目次
親が決めずに一緒に考える、“すぐ行動できる”仕組みとは

――本書で紹介されている「すぐ行動できる仕組み」を、宿題や片付けなど子どもの生活習慣に応用するには、どのような方法が効果的でしょうか?
外山先生:子どもの習慣づくりには「実行意図」がとても有効です。少し難しく聞こえるかもしれませんが、簡単に言うと「〇〇したら△△する」と状況と行動を結びつけておくことです。
例えば「夕食を食べ終わったら宿題をする」と決めておくと、行動のハードルが下がり、先延ばしを防ぎやすくなります。実行意図を取り入れていない場合と比べると、宿題に取りかかりやすくなることが心理学的にも分かっています。
実行意図を取り入れるときに気をつけたいのは、親が一方的に「こうしなさい」と決めてしまわないことです。それでは子どもが「やらされている」と感じてしまいます。親子で一緒に考えたり、子ども自身に決めさせたりすることが大切です。タイミングも子どもによって違いますから、その子にとって一番やりやすい時間を一緒に相談して決めることで、主体性が育ち、行動も続けやすくなります。
「すぐやる子」に育つ! 親の声かけと環境づくり

――子どもが自然に行動しやすくなる声かけの工夫はありますか?
外山先生:声かけのポイントは、「やらされている感」を感じさせないことです。「これをやりなさい」「早く宿題しなさい」と言われると、子どもは叱られているように感じてしまい、自発的な行動につながりにくくなります。
そこでおすすめなのは、選択肢を与えること。「宿題とお風呂、どっちからやろうか?」と聞けば、伝えたいメッセージは同じでも、子どもは「自分で選んだ」と感じることができ、主体性が生まれます。
一方で、子どものやる気をそいでしまうNGな声かけもあります。例えば「まだ終わってないの?」「どうしてできないの?」といった否定的な言葉や、「お兄ちゃんはできるのに」「○○ちゃんはもう終わっているよ」といった誰かと比較するような言葉は自己肯定感を下げてしまいます。
親はできていない部分に目が行きがちですが、「ここまでできたね」と進んだ部分に注目して伝えることが大切です。できたことを認める言葉がけが、子どもの次の行動につながっていきます。
ーー集中力を伸ばすために、親子で日常生活に取り入れられる工夫や、保護者ができるサポートにはどのようなものがありますか?
外山先生:人は「やらなくちゃいけないこと」を覚えておける力に限界があります。ですから、やることを「見える化」しておくことが効果的です。例えば、やることリストを作り、終わったらチェックや丸をつける。さらに「できたことの見える化」も加えると、「できた!」という達成感を味わうことができ、次の行動につながりやすくなります。
また、宿題や勉強をする際には、誘惑を目に入れないようにする工夫も大切です。ゲームやスマートフォンは近くに置かず、必要なら親が一時的に預かるなどして、集中できる環境を整えてあげるとよいでしょう。
さらに、子どもは一人で行動を始めるのが難しいこともあります。「夕食を食べ終わったら宿題をする」と決めていても、腰が重いときがありますよね。そんなときは、親がそばで一緒に取り組むのがおすすめです。子どもが勉強している横で、親は家計簿をつけたり、メールの返信をしたりと自分の作業をする。これだけでも「一緒にやっている」という感覚が生まれ、子どもが自然に動きやすくなります。
挫折しない目標設定と計画の立て方

ーー「すぐやる子」と「後回しにする子」の違いは何ですか?
外山先生:「すぐできない子」「すぐできる子(すぐやる子)」の大きな違いは、まず「目標の明確さ」です。すぐできない子は「いつかやらなきゃ」「頑張らないと」と思ってはいるものの、目標が漠然としていて行動につながりにくい傾向があります。一方ですぐやる子は「今日はドリルを1ページやる」「今週中にここまで終わらせる」と、やることを具体的に決めています。
また、意識の向け方にも違いがあります。すぐできない子は「面倒くさい」「疲れている」といった今の気持ちにとらわれやすいのですが、すぐやる子は「やり終えたらスッキリする」と未来の自分を思い描ける。現在志向と未来志向の違いが行動の差になって表れます。
さらに「誘惑」との付き合い方もポイントです。すぐできない子はスマートフォンや漫画が手の届く場所にあるなど環境が整っていない場合が多いですが、すぐやる子は机の上を片付け、誘惑物を視界に入れない工夫をしています。
ただし、これは生まれつきの気質というよりも、環境やサポートで変えていける部分が大きいです。親御さんの関わり方次第で、子どもは「すぐやる子」に近づいていきます。ですから「子ども自身が悪い」と考えるのではなく、「仕組みや環境に工夫が必要」ととらえることが大切です。
ーー子どもが目標に向かって計画を立てるとき、挫折しにくくするためのポイントはありますか?
外山先生:小さな子どもにとっては、目標を立てること自体が難しい場合があります。大人から見てもとうてい達成できないような、大き過ぎる目標を立ててしまうこともあるんですね。ですから、親御さんが一緒に「小さな目標」に分けてあげることが大切です。
例えば夏休みの宿題でよくある読書感想文。これは大きな課題ですが、「今週は本を選ぶ」「1日5ページだけ読む」といった小さなステップに分ければ、達成感を積み重ねながら進められます。
また、習慣づけも重要です。いきなり「30分勉強しよう」ではハードルが高いため、「朝10分だけ机に向かう」「夕食後に5分やる」など、短い時間から始めるのがおすすめです。さらに実行意図を取り入れて「毎日同じ時間、同じ場所でやる」と決めておくと習慣化しやすくなります。
そしてもう一つは「できたことの見える化」です。カレンダーに丸をつける、やることリストにチェックを入れるなど、努力や達成を目で確認できる仕組みを作ると、モチベーションの維持にも効果的です。

――子どもってやる気に波がありますよね。「今日はたくさんやる!」と意気込む日もあれば、全然手につかない日もあって…。親としてはどう関わればいいのか迷うことがあります。
外山先生:「うまくいかない日があっても大丈夫」という前提を作っておくことも大切です。例えば子どもが「毎日10ページ読む」と目標を立てたとしても、それが負担になってしまう場合があります。そんなときは「1週間のうち1回でも10ページできたらすごいね」といったように、できたことを評価してあげればよいと思います。
「やらなきゃ」と自分を追い込むと、かえってやりたくなくなってしまいます。子どものやる気には波があるものだと受け止め、柔軟にサポートするのがおすすめです。
――子どもがモチベーションを保つために、親はどのようにサポートすればよいでしょうか? ご褒美の工夫についても教えてください。
外山先生:ご褒美ばかりに頼ってしまうと、子どもが「ご褒美がないとやらない」という状態になってしまうので注意が必要です。ただし、まったく使ってはいけないわけではなく、工夫して取り入れることが大切だと思います。
例えば「勉強を30分したら、YouTubeを5分見てもいい」といったように、事前にルールを決めておけば効果的です。また、お小遣いや物を与えるよりも「公園へ遊びに行く」「家族で出かける」といった経験を報酬にした方が、子どもの成長にもつながります。
理想を言えば「やり終えた達成感」そのものが子どもにとっていちばんのご褒美です。ただ、それだけではモチベーションの維持が難しい場合もあるので、物よりも体験や時間を工夫して与えるのがおすすめです。YouTubeやお菓子も「完全に禁止」ではなく、オンとオフを切り分けてルールの中で楽しむことで、子どもにとっても親にとっても無理のない形で取り入れられると思います。
「メンタルトラベル」で未来を想像する力を育てる

ーー子どもの行動を促すためにおすすめの習慣はありますか?
外山先生:おすすめしたいのが「未来を想像すること」です。心理学では「メンタルトラベル」と呼ばれる方法で、今の自分ではなく少し先の未来の自分を思い描くことを指します。
例えば「宿題を終わらせたら、明日の朝は気持ちよく迎えられそう」と想像できれば、自然と行動につながりやすくなります。こうした未来のイメージを持つことで、子どもは「やらなきゃ」ではなく「やってみよう」と思えるようになるのです。
ーー未来を想像することで、どんな力が育まれるのでしょうか?
外山先生:未来を思い描くことは、先を見通して行動する力を育みます。さらに「今の誘惑に負けずに頑張ろう」という気持ちが生まれるため、感情をコントロールする力も養われます。
中高生であれば「大学生活の自分」「働いている自分」をイメージすることで、勉強のモチベーションを高めることができます。小学生にとっては少し難しいかもしれませんが、「大きくなったら何になりたい?」といった問いかけをするだけでも、未来を想像するきっかけになります。
また、中学受験などでも、学校見学に行ったことがきっかけで急にやる気が高まることがあります。これは「そこで自分が過ごす姿」を具体的に想像できたからで、まさにメンタルトラベルの効果といえるでしょう。
ーーメンタルトラベルは家庭ではどのように取り入れられますか?
外山先生:いきなり遠い未来を想像するのは難しいので、まずは「明日の自分」「1週間後の自分」といった身近な未来から始めるのがおすすめです。
また、子どもが一人ではイメージしにくいときには、親が声をかけて具体的な少し先の未来を引き出してあげることが大切です。「宿題を終わらせたら明日の朝はスッキリ気持ちよく迎えられそうだね」と伝えるだけでも、子どもの行動を後押しするきっかけになります。
工夫次第で、子どもは“すぐやる子”に変わる
――最後に、HugKum読者にメッセージをお願いします。
外山先生:子どもがやるべきことをすぐにやらないのは、保護者が悪いわけでも、子ども自身の意思が弱いわけでもありません。大切なのは「子どもができないのは性格のせいではなく、仕組みが足りないだけ」と考える視点です。
「この子は何をやってもダメ」と決めつけるのではなく、「環境や仕組みを少し変えればうまくいくかもしれない」と思って、支えてあげてほしいと思います。
小さな「できた」を積み重ねられるように、大人の声かけや工夫を加えるだけで、子どもの行動は大きく変わります。親御さんには、子どものいちばんの応援団として寄り添っていただけたらと思います。
こちらの記事もおすすめ
仕事や勉強、運動など、「やらなければ」と思ってもなかなか行動に移せないのは、意志の弱さではなく心理的な要因によるものです。本書では、人が無意識のうちに「やらない選択」をしてしまう理由を明らかにし、面倒くささや三日坊主といった行動の壁を心理学の観点から解き明かします。スムーズに行動を起こし、無理なく続けるための具体的な方法を紹介。頑張らずとも目標を達成できる、実践的な思考法と仕組みづくりを提案します。
お話を聞いたのは…
1973年生まれ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科中退。博士(心理学)。筑波大学人間系教授。専門は、教育心理学。著書に、『勉強する気はなぜ起こらないのか』(筑摩書房)、『行動を起こし、持続する力――モチベーションの心理学』(新曜社)、『実力発揮メソッド――パフォーマンスの心理学』(講談社)、共著に『やさしい発達と学習』(有斐閣)、『ワードマップ ポジティブマインド』(新曜社)などがある。
取材・文/やまさきけいこ


