「人と違うことを恐れない」矢部太郎さんが芸人・漫画家・俳優など多彩なジャンルを歩む理由、その背景にある両親からの教えとは?反響を呼んだ「たろうノート」の自費出版も始動

連載4年分をまとめた矢部太郎さんの新刊『ご自愛さん』について伺ったインタビュー。前編では、連載のきっかけやこの本に込めた想いを伺いました。この本は読者の人の〝心のサプリメント〟になることを願って一冊にまとめたそうです。後編では『ご自愛さん』の中でも描かれている矢部さんの子ども時代のお話や、子育て真っ最中のお母さんにおすすめの収録作品などについて伺いました。

前編はこちらから

芸人で漫画家の矢部太郎さん「弱った心のサプリメントになりたい」優しい気持ちになれると話題の『ご自愛さん』に込めた想い
日々の悩みや疑問の答えを自分なりに表現した連載がスタート ――『ご自愛さん』は、月刊『PHP』で連載中の「僕の楽がき帖」をまとめたも...

つくることは楽しいことだと教えてくれた父の存在

――『ご自愛さん』の収録作品の中には「宝物」や「ほぐす」「くりかえす」などで、子ども時代のことやお父さまのことが描かれています。ベストセラーのご著書『ぼくのお父さん』でも、子ども時代のお話は描かれていますが、矢部さんはご両親の影響をどんなふうに受けていると思われますか?

矢部太郎さん(以下、矢部さん):父は最初にデザイナーをしていて、その後、紙芝居や絵本を手がける作家になりました。また、作家活動と同時に、子どもの造形教室も開いていたんです。そのため、僕は幼いころから父の隣で絵を描いたり、造形教室の準備の手伝いなどで、もの作りをしたりする機会が多かったんですよね。だから、〝つくる〟ことは〝楽しいこと〟だということを、父と一緒に感じていました。

ベストセラー『ぼくのお父さん』のイベントでお話をする矢部太郎さん(矢部太郎さんのInstagramより)

矢部さん:それと、父には、できたものを評価するより、つくる過程そのものを楽しむというところがあったのですが、それと同じ気持ちが今の僕にもあるんですよね。そんなふうな父と過ごした時間が、今の僕につながっていると思います。

いろんなことに興味を持って学ぶ姿勢は母から

矢部さん:また、母は介護士をしていたのですが、田舎の山の育ちだからでしょうか、我慢強く、なんとか状況を変えたいという想いからか、いつも何かを学ぼうとする気持ちがあって、放送大学を受講して卒業したり、語学などにも興味を持って学んだりしていました。そういう勉強が好きなところは、影響を受けたのではないかと思います。

両親が教えてくれたのは「人と違うことを恐れない」こと

矢部さん:父と母から同時に影響を受けたと思うのは、父も母も自分の中に大切なものを持っていて、世間一般の感覚からはズレているというような、誰かと違うことを恐れない人でした。そんなふたりが身近にいたことも、僕にとってはとても大きかったと感じています。

芸人や漫画家、俳優業まで! 矢部さんの原動力は「自分に起こる新しい変化」

――ゆるぎない信念をもって、毅然として生きるご両親の姿を見ながら成長なさったのですね。ところで、矢部さんは芸人に漫画家、俳優と、仕事でさまざまな顔を持っているだけでなく、気象予報士の資格取得や語学学習、チェロの習い事などさまざまなことに取り組んでいらっしゃいますが、多彩な活動の原動力はどこにあるのでしょう?

矢部さん:例えば、海外へ旅行に行くと、その国や人々のことを知ることができるだけでなく、その知識を得ることで自分自身の環境を顧みることができたりしますよね。それと同じで、興味を持った新しいことに挑戦したり、学んだりすることで、経験や知識が得られるだけじゃなく、その経験や知識がこれまでの自分とつながって、自身に新たな変化が起きるといったことがあるんですよ。僕はそれがとてもおもしろいと感じていて、それがいろんなことに取り組む原動力になっているのかもしれません。

矢部太郎さん

矢部さん:チェロの習い事からも気づかされることがあるんです。習い始めるまで音楽と関わることがほとんどなかったのですが、レッスンを2年間続けたことで、このキーから始まったらこのキーで終わるといったような音楽作品を作る上でのルールや、ドレミファソラシドの8音階が漫画の創作に使えると思ったり、その反対に、音楽作品の決まりごとと同じようなことを漫画でも自然に使っていたなぁと改めて実感したりもしているんですよ。そんなふうに違う角度から物事を考えられるのが、僕にとってはおもしろいんです。

――複数のジャンルのお仕事に取り組んでいらっしゃるのも、それと同じような想いからですか?

矢部さん:そうですね。例えば、漫画を描いているときは、全体の構造を自分ひとりで理解して描いていますが、俳優として演ずるときには、その役の人物のことを考える過程で、その人物が自分とどう違うのか、どこが一緒なのかを考えます。また、その一方で、その役が作品の中でどのような機能を果たすと美しいのかを考えたりもするのですが、その作業がおもしろいんですよね。

仕事のジャンルごとに素晴らしい方と出会うこともうれしいんですね。そして、その感動をこっそりと、あとで漫画に描いたりもしているんですよ。どの仕事も先方からお話をいただいて担当させていただくことが多いのですが、新たなことに挑戦するのは、そのことに興味があるだけじゃなく、それを体験したときにおもしろいことが待っているからかもしれません。

忙しくて余裕がない日々でも心の持ちようで何かが変わるかも

――そうした日々の積み重ねが、今の矢部さんにつながっているのですね。ところで、私どものサイト「HugKum」の読者は小さなお子さんを育てていて忙しく日々を送っている保護者の方が多いのですが、そんな方々が本書の中で読んだら「ご自愛」になりそうな作品を選んでいただけないでしょうか? 『ご自愛さん』に収録された作品は、どれも忙しい人たちに「おつかれさま」と言ってくださっているような作品なのですが…。

矢部さん:参考になるかどうかはわかりませんが、「プレッシャー」と「羨ましい」は、もしかしたら保護者の方の参考になるかもしれません。

「プレッシャー」は、人は好くないことが起こると、「(運が)ついていない」ということで片付けてしまいがちですが、そういうことだけではないんじゃないかと思って描いたんです。じつはその人が、他者にプレッシャーをかけてしまい、好くない状況を生んでいるのかもしれないーー。逆に不安や緊張で失敗してしまう人はその人だけのせいではないのかもしれない。そんなふうな想いを込めて描いた作品なんです。

『ご自愛さん』より「プレッシャー」

また、「羨ましい」は、そのタイトル通り、「隣の芝生は青く見える」ということを描いたものです。人は比べても仕方ないのに、なぜだか比べてしまい、みじめな気持ちになりがち。相手から見たら、自分のほうがずっといい立場に見えるかもしれないのに……。でも、比べてしまうのは、自分自身がそのときつらいからなのかもしれません。

どちらの作品も、物事を両面から捉える余裕があれば、心が軽くなるかもしれない。心の持ちようが変われば、何かが変わるかもしれないといったことを念頭に考えて描いたものです。この話が、子育てをしている方々にどう刺さるかはわかりませんが、お子さんと過ごす日々に役立つ可能性があるんじゃないかなと思いました。

10月にはお父さんとの親子展を開催予定

――子育てには休みがなく、確かに毎日子どもと向き合っていると余裕がなくなりがちです。物事を俯瞰して捉えられたら、違った側面が見えてくるのかもしれませんね。アドバイスありがとうございます! 最後に今後の活動や抱負を教えてください。

矢部さん:10月17日(金)から12月21日(日)まで、岡山県の倉敷市立美術館で父・やべみつのりと親子展『やべ みつのり と 矢部 太郎 「ぼくのお父さん」のふるさと・倉敷』を開催します。父の手がけた紙芝居や絵本の原画とともに、僕の漫画作品を紹介する展覧会です。父の絵日記や僕の子どものころの絵なども展示する予定です。

展示会の詳細は>>こちらをチェック

さらに、あの話題の「たろうノート」の自費出版も!

――お父さまの絵日記というのは『ぼくのお父さん』にも登場した家族絵日記ですか? 以前、2024年に東京・立川で開催なさった『ふたり 矢部太郎』展で、「たろうノート」と書かれたお父さまの育児日記を拝見しました。わずかなページしか展示されていませんでしたが、お父さまが矢部さんの成長を繊細に温かな視線で見つめていらっしゃることが伝わってきました。

矢部さん:じつは、今その父の絵日記を自費出版しようと思い、作業を進めているところなんです。絵日記は姉が生まれたところから始まっているので、ノートは全部で40冊、1000ページほどありまして、ひとりで全ページをスキャンしてトリミングしているんですよ。ほぼ自分の作業が追い付いてなくて……(笑)。出版する際は、絵日記の解説として僕の漫画と文も添えてカタチにしたいと考えています。はっきりとした出版時期はまだ決まっていないんですが……。

――それはとても楽しみです! ぜひ読んでみたいです!! 早く実現することを心から願っています。本日は誠にありがとうございました。

前編では矢部太郎さんが今回の書籍に込めた想いを伺いました

芸人で漫画家の矢部太郎さん「弱った心のサプリメントになりたい」優しい気持ちになれると話題の『ご自愛さん』に込めた想い
日々の悩みや疑問の答えを自分なりに表現した連載がスタート ――『ご自愛さん』は、月刊『PHP』で連載中の「僕の楽がき帖」をまとめたも...
矢部太郎 PHP研究所 1,650円(本体価格1,500円)

いつもの自分を、大切に。お手紙の最後に「ご自愛ください」とひと言添えるように描かれた、心がふっと軽くなる55のマンガと言葉。

今日がんばった自分に「おつかれさま」と言いたくなる、見開き1話完結のエッセイマンガ。

お話を伺ったのは

矢部太郎さん

1977年、東京都生まれ。芸人・漫画家。1997年に「カラテカ」を結成。吉本興業からデビュー。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍中。初めて描いた漫画『大家さんと僕』(新潮社)で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。シリーズ累計135万部の大ヒットとなった。ほかに、『ぼくのお父さん』『プレゼントでできている』(以上、新潮社)、『楽屋のトナくん』(講談社)、『マンガ ぼけ日和』(原案:長谷川嘉哉、かんき出版)、『矢部太郎の光る君絵』(東京ニュース通信社)など著書多数。

X:@tarouyabe
Instagram:@ttttarouuuu

取材・文/山津京子 撮影/横田紋子

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