「校則のない中学校」世田区立桜丘中学校・西郷孝彦校長の言葉。自由な教育が子供たちの笑顔に

子どもの笑顔を絶やさない方法を探る

画期的な学校改革で注目される桜丘中学校長・西郷孝彦さんによる初の著書『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』では、その実践と独自の子育て術が語られています。本記事では、桜丘中学校における自由とその成り立ちを追いながら、西郷校長流・子どもの笑顔を絶やさない、子どもとの向き合い方を探ります。

校則のない中学校、10の「ない」と自由

桜丘中学校ではチャイムが鳴りません。定期テストもなければ宿題もなく、服装も髪型も自由。そんな桜丘中学校の、まずは 10の「ない」をご覧ください。

1.校則がない
2.授業開始と終了のチャイムがない
3.中間や期末などの定期テストがない
4.宿題がない
5.服装・髪型の自由
6.スマホ・タブレットの持ち込み自由
7.登校時間の自由
8.授業中に廊下で学習する自由
9.授業中に寝る自由
10.授業を「つまらない」と批判する自由

もちろん自由だからと言って、子どもたちが勉強をしないわけでも、教員たちが授業をしないわけでもありません。たとえば、生徒総会での話し合いによって廃止された定期テストの代わりには、より良いテストの形式として「積み重ねテスト」と呼ばれる小テストを週3回程度導入。これらの自由は、「学校生活をより良くするためにどうしたらいいか」生徒たちが意見を交換し合い、教員たちが共に考え抜いてきたことで築き上げられてきたものなのです。

校則ではない3つの「心得」

また、校則をなくしたかわりには「桜丘中学校の心得」という3か条も設けました。

桜丘中学校の3つの心得
「礼儀を大切にする」
「出会いを大切にする」
「自分を大切にする」

この3か条は、子どもたちを抑えつけるためのものではなく、あくまでも子どもたちが物事を考える際のしるべとしてつくられたもの。ルールでもマニュアルでもないこの3つの心得を念頭に、「学校生活をより良いものにするにはどうしたらいいのか」を考える。そして、納得した上で行動をする。だからこそ、子どもたちが自主性とともに自身の学生生活に向き合うことができる。それが桜丘中学校なのです。

「校則のない中学校」はこうして生まれた。子どもたちの笑顔をつくる秘訣

「校則のない中学校」誕生の裏には、西郷校長が実際に直面してきた教育現場の実状への問題意識がありました。子どもたちの笑顔を生み、その後も絶やさないためにはどのように学校を変え、どのような教育を目指せばいいのか。本書に綴られた西郷校長の思いを抜粋し、ご紹介します。

「ルール監視員」ではなく、ひとりの対等な「人間」として向き合うこと

西郷さんが校長として赴任した当初、桜丘中学校はあらゆる規律や校則の設けられた、ごくふつうの中学校でした。そこでは、「みんなと同じにさせなければいけない」という使命感ゆえに、教員たちはあらゆるシーンで怒号を飛び交わしていたのだそう。

 教員だから偉い。年上だから偉い。そんなことはあり得ないのです。子どもも大人も人として平等であるとともに、人権は守られなければなりません。あくまでひとりの対等な人間として、生徒と向き合う必要があります。自分の人としての「素」で勝負する、ということです。そうするためには、「教員である自分はこうであらねばならない」という鎧を脱ぎ捨てる必要があります。

「ルール監視員」ではない「素」の教員と接することで、子どもたちもありのままの素直な自分で人と交流することを学んでいくはず、と西郷校長は考えます。

校長室は生徒たちとのコミュニケーションスペース。

子どもたちの「自ら考える力」を養うこと

なにかしらの志望動機を持った子どもたちが集まる私立中学校とはちがい、学区で入学校が決められる公立中学校には、実にさまざまな子どもたちが集います。「そういった多種多様な生徒たちに、理不尽な校則を強制するとどうなるでしょうか」と西郷校長は問います。

 子どもたちはやがて、論理的に考えることを放棄してしまいます。そして、矛盾がある不合理な規則であっても、単に思考を停止して耐え忍ぶようになっていきます。<中略>
虐待を受けた子どもたちの多くは、自分の持てる力のすべてを使って虐待環境に適応しようとします。自分を守るために、感情や思考、行動を抑制し、無反応になっていくのです。いわばすべてを諦めて無気力になってしまう。極端な言い方をすれば、理不尽な校則を押しつけ続けると、生徒たちの多くは、虐待児と同じように無気力な子どもになってしまいます。

 教育とは、言うなれば「心を引っ掻き回すこと」です。<中略>
子どもたちが「これはこうだ」と思い込んでいることを引っ繰り返してあげる。「引っ繰り返せるんだよ」と教えてあげることが教育ではないでしょうか。
「校則に従わないといけない」「制服は決まっている」と思い込んでいるんだったら、そうした固定観念を覆してあげたいんです。価値のシャッフル、価値観の転覆です。「当たり前」だと思っていることに対し、「本当にそうなの?」と自分の頭で考えてほしい。

教育とは、ルールやマニュアル、固定観念によって子どもたちの思考を停止させることではなく、「自ら考える力」を養ってあげること。それが校則をなくした西郷校長の考えでした。

生徒の気が散らないよう、黒板周りには掲示板を貼りません。

中学生も人それぞれ。ひとりひとりの「楽しさ」を支えること

何気なく使ってしまう「中学生」というくくり。けれども西郷校長は、「中学生」と、簡単に子どもたちをひとくくりにはできないと述べます。

 子どもたちが、幸せな3年間を送ることがいちばん大事だ。
この言葉に間違いはありませんが、実はこの「子ども」をどう捉えるかが難しい。<中略>
では「典型的な中学生」とはどんな中学生でしょうか?<中略>
いまの中学生を見ても、そして自分たちが中学生だった頃を思い出してみても、ひとりひとりがまったく違っていたことに気づくはずです。
考えてみれば当たり前で、ひとりひとり、まったく異なる人間です。この世のどこにも「典型的な中学生」など存在しないのです。

子どもひとりひとりの個性が異なるように、「何が楽しいか」を決定するのは、校長でも学校でも教員でもなく、子どもなのです。545人の生徒がいたら、545通りの「楽しさ」があるのです。でも545人全員に、「学校に行けば何か楽しいことがある」と思ってほしいのです。

それぞれに個性があるように、「楽しさ」もたったひとつではない。ひとりひとりの「楽しさ」を尊重することで、西郷校長は「どんな子でも3年間楽しく過ごせる学校」づくりを目指しています。

社会は「自分で変えられる」と伝えていくこと

学校革新までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。けれども、その最中に、西郷校長は「絶対にブレてはいけないこと」を自分の中に見出します。それは自分が「何をいちばん大事にするか」ということ。西郷校長にとっていちばん「大事」なものは、子どもたちの幸せでした。そして、自分の中の「大事」なものが明確になったとき、人は、大きな力にも立ち向かえるようになる。西郷校長はそのことを身をもって感じたそうです。

「心に怒りを持つように」
私は自分に言い聞かせています。子どもに対する怒りではありません。より力のあるものが自分たちに都合の良いことを押しつけてくる、その理不尽さに対してです。生物の進化の過程で、「怒り」のような負の感情がなくならずに残ったのは、そうした大きな力に立ち向かうためではないでしょうか。

桜丘中学校では、「生徒総会で決まったことは実行する」と決めています。こうやってきたのは、ここの生徒たちに、「自分たちで社会は変えられる」ということに気づいてほしかったからです。成功体験を与えたかった。

おかしいと思うことがあれば、自分たちで立ち向かい、社会を変えればいい。自分たちには社会を「変える力」がある。西郷校長が伝えつづけるそのことは、卒業後も子どもたちにとっての希望のもと、そして笑顔のもとでありつづけるのではないでしょうか。

家庭での育児のあり方をも考えさせる「校長ルール」

「子どもたちの幸せを考えれば答えはおのずと見えてくる」と考える西郷校長。それは学校教育に限らず、家庭における育児にも言えることではないでしょうか。

ここまで桜丘中学校の校風を追いつつ、西郷校長の子どもとの向き合い方を追ってきました。子どもの心に正対し、自立と自己肯定を支える教育理念は、親子関係にも応用できるヒントを多く含んでいます。

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著者:西郷孝彦(さいごう・たかひこ)

1954年横浜生まれ。上智大学理工学部を卒業後、1979年より都立の擁護学校(現:特別支援学校)をはじめ、大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任し、生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進している。

校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール

著/西郷孝彦

本体1400円+税

「越境してでも行きたい」と声が上がるほどの人気を集める、東京・世田谷区立桜丘中学校。その際立った特徴は、「校則がない」こと。かわりにあるのは、子どもたちのいきいきとした笑顔ばかりです。

構成/羽吹理美

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