是枝裕和監督×坂元裕二監督による最強タッグがもたらしたカンヌでの脚本賞
『万引き家族』でカンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールに輝いた是枝監督と、人気ドラマ「カルテット」(17)や「大豆田とわ子と三人の元夫」(21)、映画『花束みたいな恋をした』(21)など、たくさんの名作を世に送り出してきた脚本家の坂元裕二との初タッグ作となった『怪物』。すでに“モンスター級”の注目を浴びていましたが、カンヌで脚本賞を受賞したことで、さらに追い風を受けたことは間違いなし。
是枝監督といえば、名監督にして名脚本家でもあり、自身の監督作はほとんど脚本も手掛けていて、他の脚本家が書いたもので映画を撮ったのは、『幻の光』(95)以来だったとか。そう聞くと、是枝監督がいかに坂元さんの才能に惚れ込んでいたのかがうかがえます。
是枝監督は、本作が脚本賞を受賞した際の取材で「読み進めても読み進めても、一体何が起きているのかわからない、という本がとてもわくわくしました。これをどういう風に映像にしていくんだろうというのを、演出を任される前提でプロットを読ませていただいて、相当チャレンジをしている、方法論的にも、題材的にもかなり攻めてるなと感じたので、これはちゃんといろんなものと向き合ってちゃんと勝負しようというふうに考えました。それぐらいやっぱり自分には書けない本でしたし、ストーリーテリングというものが とても無駄がなくて、とても面白かったと僕は思いました」と語っていました。
ちなみに日本映画がカンヌで脚本賞を受賞したのは、2021年の第74回カンヌ国際映画祭にて濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(21)が受賞して以来2年ぶりで、是枝監督作のカンヌ映画祭でのコンペ部門での受賞は、昨年公開された是枝監督初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』(22)に続き2年連続となりました。
カンヌでの公式上映後は9分半ものスタンディングオベーションを浴びた本作。実際に観てみると、是枝監督の言葉どおり、いかにチャレンジングな作品であったかに驚きつつ、ミリ単位で繊細に紡がれた深いドラマに心をかきみだされました。「怪物だ~れだ!」というフレーズは映画を観る前から耳についていましたが、観終わったあとは、また違う意味を持って、耳だけではなく心にもリフレインされそうです。
一体、怪物は誰なのか?異なる視点で描かれるストーリーの妙
舞台は大きな湖のある郊外の町。シングルマザーの麦野早織(安藤サクラ)は、息子の湊(黒川想矢)が学校でいじめられているんじゃないかと疑いを持ちます。ある日、子ども同士(黒川想矢、柊木陽太)による小さなケンカが起こり、それぞれの言い分が食い違ったことで、そこから担任教師・保利道敏(永山瑛太)や父兄、やがては社会、メディアをも巻き込んだ大騒動になっていきます。そんな中、嵐の朝に、子どもたちが忽然と姿を消してしまいました!
本作は、一連の騒動を、それぞれ別の登場人物の視点から描かれていく「羅生門」方式をとっています。すなわち同じ出来事を、子育てに奮闘するシングルマザーの早織、担任教師である保利、子どもたちという異なる目線で描かれることで、かなり登場人物のファーストインプレッションが変わっていくので、そこがなんとも興味深いです。
ほんの小さなケンカが、なぜここまで大問題に発展してしまったのでしょうか? きっと誰もが本作における“怪物探し”をしながら映画を観ていくと思いますが、蓋を開けてみたら、意外な怪物が潜んでいたり、怪物だと思っていた人がそうでなかったり、見えない誰かが怪物だったり、もしくは人を容易に怪物だと決めつけてしまった自分自身にドキッとさせられるかもしれません。
また、登場人物の心の揺れがなんともリアルに紡がれているので、観ていて心がヒリヒリしてきます。子育て世代であれば、きっと子どもを思う早織の心情にシンパシーを覚えつつ、現代における学校組織の内部事情や父兄同士のやりとり、SNS情報の危うさなどについて、いろいろとうなずける点も多いのではないかと。私自身は、そもそも世の中で戦争が起きる原因の1つに、こういう物事の捉え方の“ズレ”も含まれるんだろうなと痛感しました。
でも、怪物が誰なのかという善悪に落とし込むのではなく、「きっとそうに違いない」と観ている者に行間を想像させるような作りになっているところがポイント高し。いろんな箇所にヒントが散りばめられているので、一時も目を話せない内容になっています。
観終わったあとで願うのは、子どもの未来への希望
カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した『万引き家族』や、同じくカンヌで柳楽優弥が史上最年少および日本人として初の最優秀主演男優賞を獲得した『誰も知らない』(04)など、子役への演出に定評がある是枝監督。これまでの作品では、子役に台本を渡さず、現場で子役に台詞を口伝えするという手法をとってきましたが、今回のメインキャストである黒川くんや柊木くんには台本を渡して、現場に臨んでもらったとか。
オーディションで選ばれた逸材の2人ですが、是枝監督は彼らとやりとりするなかで、今回はそうするほうがいいと決断されたとか。実際に彼らのみずみずしく力強い存在感が白眉です。かなりセンシティブな役柄と真摯に向き合った2人を心から称えたいですし、彼らはまさに未来への希望を象徴する存在だなとも感じました。
ちなみに、私がこの作品をとても大好きになった一番の理由は、「幸せ」についての定義を、とてもわかりやすく解説してくれた点です。しかもよくある常套句ではない言葉で、とてもさりげなく伝えてくれるところに好感を持ちました。そこは坂元マジックの妙だと言えますが、誰もがきっと手に入れられるであろう幸せへの希望をきちんと示してくれたと思います。
世の中にはまだまだいろんな偏見があるし、人々の価値観は様々ですが、でも、子どもたちが未来について悲観することなんて1つもない。そんな当たり前のことを、改めてかみしめました。こういう映画はぜひ、Hugkum世代のママやパパはもちろん、子どもたちも一緒に観てもらって、いろいろなことを感じとっていただきたいです。
文/山崎伸子
監督・編集:是枝裕和 脚本:坂元裕二 音楽:坂本龍一
出演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太/高畑充希、角田晃広、中村獅童/田中裕子…ほか
公式サイト:gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
©2023「怪物」製作委員会