「こぼす=わるいこと」という固定概念をはずしたい
牛乳をこぼすのって、本当にわるいこと?
――こぼした牛乳の形が、イルカに見えたり、船に見えたり、思わずこぼした牛乳をながめたくなる展開が新しいですね。読者の方からの「ギャーッて叫んじゃう」「せめてお水のときにしてほしかった…!」という切実なコメントも本の帯に書いてありましたが、どうしてこういう絵本を作られたのですか?
帯には、どちらかというとリアルな本音を選んでのせましたが、実は、帯をはずすと、下に言葉が書いてあって「しっぱいも わるいことばかりじゃないよ」と入れてあります。気持ちがぱっと変わるような一言を入れたくて。
それは、なんて言えばいいんだろう、みんなが無意識に持っている固定概念とか、そういったものを、ちょっとチェンジさせるようなものを伝えたいという気持ちが含まれています。牛乳をこぼす=わるいことという考えが先にあるけれど、子どもはしっぱいして成長するものですし、そんなわるいことでもないと思ってほしいなと。

この企画は、福音館書店の編集者さんから、こんな本ができないか? とお声がけいただいてスタートしました。
「保育園で子どもがこぼすシーンがよくあるんですが、大人は嫌がるし、それを見て子どももやっちゃったという気持ちになって、誰もうれしくない時間になるんです。これを、なんとか前向きに捉えられないですかね」と。そういう絵本があったらめちゃくちゃいいなと思って、それを形にできないかなと思いました。こぼすことがわるいという考えもよくわかります。その後にしっぱいを前向きにとらえる気持ちを少しでも持ってほしいな、時代の中で変わってほしいことのひとつだなと思いました。
こぼしてしっぱい…。「じゃばじゃじゃーん!」と、見立て遊びに変える発想の転換
――こぼした牛乳の形が、イルカに見えたり船に見えたりする展開が新しいですね。
こぼれた形が何かに見えることってたまにありますよね。それが自然な形にできるといいなと思って、いろいろ試してみたら、意外と何かに見えるなと感じました。
この絵本の構成は、コップの牛乳に何かがあたって「ぐらぐらぐらり」、たおれたら「どっちんしちゃった」「じゃばじゃじゃーん」、いろんな形に見えてきたという繰り返しなので、撮影では実際に一回パッとこぼして、スプーンでちょこちょこっと整えたらパッと撮るようにしました。
このイルカの形は初期の頃にラフな感じで作ったものです。何回もやると下に敷いた板に染みて輪郭がなじんでしまうので、結局いろいろ実験しても、最初に撮ったものがよいことが多かったです。色が白くて、濃厚な牛乳でやるのがポイントで、事務所が牛乳臭くなるのが一番の苦労でした(笑)。

――絵本のタイトル『じゃばじゃじゃーん』はどのように決まったのですか?
最初は「ぺっちゃんぱー」など、他の言葉も考えましたがしっくりこなくて、「じゃばじゃじゃーん」を思いついたら、これが楽しそうだと思って決めました。ベートーヴェンの「運命」のような音で読んでもいいし、「やっちゃった」感もありますよね。言葉の音の響きやリズムは、絵本を読む楽しさに直結します。読みやすいリズムや、同じ言葉が続いても変化がつくリズムなども意識して作りました。「どっちんしちゃった」も「ちょっとぶつかっちゃった」みたいな、「ガチャン」にはないやさしさが含まれる言葉だなと思って選んでいます。そこに手書き文字の自由な雰囲気を加えたり、デザインはまろやかな感じをイメージしたりしました。

「みんな気をつけよう」では伝わらない思い
牛乳をこぼしたときの発見が楽しいのに
――アートディレクターならではの、デザイン性の高い本でもありますね。人気作の『ぽんちんぱん』も、シンプルな中に心地よい言葉や色があって、洗練された赤ちゃん絵本の印象を受けました。『じゃばじゃじゃーん』は構想から出版まで、7年ぐらいかかったとお聞きしましたが、どんなところが大変でしたか。
まずは「牛乳をこぼす」というテーマからスタートしたんですが、幼稚園や保育園で展開している出版社ですし、先生や親たちから「真似しちゃうと困る」という意見が出てくる可能性がもちろんあって、そことの調整が大変でした。食べものなので、もったいないと言われてしまうかもしれない。そういうプレッシャーが企画段階からあったので、途中では親目線も取り入れて、本の最後に、「みんな気をつけよう」とか「お母さん優しくね(見守ってね)」という言葉を入れることも考えました。
でも最終的に入れなかったのは、見たままを感じてほしいっていう思いがあったんです。子どもが牛乳をこぼしたときの発見が楽しいのに、そうじゃない方が立ちすぎちゃうっていうのは、ちょっと違うかなと。
試行錯誤の段階では、牛乳じゃなければどうかと、パスタやこんぺいとうをこぼしてみたりもしました。でも、なんて言えばいいんだろう、こぼすものが複雑になればなるほど、言いたいことが弱くなる感じがありました。悩んだ期間は結構長かったと思います。
日常が豊かになる「新しい」アイデア
海外でも共感してくれたしっぱいの肯定感
――実際に、読者の方からの反応はどうでしたか?
幼稚園や保育園では、子どもはすごい楽しんでくれているようです。『ぽんちんぱん』もたくさんの園で読み聞かせしてくださっているのですが、この『じゃばじゃじゃーん』を福音館書店の編集者さんが子どもたちに読みきかせをしたときも、とても反応がいいですと言ってくれました。
春にボローニャのブックフェアに行ったときには、自作の絵本をいろいろ持っていったのですが、海外の人の反応で大きかったのが『じゃばじゃじゃーん』でした。フェアは版権を売る場所で、本は見本が1冊しかないのに、ギリシャの編集者に「どうしてもこの本がほしい」と言っていただきました。「しっぱいはわるいことじゃない」という考え方に世界の人も共感してくれたことがうれしかったです。
海外には「赤ちゃん絵本」というジャンルがあまりないようなのですが、「これは新しい」と喜んでくれる人が多いですね。画家のポール・コックスさんにお渡ししたところ、とても気に入ってくれて、その後ずっと「ジャバジャジャーン! ジャバジャジャーン!」と言っていましたね。

子どもには新しい体験を提供することが大切
――この本を通して、読者の方に伝えたい思いはありますか?
子どもが持つ可能性を潰さないために、この絵本が、しっぱいと思うことにも大人が余裕をもって接するきっかけになってくれたらいいなと思います。日々辛くて余裕がなかったとしても、子どもの想像力や発見のようなものに寄り添ってあげられたらと。やっぱり、子どもたちにとって新しい体験を提供することが大切ですし、これからもそういった意味で、挑戦的な絵本を作っていきたいと思っています。


あっ、牛乳をこぼしちゃった! と思ったら「じゃばじゃじゃーん」! こぼした牛乳の形がイルカにそっくり。わっ、またこぼしちゃった! と思ったら「じゃばじゃじゃーん」! 今度は、牛乳の形が船にそっくり。ラッパに飛行機、ネズミに恐竜、最後は、もったいないおばけまで。ページをめくるたびに牛乳から「じゃばじゃじゃーん」と登場するいろいろなものが楽しい写真絵本。大人気『ぽんちんぱん』の次に楽しむなら『じゃばじゃじゃーん』がおすすめです。

1970年広島県生まれ。2007年に10(テン)を設立。主な仕事に、singingAEON、R.O.U、藤高タオルのブランディング、角川武蔵野ミュージアム、静岡市美術館、NEWoMan YOKOHAMA、信毎メディアガーデンのCIとサイン計画、また、美術館のポスターを多く手がける。2010年にカードブランド「Rocca SPIELE」を立ち上げる。著作に絵本『ぽんちんぱん』(福音館書店)『ねぇだっこ』(ブロンズ新社)など。2003年日本グラフィックデザイナー協会新人賞受賞。原弘賞、東京ADC賞、JAGDA賞、NYADC賞、ONESHOW PENCIL賞、GOOD DESIGN賞受賞。
取材/日下淳子