・杉浦あきえ:モンテッソーリ教師

・夫:同じ年で多趣味
・長女:10歳(2016年生まれ)、何かを考えたり言葉にしたりすることが大好き
・次女:4歳(2021年生まれ)、天真爛漫でおしゃべりが止まらない
あらゆる言い方の「ずるい!」を連発する小学生
「ずるい!」
「ねえ! ずるくない?」
「だって、おかしいじゃん!」
(おお、始まった)と内心思う私。
小学4年生の長女。日常の中で「ずるい」「ずるすぎる」「ずるいって」「ずるくない?」と、あらゆる言い方の「ずるい」を聞くようになったのは、彼女が小学生になった頃からだろうか。
この日も「ずるい!」、いや「ずるい!!!!」くらいの、かなり鋭い「ずるい」が飛び出した。その言葉とともに、熱い視線、いや鋭い視線が私に向けられている。
理由は、大人から見ればささいなこと。嫌な言い方をしてしまえば、「どうでもいいこと」。それくらい大したことではない。……と、大人は思う。
でも、子どもにとっては違うのだ。すごく大事だし、すごく重要なこと。
この日の理由は、長女が習い事に行っている間に、4歳の妹がシールを買ってもらったこと。大人から見れば、「あなたも一人だけ何かを買ってもらうときがあるのだから、今日の1回くらいいいじゃない」という出来事だ。
でも、長女からすると話はまったく違う。
「私は自分のお小遣いでシールを買っている“のに”、4歳の妹“だけ”が買ってもらうなんて、おかしい」
そして、あの言葉につながる。
「ずるくない?!」
そうね、ずるいよね。

大人は、こんなふうに言いたくなる。
「そんな小さなこと、気にしなくていいじゃない」
「逆に、あなただけが買ってもらっていることの方が多いのよ?」
「妹はお小遣いがまだないから、ごめんね」
どれも、大人側から見た景色。
ただ、「ずるい」の一言で終わらせず、少し立ち止まってみると、その中にはいろいろな気持ちが入っているのかもしれない。
自分は、お小遣いを使って買っている。それなのに、妹だけが買ってもらった。自分ばかり我慢しているように感じたのかもしれないし、「私は自分で買っているのに」というところに気づいてほしかったのかもしれない。
不満、うらやましさ、悲しさ、矛盾。そうした気持ちがぎゅっと濃くなって、まとめて「ずるい」という言葉になって出てきたのだと思う。
そこで、「ずるい」に濃縮された気持ちを100倍希釈するようなつもりで、原液を割る水の役割を買って出ようじゃないか。
「ずるいと思ったんだね」
「どこがずるいと感じたの?」
まずは、そう聞いてみる。
大人だって、「ずるいな」と思うことはある。自分の負担ばかりが大きく感じられるとき。こちらの努力には誰も気づかないのに、別の人だけが評価されているように見えるとき。そんなとき、「なんで?」と納得できなくなることはある。大人は経験を重ねる中で、「まあ、そういうこともある」と折り合いをつけられるようになっただけで、「ずるい」という感情自体がなくなったわけではない。
とくに児童期の子どもは、公平か不公平かに敏感になる。少し前までは気にしていなかったような違いにも気づき、「どうして自分だけ」「あの子と違う」と感じることがある。
それは、子どもが周りをよく見て、自分と他者との関係を理解し始めている姿でもある。だから、「ずるい」と感じること自体は、なくさなければならない悪い感情ではないのだと思う。
もちろん、気持ちを受け止めることと、願いをすべてかなえることは別。
この日、妹がシールを買ってもらったからといって、長女にも同じように買う、という話ではない。年齢も違えば、その日の状況も、それ以前の出来事も違う。何でも同じにすることが、公平とも限らない。
それでも、「ずるいと感じた」という事実と、その中にある気持ちをまずは受け止めてもらうこと。そして、その感情は持ってはいけないものではないと知ること。その上で、自分の気持ちに気づき、少しずつ対処できるようになること。長い目で見たときに、それができるようになる手伝いをしていきたい。私が願っているのは、そのようなこと。
とはいえ、毎回こんなふうに落ち着いて向き合えるわけではない。
「ずるいって何度も言っているけれど、もう、いいじゃ〜ん! また買おうよ〜!笑」
とこちらは軽々しく、つい言いたくなる。
いや、小さい声で出てしまっているときもある。
「え! 何?」と長女に聞き返されて、「いや、あのさ、そういう日もあるよ」と気を取り直す。
そう、そんな日もある。
完璧にはできないけれど、すぐに「そんなことを言わないの」と消してしまうのではなく、「何をずるいと感じたの?」と聞いてみる。「ずるい」という一言の中身を、長女と一緒に少しずつ言葉にしていけたらと思う、今日この頃だ。
彩りデイズはいろいろな色があるから、彩り豊かになる。うまく向き合える日も、小さい声が漏れてしまう日もある。そんな子どもとの彩りデイズ。
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プロフィール
国際モンテッソーリ教師(AMI)
幼稚園教諭、保育士、小学校教諭。二児の母。
幼い頃から夢見た保育職に期待が溢れる思いとは裏腹に、現実は「大人主導」の環境で、行事に追われる日々。そのような教育現場に「もっと一人ひとりを尊重し、『個』を大切にする教育が必要なのではないか」とショックと疑問を感じる。その後、自身の出産を機に「日本の教育は本当にこのままでよいのか」というさらなる強い疑問を感じ、退職してモンテッソーリ教育を学び、モンテッソーリ教師となる。「子育てのためにモンテッソーリ教育を学べるオンラインスクール Montessori Parents」創設、オンラインコミュニティ”Park”主宰。著書に『モンテッソーリ教育が教えてくれた「信じる」子育て』(すばる舎)、『モンテッソーリ流 声かけ変換ワークブック』(宝島社)、『子育ての「引き算」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『子育ての“イラッ”“モヤッ”を手放す本』(小学館)。
Instagram @montessori_akie
Voicy モンテッソーリ子育てラジオ
公式HPは>>こちら
イラスト/カラシソエル
