新時代教育のキーマン・豊福晋平先生と讃井康智さんの対談「アフターコロナ時代の教育クエスト」。第4回の後編では「ICTを活用した学びで、家庭で大切にしてほしいこと」についてお聞きしました。
GIGAスクール構想で手元に届いたパソコンの活用について、親はどう関わっていくべきなのでしょうか。
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パソコンを持ち帰ったら、家でやってほしいこと
讃井 GIGAスクール構想で文科省はパソコンの自宅への持ち帰りを推奨していますが、パソコンを持ち帰った子どもたちは、家でどんな使い方ができると思いますか。
豊福 家に持って帰った際にはまず、学校・家庭の生活文脈にちゃんとつなげないと混乱すると思います。まずは学校と家庭をつなぐ日々のコミュニケーションツールとして、連絡帳としての役割は不可欠です。
日常的にメディアを使うチャンスを増やす
豊福 もう一つは、宿題をするためのマシーンにとどまらず、自分でデジタルの世界を作っていくためのツールだというストーリーを伝えておくといいですね。
自分が作ったものはデータとしてクラウド上に溜まっていきます。それをどこかのタイミングで、発表したり、まとめ直して本にしたり、動画にしたりできることを知ってほしいですね。後々お化粧して発表する機会があるという前提で、持ち帰ったコンピューターを用いて家で制作するわけです。そうすると、家で描いたお絵かきや吹き込んだ歌などの創作的なデータが、学校を含めた別のシーンで後日活きてきます。自分でデジタルな作品を作ると、いろんなことにつながっていくという体験が大切です。
讃井 家に帰って何をするか考える上では、探究するテーマがあればすごくいいと思っています。
自分が夢中になって探究したいことがあれば、家に帰ってもインターネットで調べ物をして、その内容をパソコンでまとめて、学校で発表するという流れが自然にできます。
あとは、家でも身近な課題を解決することにパソコンを使ってほしいなとは思います。例えば、お母さんと買い物に行く時に、買うものを忘れないように事前にメモを作っておくとか、お店に行って気づいたことをまとめておくのもいいかもしれない。
豊福 そうです。大事なのは、日常の生活の中でメディアをどう使うか、意図的にチャンスを増やすことです。今ならパソコンだけでなく、スマホやSwitch(ゲーム機)など、あらゆるデジタルツールが使えます。地域のハザードマップを作りましょうとなったら、家の周りの危ないところを写真で記録しておこうかな、他の人に聞いたことを音声でメモしておこうかな、地図でマッピングしてポイントを置いておこうかな、と繋がっていくわけですよ。デジタルツールを何にでも使えるという前提があれば、何かやりたいことを発想したときに、自分がデータで何を残すかというアイディアが広がり、探求の幅も一気に広がりますよね。
AI教材で学ぶときの注意点
讃井 家にパソコンを持ち帰って、宿題でAI教材を使うことも今後増えてくると思います。AI教材は、効率よく個々のペースで学べるなどのメリットがありますが、どうお考えですか?
豊福 そのようなメリットがある反面、AI教材はまだ未発達な部分もあります。子どもは普段からゲームを相当やりこんでいますから、機械やソフトに対してどうごまかすかは得意で、チートを見つける天才なんです(笑)。ある程度の年齢になれば、目の前のドリルや問題や宿題・課題が本当に自分の力になっているのか、ゴールにアプローチできているのか、自分自身で考えられるようになります。これを「自己調整学習」といいます。とやかく他人に指示されなくても、自分自身で学びをコントロールする能力を身につけることが大切です。子どもが自己調整学習できることを目指して、幼い頃から親も関わり方を考える必要があると思います。
ネットやゲームに熱中するのは悪いこと?
讃井 保護者の方からは「使いすぎて依存症になるのでは…」という心配の声もあります。
豊福 いまAmazonではアンチICTの教育書が売れていたりしますが、子どもが何かに没頭している様子を見て、保護者が不安に思ってしまう、というのは不健康だし不幸ですよね。そうだと思いませんか。小学生が買ったばかりのゲームを3時間もやると、親はつい止めようとしますけど、大人でも熱中したり没頭することがあるじゃないですか。ハマる体験はとても大切で、必要なんですよ。
讃井 ICTは熱中や没頭を引き起こしやすいかもしれません。他の教科に比べても、プログラミングなどはやったことが形としてすぐ見えるので没頭しやすい傾向があると思います。
他にも例えば社会科の歴史でも、世の中にある様々な解釈をインターネットで調べているうちに、あっと言う間に時間が経ってしまうことがあります。昔だったらあれこれ調べても、得られる知識は教科書数ページ程度が限界で、もっと知りたいなあと思っていたのが、今は際限無く知ることができる時代になっています。
豊福 趣味でやっている子の知識の深さは、中学生くらいでももう恐ろしいほどです。絶対勝てない(笑)
讃井 インターネットがある前と後では、小中高生のうちに得られる知識の量がまったく違いますね。
豊福 子どもが何かに没頭していると、その世界から戻ってこないんじゃないかと親は心配になりますけど。子どもはよっぽどのことがない限り、絶対戻ってきますから。だからそこは余裕を持って見守ってほしいですね。没頭していること自体にすごく価値があるんです。
保護者の心配を煽るようなネット依存やゲーム依存がたびたび話題になりますが、ネットやゲームに熱中することは決して悪いことではありません。子どもの頃にそうした経験をさんざん積んで、物事に対中することの大切さを実感している大人も決して少なくないということを知ってほしいですね。
家庭でのルール作りのヒント
讃井 そうは言っても、ある程度の決まりごとは必要じゃないですか。もしルールづくりをする場合に注意事項はありますか。
豊福 こちらの著書『デジタル・シティズンシップ』にも書いたのですが、これからは学校でも家庭でも大幅にICTの利用時間が増えるので、これまでの「情報モラル教育」の常識では通用しなくなってきます。
「ネットは2時間まで」誰のためのルール?
豊福 たとえば、学校や保護者は「ネットは2時間までね」と言うけれど、GIGAの端末を家に持ち帰ったら利用時間は2時間では済まないわけですよ。なぜなら宿題や勉強に使うからです。親からすれば、宿題をやっているのかYouTubeを観ているのか外から見たらわからないので、つい「YouTube見てたんでしょ」と子どもに言ってしまいます。これは勉強していた子どもにとってみれば、心穏やかじゃありません。
讃井 そういう行き違いは起きそうですね。学校や親に決められたルールだと、守れたか守れなかったかだけが基準になり、子どもたち自身のそもそもの学びの目的が忘れられがちです。
豊福 新しいデジタルシ・ティズンシップは、自分が当事者になってデジタルとどう付き合うのか、自分が決定権を持つという考え方に立っています。時間の使い方を決めるのは自分です。
メディアバランスを自分で考えさせる
豊福 アメリカには、学校でもよく用いられるコモンセンス教育財団のデジタルシティズンシップ教材があるのですが、その中に「メディアバランスを考えよう」という小学5年生向けのテーマがあります。ここでは、メディア(パソコンやスマホなどのデジタルツール)をどのくらい使ってよかったか悪かったか、自ら振り返り考えることが大事で、最適なメディアバランスはみんな違うのだと考えられています。
日本みたいに一律2時間と言わないのだなと僕は感動しました。中には全然メディアを使わない子もいれば、半日以上没頭する子もいるかもしれない。実際にそういう経験をした後に、自分にとって、その過ごし方がよかったか悪かったか、改善が必要か、リフレクション(振り返り)するんです。
だから、学校や家庭でルールというか約束事を作るときも、作って守れたか守れなかったかが大事ではなく、自分にとってよかったかどうか、次に繋がる問いを常に繰り返していくことが必要だと思います。
豊福 子どもが「あー、ゲームで時間使いすぎちゃった」と失敗したと思ったとき、親から「ちゃんとできなかったでしょ」と責めても解決にはなりません。「失敗したと思うなら次に何を工夫すればいい?」と言ってあげたらどうでしょうか。
讃井 情報モラル教育は子どもがやらかしをするという前提で作られていますが、大人だってやらかすことはありますよね。
豊福 そうです。我々大人もやらかしています。ネットフリックスの連続ドラマを見過ぎて「しまった!」と思うことあるじゃないですか(笑)。デジタルジレンマと言いますが、デジタルのメディアは魅力的ですし、知的好奇心を満足させる良い面もある反面、使いすぎて後で後悔するような悪い面も抱えてしまいます。この特徴と向き合って、現実課題としてどう解決するか、子どもも大人も同じ土俵に立っているということを、保護者の方には覚えておいてほしいですね。
讃井 豊福先生の約束事づくりについてお聞きして、三つの示唆的なポイントがあると思いました。
一つ目は、大前提として子ども達をひとりの大人として見ているということです。だから決めるのは子どもたち自身だし、それぞれが違っていいということ。
二つ目は、大人と子どもの対話があるということで、親の考えを伝えたり、子どもの言い分を聞いたり、お互いの対話によって約束を決めることができる。
三つ目は、約束は一回決めて終わりじゃないというところで、これはすごくいいと思いました。ルールは一度決めたら変わらないものと思われがちだけど、たとえば学年によって、あるいは興味関心によって、変えていけばいい。例えば、探求するテーマを調べるためなら、ネットは時間無制限でもいい。でも単純に遊びとしてのゲームは時間制限を設ける方がいいねとか。ルール自体について考えて、必要に応じて見直しを繰り返していくものであってほしいですね。
子どもは目的が決まればスイッチが入る
子どもの中でまとまる瞬間がある
豊福 ある学校での話です。一人一台のパソコンを好きに使える環境なので、どうしてもずっとyouTubeを見てしまったり、ずっとゲームをしている子がいました。すると、それをよくないと思う大人が、休み時間にWi-Fiが使えないルールを作ったんです。Wi-Fi止められれば使えませんので、もちろんゲームもYouTubeも見られなくなってしまったわけですが、ネットで自由に調べ物をしたい子ども達からは「なんてことしてくれるんだ」という意見も出ました。
するとしばらく経ったある日、一人の子が「 e-スポーツ部を作る!」と言い出したんです。聞いてみると競技としてゲームをしたいから、そのためのトレーニングもやりますと。ゲームで強くなるためのトレーニングとしては、まずは自分の生活を律することが必要だ、と本人が言うんですよ!
讃井 スイッチが入ったんですね!e-スポーツ部を作るという思いが起点になって、急に自律した大人になったように感じます(笑)
豊福 子どもは目的が決まらないといろいろ試して落ち着かない時期もありますが、目的が定まって「やらなきゃいけない!」とスイッチが入るとすぐに変わります。そういう子どもの変化を目の当たりにすると、一概に決まりや罰則で従わせるだけがいいわけじゃないなと。
讃井 たしかに、子供は急に変わる瞬間がありますよね。
豊福 子どもの中で、いきなりいろいろなものがピッとまとまる一瞬があるんですよ。そうなると子どもは体力もあるから、力を注げる。そういう瞬間に立ち会えると嬉しくなります。
讃井 ICTの使い方についても、目的が定まると急に考え方や行動が変わるという一つの事例ですね。ただ、家庭では子どものスイッチが入るのを辛抱強く待つことはなかなか大変だなとも思います。
豊福 そう、親ができたらいいですけど、自分の子どもの特性をわからないこともある。これには普段あまり出会わない人が、親では気づかなかったヒントを与えてくれることもあります。「この子、ひょっとしたらこんなこと考えているかもしれないよ」と、真っ当な大人と出会って、刺激を受けるのもいいと思います。第三者のコメントや声かけがきっかけで、子どもの新しい特性に気づくことも多いですから。
讃井 親子のように近い関係だと、子どもも素直に自分を見せたくなかったり、親も気づかないことがありますね。大人は、子ども達の没頭を褒めてあげたり、創意工夫に気づいて一声かけてあげたりすることを心がけたいですね。
豊福 流行のシューティングゲームにも学びがあるかと言われたら、ゼロではない、必ずどこかに学びの要素はある。チームを組んで協働することも学びだし、他にも大人が気づいていない部分で必ず学びがあります。親は少し引いて冷静に見てあげることも大事かもしれません。
◆対談を終えて
豊福先生との対談で一番印象的だったのは、中編で取り上げた「50Mプールに泳げない子を突き落として、タイム計ってやるから泳げというのは無理ですよね」というお話です。水泳は1つの例えですが、ICT活用も同じです。大人が厳しくICT活用を規制・禁止して、子どもたちをICTに不慣れな状態に置いておきながら、しばらくすると「ICTの活用能力がいかに高まった評価します」と言うのはあまりに理不尽です。
豊福先生は以前から、大人が使い方を制限する「教具」としてのICT活用でなく、子どもたちが自分たちの考えで自由に使いこなす「文具」としてのICT活用が大事だと発信されてきました。ICTをうまく活用しないと生きていけないこの時代には、ICTを「文具」として捉え、いかに日常の中で使っていくかを学校・家庭をこえて考えていくことが必要です。
その中で大きなポイントになるのは、子どもたちの没頭。ICTを使ったプログラミングなどの創作、ゲームや映像鑑賞などに没頭している体験こそが、将来につながる重要な瞬間です。短期的には「大丈夫かな?」と思う瞬間もあるかもしれませんが、子どもたちには元来、自分で気づき、新しい使い方や学び方を考え出す力があります。その潜在的な力を引き出す没頭の瞬間をこれまで以上に大切にしていきたいと、私自身も思った対談でした。
讃井康智
豊福 晋平
1967年北海道生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退、1995年より国際大学 GLOCOM に勤務、専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。長年にわたり教育と情報化のテーマに取り組む。主なプロジェクトとして、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)企画運営(2003~2013)、文部科学省・学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究「学校からの情報提供の充実等に関する調査研究」(2008)、文部科学省・緊急スクールカウンセラー等派遣事業・東日本大震災被災地のための学校広報支援「ともしびプロジェクト」(2011~)など。
趣味は猫と写真とランニング。座右の銘は「未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうことだ」(アラン・ケイ 1971)
讃井 康智
東京大学教育学部卒業後、リンクアンドモチベーションでのコンサルタント勤務を経て、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。学習科学の世界的権威、故三宅なほみ東大名誉教授に師事し、全国の学校や保育園での協調的・創造的な学びづくりを支援。
2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。
現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。生まれも育ちも福岡という地方出身者として、首都圏と地方の「可能性の認識差」を埋めるべく全国を奔走中。
文・構成/HugKum編集部