
発売当初は、青地に白の水玉だった「カルピス」
みなさんはカルピスのパッケージをすぐに思い浮かべることができますか? 白地に青色の水玉模様のあれです。カルピスは1919年に発売されましたが、早くも1922年に水玉模様のパッケージが使われています。

ただ当初は青地に白色の水玉模様で、今とは逆でした。余談ですが、「エロシェンコ氏の像」などで知られる画家の中村彜(つね)(1887~1924年)は、1923年にこのときの包装紙を静物画の中で描いています。胸の病に侵されていた中村は、滋養をつけるためにカルピスを飲んでいたのでしょう。

第二次世界大戦後に、今と同じ白地に青色の水玉模様に変わりました。その後、多少デザインの変更はあるものの、カルピスといえば青い水玉模様で、それがずっと続いているのです。
森永ミルクキャラメル・明治ブルガリアヨーグルトも


前置きが長くなりました。このような、一度構築されたブランドのパッケージデザインなどが、古めかしくなることを避けるために微調整は行いつつも、長期にわたって一貫性を保持していくマーケティング上の手法があります。
それを「丁度可知差異」といいます。読みは「ちょうどかちさい」です。聞きなれない不思議な語ですが、カルピスに限らず、みなさんもよく知っている、森永ミルクキャラメルや明治ブルガリアヨーグルトなどもその手法が取り入れられています。辞書の装丁にもあります。『広辞苑』がそうです。
でも「丁度可知差異」なんて、ちょっとわかりにくい語だと思いませんか。そのはずで、もともとは英語のjust noticeable difference の訳語なんです。お気づきですね。「丁度可知差異」は原語を直訳しただけなんです。もう少し何とかならなかったのかという気もしないではありません。
「丁度可知差異」とは、わかるかわからないかくらいの差異
この「丁度可知差異(just noticeable difference)」 は、もともとはマーケティングの用語ではなく、心理学用語でした。心理学用語としての定義は一言では説明しきれませんが、あえて言うなら、検出することができる刺激量の差ということになると思います。これをマーケティングに当てはめていうと、「わかるかわからないかくらいの差異」ということになるでしょう。カルピスをはじめロングセラーの商品は、このような差異の範囲内でデザインを変更し続けているのです。それは時代とともに変化する感性を取り入れつつも、長年その商品を支持している顧客を失うことなく、さらには新しい顧客も獲得しようという戦略なのです。
「丁度可知差異」を載せている辞典は、現時点では『大辞林 第4版』だけです。ただ、『大辞林』では「弁別閾(べんべついき)」に解説をゆだねた、いわゆる「空(から)見出し」です。「丁度可知差異」と「弁別閾」は厳密にいうと意味が少し違います。しかし、同義語として使われることもあるので問題はないでしょう。
いずれにしても「丁度可知差異」は今後他の辞書でも立項されるかもしれません。
こちらの企業のウンチクはご存知?

元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。