「校則のない中学校」として注目を集める桜丘中学校。自由な校風に革新したことを筆頭に、子どもたちの個性を尊重しながら、それぞれの「自分で考える力」を育成することに注力しています。前回記事では、その方針改革を手がけた西郷孝彦校長ならではの「子どもたちとの向き合い方」を、初の著書『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』から抜粋し述べてきました。
子どもたちの幸せをいちばんに考える。そんな、西郷校長流・子どもとの向き合い方のなかでも、本記事では、さらに家庭で応用できるものに焦点を当て、ご紹介していきます。
養護学校、校内暴力で荒れる中学勤務を経て
学生時代から教員を目指していたわけではなかった西郷校長でしたが、就職活動時に「大企業の歯車ではなく自分として生きたい」という思いから教員を志望。西郷校長の現在の教育理念の基盤となる熱い思いは、その後配属された養護学校(現:特別支援学校)や、校内暴力で荒れる中学校での教員経験、さらには、父親としての育児経験を経て築き上げられてきました。
「15歳まで」に大切にしたい、親の子どもへの接し方
それらの経験のなかでの、さまざまな問題を抱える子どもたちや、長くは生きられない子どもたち、そして、愛するわが子との出会い。さまざまな出会いを通じて西郷校長が培ってきた、15歳までに大切にしたい、親としての子どもへの接し方をご紹介します。
15歳で子離れ・親離れすること
まず、お子さんの誕生の際に西郷校長が決めたことは「15歳になったら手を放す」ことだったそうです。
世の中には、15歳まで生きられない子もたくさんいます。
この年まで無事に生きてきたことは、それだけで奇跡であり、幸せなことなのです。私たちはこの時点で、たくさんの幸せを子どもから受け取っているのです。これから先の人生でも、私たちに幸せをよこせというのは乱暴です。
<中略>
親はどうしても、「子どもの面倒を一生みる」と思いがちです。<中略>しかし、たいていの子どもより先に親が逝くのです。子どもはそのあとも生きていかなければなりません。だったら「育てるのは15歳まで」と期限を切ってしまえばいい。時限的な子離れ・親離れが必要だと考えました。
子育ての期限を決めたことで「15歳までに何をこの子にしてあげられるか」と考えるようになった、と西郷校長は綴ります。
子どもの疑問にはきちんと向き合うこと
なぜ勉強するのか。そんな素朴な疑問を投げつけられたとき、西郷校長はこのように答えていたそうです。
「悪いやつに騙されないように勉強するんだよ」
世の中には頭がいい人がたくさんいます。そして頭がいい人が善人である保証はありません。<中略>騙されないようにするには、論理的な思考力や批判的な精神はもちろん、常識を下支えするための基本となる知識が必要になります。
勉強するもうひとつの意味は、差別をなくすことです。
ヘイトスピーチの多くは、無知であることからきています。正しい知識がないばかりに、必要のない差別意識を抱いたり、マイノリティ──少数の人たちや外国の方に敵意を持ったりするのです。正しい知識から差別意識は生まれません。
その場しのぎの答えではなく、西郷校長は、子どもの疑問にはきちんと向き合い、深く考えます。そして「なぜ勉強するのか」なんて疑問を抱かないような、楽しい授業を心がけます。
子どもがケンカをしても叱らないこと
学校生活にはケンカが付きもの。そんなときに無理やり仲直りをさせることに西郷校長は反対します。ケンカに至った原因という「本質」が見えなくなってしまうからです。
親ができることは、ただ話を聞いて「気持ちはわかった」と子どもを理解してあげることだけです。「良い」「悪い」の判断を親が示す必要もありません。<中略>
ただし、相手を傷つけたりケガをさせたりした場合には、親は相手方にすぐ謝りに行くべきです。
その場合も、まずは子どもの話をじっくり聞きます。「自分は悪くない」と言っているのであれば、無理矢理謝らせてはいけません。その代わりこう言います。
「気持ちはわかったけれど、お前が手をあげたのなら、それは社会のルールに反することだ」
そうして、親が相手の家へ謝りに行く姿を見れば、子どもは「自分の正義だけを通そうとしては、大事な人を傷つけることがある」という複雑な社会を理解するのでは、と西郷校長は考えます。
試し行動に挑発されないこと
「校則のない」桜丘中学校に入学したばかりの多くの子どもは、「自分で考えなさい」と言われると、まずは戸惑い、そして試し行動をはじめるそうです。
「試し行動」とは、自分をどの程度まで受けとめてくれるかを探るために、わざと困らせるような行動をとることを言います。幼少期によく見られる行動です。親の愛を確認している、というわけです。
<中略>
実は、「試し行動」をやめさせるのは簡単です。最初に、ガツンと怒ればいいのです。<中略>しかしこれは、表面的に落ち着かせることができた、というだけです。
「“怒らないから、自分で考えたことをしてごらん”というのは、やっぱり嘘だったんじゃないか」と子どもたちは不信感を抱きます。
試し行動は、家庭でも起こり得る子どもの行動です。そんなとき、まずは絶対的な愛情を示し、信頼を得ることが大切。西郷校長は試し行動が見られる場合にも絶対に叱らないで、と話します。
自らを表現できる環境をつくり出してあげること
周囲からみると、甘やかしているように映るかもしれませんが、私はそれでかまわないと思います。思い切り甘やかしてください。<中略>
親が子どもに対し、「ああやれ」「こうやれ」と過干渉になることは、子どもから考える力を奪ってしまいます。それだけでなく子どもはストレスで押し潰されそうになり、問題行動になって表れます。すると親は、さらに締め付ける。問題行動はますますひどくなる。負のイタチごっこです。
では、私たちは生徒を叱らないことで、何を期待しているのか。
それは、子どもひとりひとりが持っている「よく生きよう」というプログラムが発動することを待っているのです。
誰だって人間には、本来、がんばろうとか、善人になろう、といった「よく生きよう」というプログラムが備わっていると西郷校長は考えます。そのプログラムを発動させるためには、まずは叱らないこと。そして、安心して自らを表現できる環境をつくり出してあげることが大切だと述べます。
親としても、ひとりの人間としても、発見だらけの「校長ルール」
子どもがいかに楽しく学生生活を過ごせるか、そして、どうしたら卒業後も笑顔を絶やさずに過ごしていけるか。とにかく、慈しみ、愛情たっぷりに、子どもにとっての幸せを第一に考える西郷校長。
著書である『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』に綴られた、愛情深い考え方や熱心な姿勢には、親としてだけでなく、ひとりの人間としても発見が多々あるはず。ぜひ参考にしてみてくださいね。
著者:西郷孝彦(さいごう・たかひこ)
1954年横浜生まれ。上智大学理工学部を卒業後、1979年より都立の擁護学校(現:特別支援学校)をはじめ、大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任し、生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進している。
著/西郷孝彦
本体1400円+税
構成/羽吹理美