ハリウッドで長年トップスターの地位をキープしながら、今は名プロデューサーとしても名を馳せるブラッド・ピット。彼が率いる映画制作会社プランBエンターテインメントは、『ディパーテッド』、『それでも夜は明ける』、『ムーンライト』と、3本ものアカデミー賞作品賞受賞作を手掛けています。これってすごいことで、まさにブラピは今や映画制作者としても最強なんです。
そんな彼の目利きに改めてうならされたのが、主演と製作を兼ねた映画『アド・アストラ』です。まさに映画館へ足を運ぶに値する“体感すべき映画”で、DVDでは味わえないアトラクション的な没入感がたまりません。でも、本作の醍醐味は、その映像美だけではなく、日頃、忙しさに追われているママやパパたちが、主人公の目線で自分自身と向き合えるという深みのある人間ドラマという点です。
『アド・アストラ』とは、“TO THE STARS=星の彼方へ”という意味のラテン語で、ブラピが演じるのは、エリート宇宙飛行士のロイ・マグブライド役。彼の父親(トミー・リー・ジョーンズ)は同じ宇宙飛行士でしたが、ロイがまだ少年時代に、地球から32億キロ離れた太陽系の彼方で消息を絶ったままです。ある日、父にまつわる衝撃的な事実を耳にしたロイは、その真相を追って、地球を旅立ちます。
ブラピが向き合った、父親と息子の葛藤
トミー・リー・ジョーンズ演じるロイの父親クリフォードは、宇宙飛行士として英雄視されながらも、仕事ひと筋で、家族のことは全く顧みない人でした。そんな父親をずっと見て育ったロイは、そこを反面教師にすることができず、どうやら自分自身も人と深い関係性を築けない大人になっていたようです。
彼は幼少期から心に孤独を抱えていて、いまだにそれを払拭できていません。だからこそ、実は生存しているのではないかと聞かされた父親に会い、話をしたかったのだと思います。そのへんの親子の葛藤が実にリアルで、心に響きます。
ブラピ自身も、人の息子であり、子を持つ父親でもあります。また、アンジーとの泥沼離婚問題で、子どもたちと引き離された時は、どれだけ心を痛めたことでしょう。彼自身がこの作品で主演と製作に携わったのも、今一度、自分と父親だけではなく、自分と息子との関係も見直したいと思ったからだと、インタビューでも明かしていました。まさに本作では、そこを丁寧につむぎ上げています。
宇宙への旅は、自分探しの旅でもあった
本作では、親子の関係性だけではなく、ロイと恋人との微妙な距離感も描かれていきます。ロイは、いわゆる“できる男”で、宇宙飛行士として申し分のないスキルを持ち、実際に危機管理能力も高いです。ところが、プライベートではどこかが欠落しているようで。
『アルマゲドン』のリヴ・タイラー演じる美しい恋人との関係も、どうやら破綻しているようです。ただ、決してお互いに愛が冷めたわけではなく、原因はロイにあり、彼が誰かと深く結びつくことを恐れているからだと。ただし、広大な宇宙を旅していくなかで、ロイ自身がそのことに気づいていきます。
本作で描かれるのは、宇宙を旅する果てしない旅ですが、実は最終的に着地するのは、自分が心から渇望していた“ホーム”といえる場所。すなわち、ロイは自分探しの旅をしていたんですね。さすがはブラピ!落とし所がなんとも深いです。
いつもは子どもが楽しめるファミリー映画優先で、なかなか自分が観たい映画を選べないママやパパも、たまには時間を作り、しばしの間、スクリーンの中の宇宙空間に身をゆだね、自分自身の内面と向き合ってみませんか。映画を観終わったあと「家族を大事にしよう」と思えたとしたら、その宇宙旅行のミッションは大成功です!
監督:ジェームズ・グレイ
製作:ブラッド・ピット…ほか 出演:ブラッド・ピット、トミー・リー・ジョーンズ、ルース・ネッガ、リヴ・タイラー、ドナルド・サザーランド…ほか
公式HP: http://www.foxmovies-jp.com/adastra/index.html
文/山崎伸子