バンクシアとは?
気候変動による山火事が世界各地で報告されていますが、この山火事に強い植物があります。山火事を必要としているといっても過言ではない、そんな植物があるのです。その名は、「バンクシア」。
円柱状のブラシのような花を咲かせた後に果実をつけますが、皮が堅すぎて、そのままでは種が自然とこぼれることはありません。バンクシアの果実は山火事のような強烈な火で焼かれてようやくパックリと口を開き、種をこぼします。
ようやく生まれた新しい世代は、辺り一面が焼き払われた日当たりの良い場所で、灰の土を栄養としてぐんぐんと成長していきます。
オーストラリア原産のこの珍しい植物バンクシアをキーモチーフにした児童書『砂漠の旅ガラス』の作者、長谷川まりるさんに、本作についてお話を伺いました。
「 火に強い植物」という存在が印象的だった
『砂漠の旅ガラス』のキーアイテムといえば、世界不可思議植物とうたわれるバンクシア。どういうきっかけで、この植物のお話を書こうと思ったのですか?
長谷川さん(以下敬称略):バンクシアは、図書館でいつも読まない種類の本をぱらぱらと読んでいたときに出会った植物です。
『読んでなっとく科学の疑問 科学の不思議が楽しくわかる』(技術評論社)という本の中に、不思議な植物として紹介されていました。「面白いなあ」と思って、ちょうど構想を練っていた『砂漠の旅ガラス』で使おうと思いました。
植物って火に弱いイメージがあって、ファンタジーの設定とかでも必ず植物系の魔法は火でやられちゃうんですけど、バンクシアはむしろ火のおかげで生態系がつづくんですよね。
すごくたくましいし、焼け野原の中で自分たちだけ種を残していくさまは、想像するとかっこいいなと思います。
『砂漠の旅ガラス』の構想を始めたのは、どれくらい前ですか?
長谷川:この作品はもともと趣味の漫画から生まれた話なんです。ふたつめの漫画を描き終えたあたりから小説にしようと考えはじめたので、2017年の1月ですね。
書きはじめてから終わるまではすごく早かったです。私の中で最速でした。それくらい、書いてて楽しかったんだと思います。
砂漠が舞台のさまざまな生き様
本作は、AIによる戦争で人類がほぼ滅亡した後の世界で、生き残った人間の末裔たちの4つの生き様が対比的に描かれています。自由と孤独を愛する“旅ガラス”、安定した集団生活を送る“居住地の人”、海辺で物作りに励む“海の民”、川を占有し恐れられている“砂賊”。
まりるさんご自身は、どの生き方にいちばん共感しますか?
長谷川:4つの生き方……どこも嫌ですね(笑)
旅ガラスになったらさみしくて死んじゃいそうだし、居住地はルールが多くてたいへんそう、海はときどき行くならいいけど、私は山の中の森で生まれ育ったので、海はちょっと怖いんですよね。
なので、高地に住んでいる砂賊なら、なんとか大丈夫そうです。オノ振り回したりして、楽しそうだし(笑)
オノ・・・ 振り回す・・・・・・ 楽しそう。なるほど。
まりるさんの作品は、どこかハードボイルド味を感じる部分がありますが、そういった冷酷な人間性の裏にあるものに惹かれたりしますか?
長谷川:冷酷なものに惹かれるというか、そういうものはみんな持ってると思ってますね。そのまま出すとこわいかもしれないけど、冷酷な部分も場合によって救いになる瞬間もあると思っています。そういう瞬間が好きです。
まりるさんの子ども時代を振り返ると、どんなお子さんでしたか?
長谷川:子ども時代は、いつも空想しながら遊んでいた気がします。雪が降ったらお姉ちゃんと遭難ごっこ、秋になって庭に葉っぱが積もったら魔女ごっこ、階段の半分から下は海ということにして、人魚ごっこをしていました。
子どものころはお姉ちゃんの真似をして漫画を描いていましたが、お姉ちゃんの絵と自分の絵を比べるととても下手くそでがっかりしてしまうので、文章で書きはじめました。
作家になろうと思ったことはほとんどなくて、大人になってから作家を目指している人たちに出会って、「あ、小説を書いていてもバカにされるわけじゃないんだ」と気づいて、作家を目指しはじめました。21歳のときです。
絵を描くことと、文章で描写することの違い
本作では、装画や挿絵も手がけられました。また、このお話の前進となるエピソード漫画も描かれています。絵を描くことと、小説で世界や人物を描くことの、いちばんの違いは何でしょうか?
長谷川:違いは、かける時間の長さと、頭の中の状態でしょうか。
絵を描くときは時間がかかるので、じっくり次のセリフを考えられます。小説を書くときは、おなじエピソードでも十分の一くらいの速さで書き終わっちゃうんですよね。
絵や漫画は、なるべく少ない言葉で、基本的には絵で説明するので静かに読めます。小説はずーっと言葉で説明しないといけないので、頭の中がうるさいです(笑)
なので、伝えたいことがいっぱいあるときは小説を書いて、頭の中をからっぽにしたいときは絵を描きます。
両方できるからこその比較論ですね! 今回、初めて、ご自身の物語で装画と挿絵を手がけられましたが、いかがでしたか?
長谷川:すごく大変でした(笑)。たくさん描くと言っちゃった手前、ちゃんと描き終えられるかわからなくて(笑)。でもすごく楽しかったです。
私は作者なので、本文に書いていない細かいところも「この人はこうだから、座り方はこう」「持ち物はこう」などと自分で決められるので、すごくいい挿絵が描けたと思っています。本文にはっきり出てこないシーンが描けるのも、作家だけだと思います。
あらためて、自分で描けてよかったです。描かせてくださった出版社の方にもお礼を申し上げたいです!
気をつけたいのは「正しさ」を押しつけないこと
続々と新作を発表しているまりるさんですが、著作には通底するテーマがあるように感じます。いまを生きる子ども達に向けた物語で、表現したいことや、逆に気をつけていることは何でしょうか?
長谷川:いつも、自分で考えてもいいんだよ、と思っています。
子どものころ読んだ漫画の中に、「大人は子どもが思っているほど大人じゃないし、子どもは大人が思っているほど子どもじゃない」という言葉があって、いまはその意味がよくわかります。
大人も間違えるし、昔だれかがきめたルールは時代おくれになっているかもしれないので、「へんだな」と思ったことは、むりに正しいと思い込まなくていいと思います。気をつけたいのは、自分も無意識に「これが正しい」と信じ込んで、読んでいる人に押し付けないことです。
<長谷川まりる・プロフィール>
1989年、長野県生まれ、東京都育ち。職業能力開発総合大学校東京校産業デザイン科卒。2018年『お絵かき禁止の国』(講談社)で第59回講談社児童文学新人賞佳作、2022年『かすみ川の人魚』(講談社)で第55回日本児童文学者協会新人賞を受賞。そのほか『満天 in サマラファーム』(講談社)、『キリトリ/カナイ:流され者のラジオ』(静山社)、『杉森くんを殺すには』(くもん出版)などがある。小説だけでなくイラストや漫画も発表しており、作・絵を手がけるのは本作が初となる。アウトドアなことはだいたいできるインドア派。
AIによって人類ほぼ滅亡。“防腐塵(ぼうふじん)”という特殊な砂におおわれた、植物と電力が存在しない世界で、砂漠を自由気ままに旅してお宝を探す“旅ガラス”のぼく。実は数年前にある事件から逃げてきた過去があった。きっかけは、ポケットの中の茶色い謎の物体。この謎の物体をめぐり、生き方の違うさまざまな民族が、それぞれの思惑をかけて交錯する。講談社児童文学新人賞佳作、日本児童文学者協会新人賞受賞の作者が初めて挿絵も手がけたYA小説。先入観をぬぐい、多様性を認め合う、いまを生きる人たちに届けたい物語です。
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構成・文/小学館 児童創作編集部