「フランスは子育てしやすいと言われるけど…」3児を連れて移住して大苦労、母が痛感した〝運ゲー〟じゃない日本の行政のスゴさ

フランス在住ライターの綾部まとです。2025年から、夫と9歳・7歳・4歳の3人の子どもたちと、パリ近郊の町で暮らしています。この連載では、日本とフランスのあれこれを比較しながら、子育てや日常のなかで見つけた“違い”について綴っていきます。
今回は、フランスで直面した“制度と人”の関係について。あらためて「日本人って、すごく誠実だったんだな」と感じた話です。

「制度が人によって変わる」フランスの役所は“運ゲー”

その事件は、学童の登録をしに、区役所へ行ったときに起こりました。去年も登録しましたが、この国では毎年手続きをやり直す必要があります。

区役所に着いたのは17時。閉まるのは17時30分。まだ間に合っていますが、悪い予感はしていました。この国では、終業直前に何かを依頼すると嫌がられるのです(誰もいなければ早く帰れるから)。

窓口はひとつだけ開いていて、大柄な女性が職員とやり取りをしています。どうやら生活保護と学童の申請について話しているようでした。

フランスの学童

驚いたのは、その受給者の態度です。生活保護という言葉には、どこか控えめな響きがありますが、彼女はむしろ高圧的で、職員の方が押され気味に見えました。

その職員は、以前にも対応してもらったことがある女性で、やさしくて、どちらかといえば気が弱そうな人。そんな彼女から「次の方」と呼ばれたときの声がいつもと違って、嫌な予感が確信に変わりました。

案の定、私が学童の登録書類を差し出すと、ほとんど叫ぶように言われました。

「母子手帳がないじゃないの! ワクチンを接種した日が確認できないわよ!」

「母子手帳は家にありますけど、持ってきていません」と返すと、彼女は机を叩いて「持ってこなきゃダメに決まってるでしょ! 証明できないじゃない!」とヒートアップ。

去年は母子手帳なしでも受け付けてもらえたことを伝えると、「じゃあ、去年の書類を見てくるわ」と、奥に引っ込んでいきました。戻ってきた彼女は、「まあ、たしかに去年は受け付けてるけど……」と、大きくため息をつきました。

ため息をつきたいのはこっちだけど、と思っていると「保険証の番号が書いていない」とか、「保険にまだ加入できていないのならダメ」といった別の理由を出してきます。

どちらも申請はしていて返事を待っている状態だから、去年はそれで登録できたはず。でも、私は悟りました。今日は何を出しても通らないな、と。

「わかりました。母子手帳を持って、また来ます」と言ってその場を後にしました。

同じ書類なのに結果が違うのは「担当した人が変わったから」

地域の区役所

翌日、朝イチで再び区役所へ行くと、今度は別の職員が対応してくれました。

彼女は書類に軽く目を通して、「ああ、これね」と言って受け取ってくれました。母子手帳の確認もなければ、顔写真を貼り忘れていたのですが、それについても何も言われませんでした。

前日と同じ書類で、結果はまったく違う。何が変わったのかといえば、担当した人だけです。

この国では、制度は制度として存在しているけれど、それが「どう使われるか」は人によって変わってしまいます。制度よりも、人の気分や判断が優先されるのです。

誰に当たるか。それがすべて。そんなくじ引きのような行政のあり方に、少しだけ疲れを覚える日もあります。

「誰に聞いても答えは同じ」渋谷区役所という“オアシス”

夕方の渋谷

ふと、渋谷区役所のことを思い出しました。私が3人の子どもたちの手続きを行ってきた、かつての場所です。

そこには何度も通いました。育休の届け出、保育園の申請、引っ越しに伴う変更手続き。手続きが多いのは、どこの国でも子どもを育てていれば同じだと思います。

でも、あの頃は一度も「不快だった」と感じた記憶がありません。

窓口は複数あって、待ち時間も短い。マイナンバーカードの普及以降、多くの申請はオンラインで完結するようになっていました。必要なものはリスト化されていて明記されている。なにより、誰に聞いても同じことを言ってくれます。

かつて、仕事でどうしても遅れてしまい、閉庁時間を大幅に過ぎて区役所に着いたことがありました。走って息を切らせながら受け付けに向かうと、職員の女性はやさしく言ってくれました。

「大丈夫ですよ、まだ受け付けしています。どうぞ」

電話で別の職員から必要な書類を聞いて、持ってきたことを伝えると「はい、引き継ぎを受けています」と、対応してくれました。始終、裏表のない、きれいな笑みを浮かべて。

ああいう人たちに支えられて、東京での子育てを乗り越えてきたんだなと、今になって思います。

夫がフランス人かどうかで、見える景色は変わる

もちろん、日本でも職員によって差はあります。「意地悪な対応をされたな」と感じたこともありました。でも、制度的には均一な対応を目指している印象です。

一方で、フランスは制度や運用の段階から裁量の幅が大きく、差が表に出やすい。だから“運ゲー”だったり、人脈(コネ)が重要になってきます。

「今、フランスで3人を産んで同じことをやれ」と言われたら、まず無理でしょう。夫がフランス人ならまた話は別ですが、うちは「日日(両親ともに日本人を意味する俗語)」なので……。

正直いって「フランスは子育てがしやすいよ」という声は、ほとんど夫がフランス人である女性から発信されているように思います。「夫のツテで保育園に入れた」「夫の友人が働いているから保険証を早く受け取れた」という彼女たちの声を聞くと、裁量の幅を思い知らされます。

日本のほうが子育てがしやすい面も、確かにあるのです。

「武士に二言はない」文化の懐かしさ

渋谷区役所すぐ横の子育て施設

日本には、「武士に二言はない」という言葉があります。言ったことには責任を持つ。言葉を大切にする。そんな文化が、行政にも日常にも根づいています。

それが時に窮屈に感じられることもあったけれど、いざそれがない場所に暮らしてみると、「あの誠実さって、すごく便利だったな」と感じることが増えました。

「人によって言うことが変わらない」ということは、「言われたことを信じて動ける」ということ。その当たり前が、どれだけ支えになっていたのか。フランスに来てから思い出すようになりました。

人の優しさは、フランスのほうが大らかであたたかいと感じることもあります。けれど、制度のなかで生きていくうえで、「きっちりと守られている」ことの安心感や快適さは、日本ならではのものかもしれません。

どちらが良い悪いではなく、それぞれの国に「らしさ」があります。でも、ふと渋谷区役所での誠実な人たちの、穏やかな対応を思い出すたび、「あの感じ、やっぱり好きだったな」と思うのです。

フランス移住のきっかけなど連載1話から読む

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写真・文/綾部まと

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