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日々の悩みや疑問の答えを自分なりに表現した連載がスタート
――『ご自愛さん』は、月刊『PHP』で連載中の「僕の楽がき帖」をまとめたものだそうですが、この連載はどのような経緯で始まったのでしょうか?
矢部太郎さん(以下、矢部さん):当初は、『PHP』編集部の方から「見開きで、文章と漫画で読者のお悩み相談ではいかがでしょうか」というお話をいただいたんです。『PHP』はいろんな場所に置いてあって、いろんな方に手に取ってもらえそうだし、僕のことを知らない人にも読まれているような雑誌でしたので、とてもよいお話だと思いました。
ただ、「お悩み相談」は僕にはできない気がしたんですよ。読者の方々は僕より人生経験がありそうですし、そんな方たちに僕がアドバイスすることなんてないんじゃないかと思ったのです。

矢部さん:それで別の形でできないか考えているうちに、自分が体験したことで悩んだり疑問に思ったりしたことを改めて見つめ直して、その答えを見出したり、答えは見つからないけれど、その体験に対する捉え方を一歩進めて考えて表現する形であればできるんじゃないか……。そんなふうに思って提案をさせていただいたところ、受け入れていただき、連載を始めることになりました。最初は半年間の連載企画だったのですが、その都度更新となりまして、現在も続いています。
「ご自愛ください」読み手へそんな気持ちを込めて描いた
――本書は、連載の4年分をまとめたものだと伺っています。書籍化するにあたって、本のタイトルを『ご自愛さん』としたのはどのようなお気持ちからですか?
矢部さん:連載をまとめるにあたって、改めてこれまで描いてきたものを読み返してみたんです。そうしたら、自分自身に向き合いながら描いてきた作品なのですが、そのどれもが手紙の最後に相手に向けて「ご自愛ください」と、ひと言添えるような気持ちで描いてきたような話だなと思ったんですよね。それで、『ご自愛さん』というタイトルにさせていただきました。

「ご自愛さん」という概念を読者の皆さんにより理解してもらいやすいんじゃないかと思いまして、キャラクター化したのが本の表紙に描いた女性です。「ご自愛さん」が自身に水をあげてやさしく労わっている姿を描いたのですが、それと同じようなことを僕もできたらいいなと思いまして、本の裏表紙には、「ご自愛さん」のマネをしている僕も描いているんです。

誰かを攻撃したり不安を煽ったりするようなことはしたくない
――全部で55話が収録されていますが、作品は見開きで1話完結。どこから読み始めても楽しめますね。どれも矢部さんの悲喜こもごもの日常生活が描かれていて、矢部さん自身が自分のダメさや足りなさを反省しているようなお話も多いんですが、読んだあと「こんなふうに考えたら気持ちがラクになるな」「こんなふうに自分も考えられたらいいな」と思いました。
矢部さん:物事に対する考え方というよりも、僕の身の回りの出来事を、僕自身がどう捉えるかということを描いただけなんです……。ただ、一冊にまとめるときに、誰かを攻撃するとか、不安を煽るようなものではないようにしたいと思いました。
――どれもステキな作品だと思います。収録作品の中で特に気に入っていらっしゃる作品はありますか?
矢部さん:ウ~ン、難しいですね……。それはなかなか……。あえて選ぶなら、「自己採点」でしょうか。舞台の出番が終わったあと、その日のできばえを100点満点ではなく、3点満点でざっくり自己採点している先輩芸人の方の考え方がすごくいいなと思って、そのエピソードをそのまま描かせていただいているんです(笑)。

矢部さん:例えば、鰻屋さんでは、うな重が松(まつ)・竹(たけ)・梅(うめ)とメニューに出されているじゃないですか。もしもあれが蒲焼きのシビアなサイズ表記であったり、100点のうな重や50点のうな重と書かれていたりしたら残念な気持ちになるんじゃないかと思うんですよね。
でも、松竹梅というふわっとした書き方になっているから、なんかいろいろなところが丸く収まる感じがするんです(笑)。3点満点の自己採点はそれと同じで、いい考えだなあと思ったんですよ。もしかしたら、この作品も松と竹と梅というエピソードで描いてもよかったかもしれないですね(笑)。
悩んだときの〝心のサプリメント〟になることを願って
――漫画のオチにクスッと笑ったり、エッセイを読んで共感したり……。これまでの矢部さんの作品と同じで、ほのぼのしていて、とにかく癒されました。読者の方からの感想はどんなものが多いですか?
矢部さん:「やさしい気持ちで読めた」とか、「共感できた」といった感想をいただいています。すごく個人的なことを描いているのですが、僕と同じようなことで悩んでいる人もいるんだなあと思いまして、僕自身、読者の方の声に救われているところがあります。
「本屋さんに来る方は、ちょっと弱っている人が多いんじゃないか」――これは僕がよく行く書店の店員さんが実感として言われた言葉で(笑)、極論じゃないかとも思ったんですが、もしそうなら、この本がそういう方たちに〝心のサプリメント〟として届けられたらいいなと思います。
後編では矢部太郎さんの子ども時代のお話や家族のお話などを伺いました
いつもの自分を、大切に。お手紙の最後に「ご自愛ください」とひと言添えるように描かれた、心がふっと軽くなる55のマンガと言葉。
今日がんばった自分に「おつかれさま」と言いたくなる、見開き1話完結のエッセイマンガ。
お話を伺ったのは
1977年、東京都生まれ。芸人・漫画家。1997年に「カラテカ」を結成。吉本興業からデビュー。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍中。初めて描いた漫画『大家さんと僕』(新潮社)で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。シリーズ累計135万部の大ヒットとなった。ほかに、『ぼくのお父さん』『プレゼントでできている』(以上、新潮社)、『楽屋のトナくん』(講談社)、『マンガ ぼけ日和』(原案:長谷川嘉哉、かんき出版)、『矢部太郎の光る君絵』(東京ニュース通信社)など著書多数。
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取材・文/山津京子 撮影/横田紋子