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目指すのは、農学から発展して、今後の社会を考えられる子どもを育てる教育

――東京農業大学(以下東京農大)は農学・生命科学分野に特化した全国でも数少ない大学です。世田谷のキャンパスを中心に、厚木、北海道オホーツクの3キャンパスに全23 学科を展開しているのですね。この東京農大が小学校を創設した理由は。
杉原先生:東京農大で学んでいただく「農学」は、狭義の「農業」学だけではなく、自然、食、地球環境など、とても幅広いテーマを対象としています。農学は私たちの生活に身近なものであり、人間が生きていくためにとても大切な学びです。
さらに農学の社会的な背景に目を向ければ、食料自給率の問題や、農業の後継者問題など、国としての課題も山積していますよね。
東京農大には以前から中学校、高等学校があることはご存じのとおりですが、小学生のうちから東京農大らしい一貫した教育をし、農学から発展して今後の社会を見据え、使命感を持った子どもを育てたいと願い、小学校の創設に至りました。10年前に小学校設立を構想、2019年4月に開校を迎え、2025年にはじめての卒業生を送り出しました。
学習指導要領に定められた算数や国語などの教科の学びをしっかりとした上で、東京農大らしい農学の教育を提供するのが、農大稲花小です。
大学教授の講義も! 生き物や食と農への関心を高める「稲花タイム」

――実際に「農学を広く深く学ぶ」とは、どのようなことをするのでしょうか。
杉原先生:多様な体験と、体験したことから考え、表現する学びを重視します。具体的には、1年生から「稲花タイム」という時間を設け「生活科」と「総合的な学習の時間」、そしてそれらが「理科」や「家庭科」とも連携していく学習を行い、生き物や食といった、農に関心を持つ学びを実践します。
1年生の1週間の時間割(例)

杉原先生:東京農大の各キャンパスや、全国に設置された実習・研究施設には、専門的な設備や人的資源が豊富にそろっています。また、農学の分野で活躍する大勢の卒業生がおり、連携する企業もあります。そのような教育資源を活用して「生きるために必要な力」を身につける教育をするわけです。

(写真提供:株式会社アフロ)
杉原先生:「水田学習」では、1年生は田植えと稲刈り、2 年生は田んぼの生き物観察と稲刈りを、東京農大卒業生が営む横浜市の田んぼにて実施します。体験するだけではなくて、東京農大の教授から、事前学習や現地にて様々な、例えば苗の植物的な特徴や田んぼの土壌のこと、田んぼの生態系のこと、稲刈り後に「稲架掛け」で天日干する意味など、多様な関連知識を学びます。
――大学教授が、小学生に教えてくれるのですか!? そんな貴重な学びができるのですね。
杉原先生:そうなのです。教授たちが持っている専門知識を、小学生向けにわかりやすく授けてくれます。「子どもたちが鋭い質問をしてくるので楽しい」と、熱心に取り組んでくださり、関わってくださる教授の人数も年々増えていますね。
北海道から宮古島まで! 東京農大の施設で農場体験する校外学習
――日本全国にある東京農大のキャンパスや施設へ、校外学習で訪れると伺いました。
杉原先生:東京農大は6学部23学科あり、一番北は北海道網走市、南は沖縄県の宮古島までキャンパスや農場施設などがあります。
1 年生は厚木キャンパス、2年生は伊勢原農場、3年生は富士農場において、多様な実習に取り組みます。大学施設学習として訪問します。そして4年生になると山梨県小菅村、5年生は北海道オホーツクキャンパス、6年生は宮古亜熱帯農場にて、宿泊学習を行います。

(写真提供:株式会社アフロ)

(写真提供:株式会社アフロ)
食べ物の原点を学び、食卓に運ばれるまでの過程を知り、食を社会的に考える
杉原先生:3年生が体験する静岡県の富士農場は畜産農場で、牛や豚、鶏などの家畜動物について学びます。たとえば、自分たちが飲んでいる牛乳は、牛がどのように育てられ、どのように搾乳され、どのように市場に運ばれるかを学ぶ機会になります。

(写真提供:株式会社アフロ)
――農の原点、食の原点について、実体験するのですね。
杉原先生:多くの子どもたちは、食べ物といったら冷蔵庫にあるもの、食卓に並べられたものをイメージします。食べ物が、どのように生産され、加工され、運ばれて自分たちの食卓に並ぶのか、その原点を学び、過程を知ることが、食を社会的に考えるきっかけになります。
単なる体験に終わらせず、事前学習で子どもたちの探究心を育む
杉原先生:2025年の5年生の宿泊学習の前には、先日、オホーツクの生物産業学部の学部長が現地からそのためだけに稲花小学校に来て、オホーツクの自然環境や産業のお話をしてくださいました。

(写真提供:株式会社アフロ)
私たちは東京農大のキャンパスや農場などの施設を「教育資源」と呼び、それぞれ大学の先生方や専門家の研究蓄積などを話していただいてから施設を訪れます。単に農業を体験するというだけでない、子どもたちの探究心や冒険心を育てるマインドを大事にしたいと思っています。
英語は1年生から毎日授業。自宅での反復学習で英語習得へ
――その一方で、英語教育にも力を入れ、毎日英語の授業があるのですね。学習指導要領の英語時間数を大きく超えています。
杉原先生:1年生から、毎日1コマの英語科の授業を実施しています。1クラスを2グループに分け、英語をネイティブとする外国人講師が英語だけでの授業をします。はじめて英語に触れるお子さんについて、保護者の方は心配かもしれませんが、たとえば私たちは日本語を学ぶとき、母親から話しかけられることで覚えていきますよね。そうした「母語に近いプロセスで第二言語を習得する」ことを目標に、カリキュラムが構成されています。専門のトレーニングを受けた外国人講師が、楽しく飽きのこない授業を展開します。
外国人講師は休み時間にも子どもといっしょに遊んでくれるので、生活の中での生きた英語を学べることも特徴です。
自宅では、テキストブックとオンライン家庭学習用教材を利用し、授業で学習した内容を反復します。楽しく学べるように工夫された、毎日15分~30分程度の内容です。自宅で学習することで、より英語が身についていきます。
最大7時限の授業で実り多く
――時間割を見ると、1年生から7時間授業の日もあるのですね。
杉原先生:そうですね。英語の授業が多いこと、また稲花タイムがあることで、公立小学校の時間割に比べて授業時間が多くなります。学習指導要領の時間数をきちんと学んだ上で、東京農大らしさも学ぶ独自の教育を、子どもたちは楽しんでいると思っています。
――校長先生ご自身が楽しそうにお話くださった、農の学びや英語の授業。農大稲花小の「個性」とも言えるこうした学習からも、学校の人気の秘密がわかりますね。
東京農業大学稲花小学校
東京都世田谷区に2019年に開校した私立小学校。東京農業大学の創設者である、榎本武揚公の言葉に由来して「冒険心の育成」を教育理念に掲げ、未知なる新しい世界に挑む気骨と主体性をもち、本気になって取り組み、科学的・実践的に学ぶ人間を育てることを目指す。東京農業大学の教育資源を活用した特徴的な教育プログラムが強み。
1学年72人の2クラスで、全校生徒数は432人。保護者のニーズに合わせた教育内容に人気が集まり、入学試験の志願者数も例年多い。入試日程は11月1日〜4日から希望日を選択する。
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お話をお聞きしたのは
東京農業大学副学長・学術博士。国際食料情報学部国際農業開発学科教授。農村開発協力分野を専門とし、南西諸島や南太平洋地域を中心に、在来植物資源の利用開発や農村振興に関する研究を行ってきた。2025年4月に東京農業大学稲花小学校2代目校長に就任。
取材・文/三輪 泉 撮影/田中麻以(小学館)