「トゥキディデスの罠(わな)」とは?
2026年5月14日から15日にかけて、アメリカのトランプ大統領が国賓として中国・北京を訪問し、習近平国家主席との間で米中首脳会談が開催されました。
世界が注目したこの会談において、習近平氏が発言したことで再び大きな話題となったのが「トゥキディデスの罠」という言葉です。ニュースなどで耳にして、一体どういう意味だろうと疑問に思った方も多いのではないでしょうか。今回は、この歴史的な言葉の意味と、なぜ習近平氏がこのタイミングで持ち出したのかを分かりやすく解説します。

超大国と新興国家の間に起こる、戦争のリスク
「トゥキディデスの罠」とは、国際政治の歴史において、世界をリードする超大国(覇権国家)と、急速に力をつけて追い上げる新興国家との間で、お互いの恐怖心や警戒心が極限まで高まり、最終的に避けることのできない戦争へと突き進んでしまうリスクを指す言葉です。
この言葉の由来は、紀元前5世紀の古代ギリシャにまでさかのぼります。当時の歴史家であるトゥキディデスが、新興勢力であるアテネの台頭と、それを恐れた既存の覇権国家スパルタとの間で起きたペロポネソス戦争を分析した際、「アテネの台頭と、それがスパルタに抱かせた恐怖こそが戦争を不可避にした」と書き残しました。
近代になって、アメリカの政治学者グレアム・アリソン教授がこの構造を歴史的に検証し、過去500年間で新興国が覇権国を脅かした16の事例のうち、なんと12事例で実際に戦争へと発展していたことを突き止めました。この極めて高い確率で衝突が起きてしまう構造的なリスクのことを、「トゥキディデスの罠」と呼ぶようになったのです。

アメリカと中国はまさにこの関係
今回の米中首脳会談の舞台となった北京の人民大会堂で、習近平氏は米中関係をまさにこの「トゥキディデスの罠」になぞらえ、「米中両国はこれを乗り越えることができるか」と問いかけ、罠を克服すべきだと強調しました。
これまで中国側は「そのような罠は存在しない、衝突は避けられる」という立場をとることが多かったため、今回の発言は大きな注目を集めました。習近平氏がこの言葉をあえてトランプ大統領の目の前で口にした背景には、現在のアメリカ(既存の覇権国)と中国(急速に追い上げる新興国)の関係性が、まさにこの歴史的な罠の構図にぴったり当てはまっているという現状認識があります。
発言の意図として、まずは台湾問題や経済貿易を巡る摩擦において、「下手に中国を刺激して間違った処理をすれば、本当に危険な衝突に発展しかねない」というアメリカ側への強い牽制が挙げられます。その一方で、米中という二大国が正面衝突すれば世界経済は破滅してしまうため、「歴史の罠にはまらずに、お互いが共存できる建設的な戦略的安定関係を築こう」という、衝突回避に向けた協調の呼びかけという側面も同時に含まれていました。
「トゥキディデスの罠」は、リアルな脅威
米中首脳会談で語られた「トゥキディデスの罠」は、決して過去の遠い国の話ではなく、現代の私たちにとっても直結するリアルな脅威を捉えた言葉です。
大国同士のパワーバランスが激しく動く今、衝突という最悪のシナリオを回避するために、アメリカと中国がどのように対話を続け、この歴史の罠を克服していくのか。今回の首脳会談は、今後の世界情勢の行く末を占う重要なターニングポイントとなったと言えます。
この記事を書いたのは
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教壇に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。
