早稲田大学准教授・下川哲先生と考える「日本の食」環境の未来。農家人口は約20年後には5分の1に…。輸入に依存するいま、私たちができることは

私たちが食べるものが社会を動かす!?食と世界の関りや価格高騰の理由など、食にまつわる問題はたくさんあります。そこで、「食をとりまく社会的問題の要因と解決策を実証的に解き明かすこと」をテーマに研究している早稲田大学政治経済学術院 准教授の下川哲さんにお話を聞きました。

今世界や日本で課題となっている食の問題とは?


2024年夏の米不足の問題は、メディアが騒ぎすぎたところもありますが、食料の問題に関しては生産者や農地の問題もあり、とても時間がかかることなので、ニュースになったときにはもうすでにすぐには解決できない状態になっていることがほとんどです。

いま一番大変なのは、生産者の問題で、現在の農家さんの平均年齢が約67歳で、約20年後には5分の1の人数になると言われています。また、近年の気候変動は農作物にも大きな影響を与えています。生産者が減り、環境が厳しくなっていく中で、「これから日本でどのように食べ物を育てていくのか」ということに消費者が関心を持つことが大切です。

参照:農林水産省https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html

生産者が減っていく中で、今までと同じ量の食料を作るとなると機械を使わざるを得ない。そうするとエネルギーが必要になります。日本のカロリーベース食料自給率(国民ひとりあたりの1日の摂取カロリーのうち、国産品が占める割合を計算したもの)は38%、エネルギー自給率は12.6%(2022年度)、家畜のえさの自給率は10%に満たないくらいで、数字をみると深刻さが伝わりますが、最近の国際情勢を考えると今後さらに状況は厳しくなるかもしれません。

食品価格高騰と輸入に関する問題

食品価格の高騰も話題になっていますが、負担としてはまだまだではないかと思います。今までは、輸入で食料を安価に手に入れることができましたが現在は円安ということもあり、輸入価格が上がっています。

そして、もうひとつの問題が中国との関係です。輸入をするときに、日本と中国は食文化や土地の環境も似ているので、欲しいものが同じなのです。そうすると、買い付けの際に人口が多く経済力がある中国が台頭してくると、日本は競争で負けてしまいます。そのため、今までのように輸入できなくなることも考えられます。

日本の食を守るために消費者ができること


消費者にできることは、国産を選んで日本の食を支えることですね。農家さんが減っているという問題を解決するためには、農家さんがある程度の収入を得られるような価格で食料を買うこともひとつです。

例えば、お米が値上がりするとニュースになって大騒ぎしますが、なぜかスマホ機器などが値上がりしてもコスト増だからとあまり騒ぎません。お米は国産とはいえ、生産に必要な肥料やエネルギーは値上がりしているため、スマホ機器などと同じように値上がりして当然なのにです。確かにスマホがなくなったら不便ですが、食べ物はなくなると私たちは生きていけません。どこにお金をかける必要があるのか、その価値観から変えていきたいですね。

世界で起きている食の問題は?どうして日本に影響するの?

また、世界で見ると小麦価格が高騰していますが、これはロシアとウクライナの戦争が影響しています。日本の小麦の自給率は約13%と低いですが、輸入先は主にアメリカとカナダなので関係ないように思えます。
しかし、ロシアやウクライナから小麦を輸入していた国々が、新たな輸入先としてアメリカやカナダからの輸入を増やしたため、間接的につながって日本でも小麦の価格が上がるのです。このように、日本の食料価格は、輸入を通して世界中の出来事の影響を受けやすいのです。

食べ過ぎが環境を破壊する!?食料と環境の問題

食生活が政策次第で地球の裏側の環境破壊に結びつくこともあります。

例えば、中国では豚肉の需要が急増して国内の豚肉生産量を増やすために、豚の飼料である大豆の輸入を急激に増やしています。主な大豆の輸入先は、米国(40%)とブラジル(40%)でしたが米中関係の悪化により、米国からの輸入を減らしブラジルからの輸入を増やし、2018年にはブラジルの割合が80%を超えました。これにより、ブラジルでは中国に輸出するための大豆生産が急増し、それに伴う農地拡大が近年の熱帯雨林破壊の要因のひとつになっています。

自分にできることのゴールを決めて持続可能な世界を実現する

「SDGs」という言葉でまとめてしまうと見えにくいこともありますが、それぞれの項目の中から自分が気になるゴールを意識したら行動しやすくなると思います。環境問題が気になるなら有機食品を選ぶ、貧困問題なら国際フェアトレード認証製品を選ぶ…など、まずは興味があることから自分ができる範囲で続けてみてはいかがでしょうか。

少しずつでも毎日続けることが大切

みなさんにお伝えしたいのが、「0か1で考えないでほしい」ということです。お肉は環境の負荷が大きいからと言って、お肉を食べるなという話ではありません。例えば、牛肉を鶏肉に替える、鶏肉を大豆ミートに替える、というように段階的に少しずつ変化を取り入れて毎日続けられたらいいですね。
また、「自分が少しやったところで、世界は変わらないでしょ?」と思う人が多いのですが、食べ物に関してはほぼ全員が毎日3回ずつ食事をすると考えると、1人1食1gの変化でも、それが1億人分集まると1日約300トンの変化になり、1年分になると約11万トンの変化になります。

食育とは生きるための知識

食に興味を持つことは、環境活動などにもつながることなので子どもの頃から学んでいくことが大切です。

食育は、家族で食べ物の話をするのが第一歩だと思っていて、食卓に並んだ食べ物の産地はどこで、どのように作られたのか話すだけでもいいのです。また、食品の成分表をお子さんと一緒に見るのも面白いのでおすすめです。勉強ではなく、生きるために必要な知識として身につけてほしいですね。

「子どもたちには幅広い情報に触れてほしい」下川教授が食を研究するようになったきっかけ

中村哲さんの話を聞いたことがきっかけ

僕は、パキスタンとアフガニスタンで30年にわたり患者、貧者、弱者のための医療や開拓・民生支援の活動を続けた医師の中村哲さんの講演会を中学校で聞いたことをきっかけに、貧困問題に興味を持つようになりました。

そこで、人間が生きていくために絶対に必要なものは何だろう?と考えたときに思いついたのが食べ物でした。最低限の幸せ、生きるための条件は満たされるべきだと思ったときに、せめてみんながある程度食べ物を食べられる世の中になったらいいなと考えました。

大学へ進学し、「緑の革命」のように品種改良を研究するために農学部を選考しました。それが巡り巡って農業経済という学科に進むことになったのですが、農業経済を勉強してみたらおもしろかったんですよ。それが、いまの研究につながっています。

子どもたちには超入門レベルでいいので幅広い情報を!

私が通っていた中学校では、月に一度さまざまな分野から有識者を招いて講演会を行っていました。その中で、たまたま中村先生の話が私の心に響き、今に至るわけです。

自身の経験を踏まえて、子どもたちには超入門レベルでいいので、広くいろいろな情報に触れさせることがその子の未来につながることがあると思います。
ポイントは、まずは親の自分が聞いて簡単に理解できるレベルで十分だという点と、親が興味がなくても試しに聞かせてみるという点です。また、大人が聞いても理解できないような内容を無理やり子どもに聞かせても逆効果になってしまうので、子どもが理解できる話を聞かせるということが大切です。
いずれにせよ、9割くらいは無駄になってしまうかもしれませんが(笑)、ひとつでも気になることが見つかればいいのですから。

お話を聞いたのは…下川哲さん

早稲田大学政治経済学術院 准教授。2000年、北海道大学農学部農業経済学科卒業。2007年、米コーネル大学で応用経済学の博士号(Ph.D.)を取得。香港科技大学社会科学部助教授、アジア経済研究所研究員を経て、2016年から現職。これまで、国際学術誌の「Food Policy」や「Agricultural and Resource Economics Review」、国内学術誌の「農業経済研究」や「 The Japanese Journal of Agricultural Economics」などの編集委員も務める。専門は農業経済学、開発経済学、食料政策

撮影/横田紋子  取材・文/やまさきけいこ

SDGsとは?

編集部おすすめ

関連記事