暗闇だからこそ見えた父の横顔
――(HugKum編集部)安西水丸さんの没後10年となりますが、いま親子共作の絵本を作ろうと思ったきっかけは何かあったのですか?
安西カオリさん:もともと父の作品は好きでしたが、絵本にしたいと思っていたわけではありませんでした。きっかけは、2014年に父が他界した後、2016年頃から国内で何か所か開催していた回顧展です。改めて父のいろいろな作品を見る機会があって、その中で、今回の絵本が出来上がってきた感覚があります。

2、3年ぐらい前に、父自作の横顔のようなイラストレーションを大きなパネルにして展示したことがあったんです。それがちょうど、建物の大きな丸窓から見える位置に展示されたことがありまして、外からその様子を見てみたいと思っていたんです。でも昼間に外から探してみてもどうしても見つからない。残念だなと思っていたんですが、あるとき、閉館間際の夜になってふと外からのぞいたら、窓のところにその父の輪郭がぱっと浮かび上がっていたんですね。
昼間あんなに探し回ってわからなかったのに、なんでいまはこんなにはっきり見えているんだろうと思いました。明るいときの方がいろんなものが見えるはずなのに。でもそういうことってあるなと思いながら、まるで父がそこにいるかのような演出に、ああ、父に会いたいなと胸が熱くなりました。
この暗闇から見えてきたものがヒントになり、作品を絵本の形で物語をつけて世に出したいと考えていきました。

父の作品は、見ているといろんな風景が脳裏に浮かんできます。学生時代の写実的で細密に描かれた絵も残っているんですが、シンプルな線の誰にも真似できないあのタッチが私は好きです。作品から音が聞こえてきたり、遠き記憶がよみがえったり、五感で感じて浮かび上がってきたりするいろんなものを楽しめる感じがします。そこが、他の人も気に入ってくださっている部分なのかなと感じます。
そういった思い入れの深いイラストレーションを今回絵本にしていて、一つの新しい見方で父の作品を見ていただけたらな、という思いがありました。
絵本は「親と子をつなげる大事なもの」と捉えています。文字やストーリーに触れるきっかけとしても、子どもの頃から絵本を読んできてよかったと思うことは多いですね。
父との思い出の品を絵本に。ひとつひとつが宝物
――絵本の中で出てくるモチーフで、特に思い出が深かったものはありますか?
最初に出てくる真っ白いフクロウは、青山の父の事務所にいつも置いてあったものでした。テディベアはモチーフとしてもよく描いていたもので、亡くなる2か月前に父が抱いて撮影したものが残っていて、すごく記憶に残っていますね。
一番思い入れがあるのは、マトリョーシカです。父がずっとコレクションとして集めていたもので、旅行に行ったときに、父がいつも探したり出会ったりするのを見てきました。一緒に「次は何が入ってるかな」と見て楽しんだり、きっといろんな人の思い出にもつながるものなのではと思います。
個人的にすごく好きなのは、動物が組み合わさっている積み木です。子どもながらにすごくおしゃれでかわいいなと思っていたものだったので、これを絵本の中に入れたいなと思っていました。

そういうモチーフを組み合わせて物語の形にしたいと思ったのと、最初にお話しした、いつもは見えなくても、夜に見える世界があるというお話にすることで、想像力を広げていただけたらいいなと思いました。
例えば、絵のフクロウの目が光っているのを見て、親子で「フクロウって夜は目が光るんだよ」というような会話をしてもらったり、「夜寝てる間におもちゃの世界があるかもしれない」というような想像の世界を、絵本を通していろんな方と共有していってもらえたらと思います。
残された作品に命を吹き込みたいと思った
――夜の世界の表現もとても素敵ですね。一面暗い真っ青な画面からうっすらと作品たちが見えてくるところや、朝になっていくところが水玉で表現されているところなど、とても雰囲気が伝わりました。
絵本をどんなふうに展開したいかは、父とは直接話せないので、デザイナーさんにはとても助けていただきました。アイデアは話してきたものの、イマジネーションあふれるデザインで、世界を広げていただいたと思っています。
私には父の作品を使わせてもらっているという意識があり、父にもそのファンの方にも失礼がないように、自分で納得できるまでいいものを作りたいという思いがありました。

回顧展でたくさんの作品を見る中で、この作品たちが動き出したら楽しいかなと思うときがありました。父のキャラクターに命を吹き込みたいという感覚が、自分の中で芽生えていったように思います。
大好きな父が残してくれたかけらがいまも生きている
――安西水丸さんは、カオリさんにとってどんな方でしたか。
父は、すごくおもしろい人だったと思います。人を楽しませることに長けていました。父のご友人が「水丸がいなくなるとつまらない」っておっしゃっていて、本当にその表現がぴったりな人でした。
相手が言ってほしかったことを、うまく口にしてくれたり、小さなプレゼントも上手だったりして、「なんでこれがほしいってわかったの?」と言われるような場面もよくありました。
そしてとてもクリエイティブで、無から有を生み出すエネルギーというか、パワーがあふれている人でした。尊敬していましたね。
いまでも父がいてくれたらと思うことはあります。でもいろんなときに、自分の中に父のかけらがあるのかなとは感じることがあります。もちろん父がいてくれた方が何百倍も何万倍もいいのですが、もしそうだったら、いつまでも甘えてしまって、こういう作品が出る可能性も、低かったかもしれません。
この絵本が、自分の中で、父と自分の言葉とをつなぐ大切な一つになっていると感じています。
時代を超えて愛され続けるイラストレーター・安西水丸さんの絵から、娘・カオリさんがモチーフを丁寧に選び、複数の作品を組み合わせてビジュアルを新たに再構成。そこに物語を添えて誕生した“親子共作絵本”です。
故・安西水丸氏長女。エッセイスト、絵本作家。大学卒業後、新聞社等勤務を経て執筆活動を始める。著書に『さざ波の記憶』『ブルーインク・ストーリー-父・安西水丸のこと-』、絵本『安西水丸のどうぶつパシャパシャ』(安西水丸と共著)。
撮影/小平尚典 取材・文=日下淳子