の大切さを説く」などの、子どもにとっての自傷行為の意味を考慮しない言動です。こうした言動によって、相談したいという気持ちが閉じてしまった子どもたちが多くいらっしゃいました。

「Keep Safe」は、死にたい気持ちが差し迫っている場合、自傷行為がどんどんエスカレートする場合などには、ひとりにしないでできるだけそば寄り添い、専門機関などに援助を求めます。Keep Safeは、家族のような子どもの周りの人の安全確保という意味もあります。1人で抱え込まず、周りの人に状況を共有するのが大事です。

自傷行為で医療機関の受診はすべき?

どうにもこうにもいかなくなったら、医療機関の受診を考える人がいる一方、抵抗がある人もいるかと思います。医療機関受診の考え方についても教えていただきました。

―医療機関の受診を考える前にできることは?

山口先生:医療機関を受診したから自傷行為がなおるわけではなく、根っこにあるしんどさがよくならなければ、自傷行為はなくならないことが、前提としてはとても大切だと感じます。医療機関受診前に、TALKの原則の他にできることはあります。

例えば、学校に行かなければいけないというプレッシャーや友人関係、家庭内での葛藤など、環境の調整が根本的には必要な場合も多いです。

―それでも医療機関を受診した方が良いケースは?

山口先生:食べられない・眠れない、自分や周囲への暴力による日常生活の困難感が強く、状況がどんどん悪くなるようなときは、医療機関への相談を急いだほうがよいです。

具体的には下記のようなケースです。

 夜眠れず、昼夜逆転の生活になっている
 ごはんが食べられなくて体重が減ってきている
 周りに対して攻撃的で人を傷つけたり物を壊す

-医療機関を受診するときに注意することはありますか?

山口先生:いきなり、子どもに心のお医者さん(児童精神科)に行くと言うと、子どもは嫌がることがあります。

かといって、身体のお医者さんに行く、ちょっと出かけると嘘をついて連れて行くと、嘘だと分かったときの子どもの傷つきは大きくなります。

児童精神科について事前に説明すること

山口先生:あらかじめ、児童精神科はこういうところだというのを、きちんと子どもに伝えておくことが大切だと思っています。

それでも、本人が行きたがらない場合は、何が心配かを丁寧にひも解く必要があります。そこをやらずに、児童精神科を受診すると、せっかく来ていただいても治療に結び付きにくくなることも。

-児童精神科について、子どもにどのように説明をすればよいでしょうか。

山口先生:子ども向けに児童精神科について説明している「子どもの心の診療ネットワーク事業」のサイトを参考にするのがよいかと思います。

子どもの心の診療ネットワーク事業のサイトはこちら>>

―どのような医療機関を選ぶのがよいでしょうか?

児童精神科を標榜している医療機関を選んでもよいのですが、全国的には多くなく、数ヶ月待ちのところもあります。まずは小児科のような、かかりつけ医療機関に相談してみるのがよいと思います。

また、一般的な小児科の中でも「子どもの心相談医」という資格もあります。そういった医師に相談してみるのも有力な選択肢の1つです。子どもの心相談医は下記の公益社団法人 日本小児科医会のサイトから調べられます。

日本小児科医会 子どもの心相談医検索

さらに、医療機関以外では、スクールカウンセラーや市町村の保健所でのメンタルヘルスの相談などもあります。

親のケアは?

子どもの自傷行為を知ったとき、親が相当のショックを受けます。親のケアも必要になってきます。そのあたりについてもお聞きしました。

―親のケアはどうしたらよいでしょうか?

山口先生:パニックになったり叱ったり説教することはやらない方がよい行為ではあるのですが、子どもを大切に思っているからこそ、当然の反応であるとも言えます。

過去にやられていた方も、ぜひご自分を責めないでいただきたいと思います。

子どもの自傷に気づくのは、しんどい体験

山口先生:だからこそ、できるだけ自分の不安を子どもにぶつけないためにも、ご家族自身のためにも、ご家族のケアが大事になります。

まずは、一人で抱えないことです。

自分が話しやすい人に話したり、保健師や子ども家庭支援センターのような地域の子育て拠点に相談したりするのも役立つかもしれません。身近な人にも地域にも相談しにくい場合もあるかもしれません。チャット相談、匿名での電話相談のような、対面でない相談の方が、ハードルが低い人もいると思います。とにかく一人で抱え込まないということが大事です。

―筆者は、今日のお話を聞かなければ、もし自分の子どもが自傷行為をしていることに気が付いたら、パニックに陥り、子どもと自分を責めていたかと思います。しかし、それは望ましくない行動の一つだったのですね

山口先生:メンタルヘルスの不調は稀なことでも恥ずかしいことでもなく、誰にでも起こりうるという視点が大事です。心の健康が損なわれることが怖いという決めつけがあると、墜落する感じがするかもしれません。

ときに心の調子が揺らいだり崩れことがあっても回復していけるし、そんな揺らぎを許容できる社会であることが求められると思います。

というのも、メンタルヘルスの揺らぎや不調は世界的な統計でも5人に1人は生涯のうちになんらかの精神疾患にかかり、そのうちの半分程度は10代のうちに発症すると言われているからです。

-山口先生のお話を聞いて、子どもと話すときについつい評価、アドバイスをしていた自分に気付きました。まずは、ただ聴き、受け止めるのが大切ですね。いざというときに落ち着いて対処できるようTALKを頭に入れておきたいと思います。今日はありがとうございました。

コロナ下ではとくに ルーチンと対話が大切

山口先生は、コロナのようなストレスフルな体験のときに役に立つのは、毎日の生活の中での「小さいルーチン」と「日頃からのちょっとした対話」を大切にすることとおっしゃっていたのが印象的でした。

例えば、朝起きた後の花の水やり、散歩、好きなお茶を飲んでから出かける、昼寝をする、お風呂のときにいい匂いのする入浴剤を入れるなどです。ストレスフルな体験は多くの場合、「自分でコントロールできない」「何が起こるかわからない」という特徴を持ちます。そのため、何が起きるか予測できることが毎日きちんとあることが、心の安定につながるそう。

また、ちょっとしんどいとか、ちょっと嬉しいというような自分の心の動きを言葉に出して周りと共有する機会を日常的に増やすことで、お互いの様子に気がついたり、困ったことを共有しやすくなるとか。この2つは子どもも大人もできることですよね。うちの子に限ってではなく、自傷行為についての知識を知ってもらえたらと思います。

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お話を伺ったのは…

山口有紗|子どものこころ専門医
小児科専門医。東京大学医学部附属病院小児科、国立成育医療研究センターこころの診療部などを経て、現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所や一時保護所での相談業務などを行っている。
国立成育医療研究センターこころの診療部臨床研究員、こども家庭庁有識者会議構成委員。内閣官房こども家庭庁設立準備室室員。ジョンズホプキンス大学公衆衛生修士課程在学中。 一児の母。

取材・文/峯 あきら

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